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リルド&シリウス〜アイドル活動開始します〜  作者: みなと劉


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18/30

18

 夜。

 家に帰って、夕飯を食べ終わって、お風呂も済ませて。

 リビングのソファに、みなとさんが座る。

 僕とシリウスは、その前に立つ。

 なんだか、ステージみたいだ。

 いや、ステージよりも緊張する。

 みなとさんに歌を聴いてもらうのって、本番より緊張するかもしれない。

(深呼吸、深呼吸)

 シリウスと顔を見合わせる。

 目で「いける?」と訊くと、シリウスも目で「ああ」と頷いた。

 みなとさんがお茶を一口飲んで、ふっと笑う。

「準備できたか?」

「うん」

「いつでもいいぞ」

 ぱちっと、目を合わせる。

 シリウスと、僕。

 最初の一節を、僕から——

 まず僕のフレーズ部分。

『履き古した靴の先見つめて

 さかみちの途中で立ち止まる朝』

 声が、ちょっとだけ震える。

 でも、思ったよりは出てる。

 みなとさんの目を、ちらっと見て。

 みなとさんは、もう、じっと聴いていた。

 お茶のコップを膝の上に置いて、身体を少し前に傾けて。

 シリウスが自分のフレーズ部分を歌う。

『昨日まで迷いは空に溶けて

 新しく塗り替えられた風が吹く』

 シリウスの低音が、リビングに静かに広がる。

 いつもよりも、優しい歌い方。

 ぶっきらぼうなシリウスとは別人みたいに、丁寧な発声。

 僕もちょっと、聴き入ってしまった。

 そして二人で。

『カーテンが揺れる共通の窓から

 特に見える水仙指差した

 君の自転車のチェーンが鳴る音

 僕の歩幅と重なりもたれる』

 二人の声が、ぴたりと重なる。

 部屋の中で、声が優しく溶けていく。

 シリウスの目を、ちゃんと見て歌う。

 シリウスも、ちゃんと僕を見てくれてる。

 昼間、店で目で会話していた感覚が、ここでも繋がる。

(伝わってる、ちゃんと)

 そして、サビへと繋がる。

『気がする』

 実際には『きーがする』と歌う。

 ちょっとだけ伸ばして、優しく、空に投げるように。

 歌が終わって、リビングがしんと静かになった。

 みなとさんは、目を閉じて、じっとしていた。

 反応がない。

(あれ、ダメだったかな)

(変な歌い方だった?)

 シリウスと不安げに顔を見合わせる。

 みなとさんが、ゆっくりと目を開けた。

 その目が、ちょっとだけ濡れていた。

「父さ……いや、みなとさん?」

 慌てて言い直す。

 でも、みなとさんは僕の言葉を遮るように、

「……いい歌だな」

 ぽつりと、そう言った。

「お前ら、すごくいいぞ」

 みなとさんがハンカチを取り出して、目元を押さえる。

「ま、また泣いてる」

「泣いてない、目に何か入っただけだ」

「絶対泣いてるじゃん」

 いつものやり取り。

 でも、なんだか今日のみなとさんの「目に何か入っただけ」は、いつもよりじんとくる。

 みなとさんは、ハンカチをポケットに戻して、ふっと笑った。

「お前らさ、本番ではちゃんとお互い見て歌え。今みたいに」

「うん」

「ああ」

「あと、サビの『気がする』のところ、もうちょっと余韻持たせてもいいかもな」

 ちょっとだけ、本格的なアドバイス。

 みなとさんって、こういう時、急に頼れる感じになる。

 小説家だから、表現のこと、ちゃんと分かるんだろうな。

「みなとさん、ありがとう」

「うん、聴いてくれてありがとう、親父」

「おう」

 みなとさんが、僕らを見て、ちょっと真面目な顔をした。

「お前ら、本気で歌う気だな」

「うん」

「ああ」

「だったら、父さんも本気で応援する」

 その「本気で」っていう一言が、なんだか胸の奥にじんわり染みた。

(みなとさん……)

(父さん……)

 心の中で、もう一回、こっそり呼んでみる。

 声には出せない。

 まだ、出せない。

 でも、いつか——

「リルド」

 みなとさんが、僕を呼んだ。

「ん?」

「焦らなくていいぞ」

 ……え?

 なんでそれを、今、言うんだろう。

 みなとさんの目を見る。

 みなとさんは、ふっと優しく笑っていた。

 全部、見透かされてる気がした。

 でも、その視線が嫌じゃない。

 むしろ、すごく、温かい。

「……うん」

 それだけ、答える。

 みなとさんも、それ以上は何も言わなかった。

 シリウスがちらっと僕を見て、ふっと笑う。

 何も言わずに、僕の肩をぽんと叩いた。

 その手が、なんだかちょっと、あったかかった。

 夜更け。

 二階の自分たちの部屋。

 布団に並んで潜り込む。

「シリウス」

「ん?」

「みなとさん、泣いてたね」

「……ああ」

「あの人、本当に分かりやすいよね」

「俺らも人のこと言えないけどな」

「うっ、たしかに」

 二人で、ふふっと小さく笑う。

「リルド」

「ん?」

「明日も、ちゃんと一緒に練習しよう」

「うん」

「で、本番、ちゃんと届けようぜ」

「うん、絶対」

 布団の中で、ちょっとだけ、手を伸ばす。

 シリウスの布団のほうに。

 シリウスも、なぜか、ちょうど同じタイミングで手を伸ばしていた。

 指先が、ふっと触れる。

 お互い、ちょっとびっくりして、止まる。

 でも、引っ込めなかった。

 そのまま、指先だけ、ちょっと絡める。

(あ、これ、歌詞と一緒だ)

『地平線の先へ手を繋いで』

 まだ歌ってないサビの一節。

 でも、今、ちょっとだけ、その意味が分かった気がした。

「……おやすみ、リルド」

「おやすみ、シリウス」

 指先を、そっと離す。

 目を閉じる。

 明日も、明後日も、シリウスと一緒。

 みなとさんが見守ってくれて、町の人たちが応援してくれて。

 そんな日々の延長線上に、あの白い衣装の撮影がある。

 ちゃんと、届けたい。

 二人で、本気で。

 甲斐多町の夜が、また穏やかに更けていく。

 みなとさんのハンカチに残った涙の跡と、僕らの指先に残った温度と。

 全部、ちゃんと覚えておきたい、そんな夜だった。

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