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数日後。
新曲のMVの話が出る。
「新曲?」
「そうです、『君と一緒に』という曲を提案したいと思いまして……」
と言って新曲の譜面と、実際の楽曲の入ってるデモテープを聴いてみる。
スタジオの隅、ヘッドホンを片耳ずつシェアして、シリウスと並んで座る。
再生ボタンを押すと、優しいピアノの音から始まった。
ゆっくりと、声が重なっていく仮歌。
(うわ……これ……僕とシリウスの事を歌ってる感じする)
歌詞が、ふわっと心に入ってくる。
毎日のなんでもない時間、隣にいてくれる誰か、ありがとうって言えない不器用さ。
全部、僕らみたいだった。
シリウスも、うん……うん……と曲を聴いて頷いている。
(シリウスはどう思ってるかは不明だけど……なんかこの曲いいな)
ちらっと横を見ると、シリウスがめずらしく、何かをじっと考え込むような顔をしていた。
いつものぶっきらぼうな表情じゃない。
ちょっとだけ、優しい目をしてた。
「それでですね……今回の新曲はこの衣装を着てもらいたいと思いまして」
出された衣装は、互いに白を基準とした衣装だった。
(真っ白だ!)
この間のMVの衣装とは違い、互いに白の服で歌う……。
兄弟だけど少し恥ずかしさもくる衣装であった。
前のMVが黒と赤の重厚な雰囲気だった分、なおさらギャップが大きい。
ふわっとしたシャツに、シンプルなパンツ。
まるで、結婚式の——いやいや、考えないでおこう。
(兄弟だし、別に……うん)
シリウスもなんだか衣装をじっと見て、無言になっていた。
この新曲の撮影開始は1週間後である。
その日は早めに帰宅して、いつもより静かな夕飯を食べた。
父さんも、僕らの様子を察したのか、あまり多くは話さなかった。
ただ、いつもより温かいスープを出してくれた。
夜。
お湯に浸かりながら、シリウスに、
「ね、ねえ?」
「ん?」
シリウスはお湯に肩まで浸かって、天井をぼんやり見上げていた。
いつもなら絡んでくるくせに、今日は妙に静かだ。
「あの……新曲の話なんだけど」
「ああ」
「あれ……どう思った?」
声が、ちょっとだけ震えてしまう。
なんでこんなに緊張してるんだろう。
シリウスはしばらく天井を見つめたまま、ぽつりと言った。
「……いい曲だと、思った」
「うん」
「お前は?」
「僕も……いい曲だと思った」
お湯がぽちゃんと跳ねる音。
窓の外、夜の音。
なんだか、いつもより距離が遠い気がした。
でも、嫌な遠さじゃない。
「シリウス、あの歌詞さ」
「……ああ」
「僕ら、みたいだったね」
「……だな」
シリウスがゆっくりとこっちを向く。
お湯の湯気で、視界がちょっとぼやけてる。
「正直さ」
「うん」
「あれ歌うの、ちょっと照れる」
シリウスが、ぽつりとそう言った。
いつもの強気な感じが、全然ない。
なんだか、いつもより素直なシリウスだった。
「えっ、シリウスでも照れるんだ」
「うるさい」
「いや、意外で」
「……お前と二人で歌う曲だぞ。あんな歌詞」
頬がじわっと熱くなる。
お湯のせいだけじゃない。
「……うん、僕も照れる」
「だろ」
「だね」
二人で、なんとなく天井を見上げる。
お風呂場の電気が、ぼんやりと滲んで見えた。
「衣装も……白だしさ」
「ああ」
「なんか、なんだろうね、あれ」
「……分かるけど、言うな」
「言ってないよ!」
「言いそうだったろ」
シリウスがちらっとこっちを睨む。
でも、耳がやっぱり赤い。
(こいつ、絶対僕と同じこと考えてる)
心の中で、こっそり笑う。
しばらく無言。
