17
朝食を食べ終えた僕たちはみなとさん(父さん)と一緒に雑貨店への道を歩く。
やはりなかなか父さんって呼べない自分がいる。だって恥ずかしいし…みなとさんのが言いやすいのもある。
それはみなとさんも知ってる。
シリウスは普通に父さんって呼んでるけど…僕はやっぱ恥ずかしいな…。
昨日の歌…。
頭の中で曲と共に脳内再生される。
『履き古した靴の先見つめて
さかみちの途中で立ち止まる朝
昨日まで迷いは空に溶けて
新しく塗り替えられた風が吹く』
これはきっと僕らのことを歌っているそんな感じがするんだ。
『カーテンが揺れる共通の窓から
特に見える水仙指差した
君の自転車のチェーンが鳴る音
僕の歩幅と重なりもたれる気がする』
特に
『気がする』のところは
『きーがする』という感じに表現されている。
このあとがサビに繋がる。
初回の撮影予定では
このサビ部分までの予定になるらしい。
『誰にも言えない弱さも全部
この場所なら等身大でいられるよ
息を切らして駆け上がる斜面
額に滲む汗が光る』
『加速していく鼓動のリズムを
追い越すように加速していく
君と一緒にどこまでも行こう
地平線の先へ手を繋いで
どんな困難も二人なら
笑顔に変えていける信じてるよ
かけがえのないこの瞬間を
胸に深く刻み込んで歩こう』
ここまでがサビである。
一応は僕とシリウスが互いに向き合ってマイク持って歌うってことにはなってるけど
正直な話……凄く緊張してるのがわかる。
商店街の朝の道を、三人で並んで歩く。
みなとさんが真ん中、僕とシリウスがその両側。
まだ朝が早いから、商店街の店もぽつぽつとシャッターが上がり始めたところ。
肉屋のおじさんが「おはよー」と声をかけてくれて、八百屋のおばちゃんが手を振ってくれる。
いつも通りの朝。
でも、頭の中では、ずっとあの歌が流れていた。
『君の自転車のチェーンが鳴る音
僕の歩幅と重なりもたれる気がする』
歩きながら、ふと隣のシリウスを見る。
シリウスは僕の視線に気付いて、
「ん?」
「ううん、なんでも」
でも、なんだかちょっと意識しちゃう。
歌詞のせいだ、これ絶対歌詞のせい。
歩幅、ぴったり合ってるなぁ、なんて思いながら。
「お前ら、撮影もうすぐだろ」
みなとさんが、前を向いたまま言った。
「うん、3日後」
「ああ」
「衣装の感じはどうなんだ?」
「白いやつ」
「白?」
「うん、なんていうか……結婚式みたいな——」
言いかけて、慌てて口を閉じる。
シリウスの肩がぴくっと跳ねたのが、横目で分かった。
(言わなきゃよかった!!)
みなとさんは、にやりと笑って、
「ほぉ、そりゃ楽しみだな」
「言わない!もう言わない!」
顔がじわっと熱くなる。
シリウスは黙ったまま、わざとらしく前を見ていた。
でも、耳がやっぱり赤い。
(こいつほんとに耳がすぐ赤くなるな)
雑貨店に着いて、シャッターを上げる。
いつもの開店準備。
商品を並べて、レジを開けて、店内の照明をつける。
慣れた手順なのに、なんだか今日は少しだけ気もそぞろだった。
「リルド、ぼーっとしてんぞ」
「あ、ごめん」
シリウスが商品の段ボールを抱えながら、苦笑いをしている。
「歌のこと、考えてた?」
「うん……」
「俺もだ」
シリウスも、結構ぼーっとしているらしい。
二人で目を合わせて、ふっと笑い合う。
朝のお客さんが入ってきた。
いつもの常連さんが多い時間帯。
お年寄りが多いから、ゆったりとした雰囲気。
「リルドくん、最近テレビにも出るんだって?」
「あ、いえ、テレビはまだ……」
「あら、そうなの?でも、駅前の液晶では見たわよ」
「あれ、毎日流れてますからね……」
「ふふ、応援してるからね」
優しい言葉が嬉しい。
常連のおばあちゃんが、お菓子を選びながらにこにこと話してくれた。
お昼休憩。
雑貨店の奥のスタッフルームで、三人でお弁当を広げる。
みなとさんが朝に作ってくれたおにぎりと、卵焼きと、ウインナー。
いつもの味。
「みなとさん、ありがとう」
いつものように、僕は「みなとさん」と呼ぶ。
シリウスは、
「親父、ありがとな」
と、普通に「親父」って呼んでる。
みなとさんは、それを別に気にしてない。
ただ、ふっと笑って、
「おう、たくさん食え」
って言うだけ。
いつか、僕も「父さん」って呼べる日が来るのかな。
今はまだ、ちょっと、勇気が出ない。
でも、いつかは——
って思ってる。
お弁当を食べ終わって、お茶を飲みながら、シリウスがぽつりと言った。
「リルド」
「ん?」
「向き合って歌うやつさ」
「うん」
「俺、ちゃんとお前の目見て歌えるかな」
シリウスが、めずらしく弱気な声を出した。
ちょっとびっくりして、顔を見上げる。
みなとさんも、お茶のコップを止めて、シリウスを見ていた。
「シリウス、緊張してるの?」
「……してる」
「そっか」
「お前は?」
「僕も、めちゃくちゃ緊張してる」
シリウスがふっと笑った。
「だよな」
「うん、だよ」
二人で、ちょっとだけほっとする。
みなとさんがお茶をすすりながら、
「お前ら、お互い見て歌えばいい。緊張するなら、目で気持ちを伝え合え」
「目で?」
「ああ。お前らは兄弟なんだから、言葉なくても伝わるだろ?」
シリウスと、目を見合わせる。
(……うん、たしかに)
いつもだって、なんとなく分かる。
シリウスが疲れてる時、辛い時、嬉しい時、悔しい時。
全部、目で分かる。
だったら、歌の時だって、きっと——
「みなとさん、なんかすごい」
「親父、たまにいいこと言うよな」
「お前らなぁ、たまには俺を父さんって呼べよ」
みなとさんが軽くツッコみを入れる。
シリウスはニヤリと、
「ほら、親父」
「シリウス、お前は呼んでるじゃないか」
「リルドは呼べないらしいぞ」
「うっ……」
みなとさんがふっと笑って、僕の頭をぽんと撫でた。
「焦るな。いつか呼べばいい」
「……うん」
その優しい撫で方が、なんだかじんわりと、胸に染みた。
午後の営業。
お客さんの波がちょっと落ち着いた時間。
シリウスがふと、レジカウンターの向こうから僕を見ていた。
目が合うと、ふっと笑う。
何も言わない。
でも、なんだか分かる。
(あ、今、練習してるな、目で気持ち伝えるやつ)
僕もちょっとだけ、目で笑い返す。
二人で、ふっと小さく笑い合った。
夕方、店じまい。
いつもより少し疲れた感じで、シャッターを下ろす。
でも、なんだか心は軽い。
今日一日、シリウスとずっと目で会話してた気がする。
言葉にならない、でも、ちゃんと通じる何か。
あれを、本番でも届けられたらいい。
家への帰り道、住宅街の夕暮れ。
三人の影が長く伸びる。
みなとさんが、ふと立ち止まって空を見上げた。
「夕焼け、綺麗だな」
オレンジと紫が混ざり合った空。
雲がゆっくりと流れていた。
僕とシリウスも、つられて空を見上げる。
「うん、綺麗」
「……ああ」
三人で、しばらく無言で空を見ていた。
なんでもない夕暮れ。
でも、こういう時間が、僕らを少しずつ強くしてくれてる気がする。
撮影まであと3日。
ううん、もうあと2日。
日が変わったら、もうすぐだ。
「シリウス、今夜も練習しよっか」
「ああ、しよう」
「みなとさんも、聴いてくれる?」
「ん?俺も?」
「うん、聴いてほしい」
みなとさんがちょっと驚いたような顔をして、それから、ふっと笑った。
「いいぞ、聴いてやる」
なんだか、ちょっとだけ嬉しそうな声だった。
甲斐多町の夕暮れが、優しく僕らを包んでいた。




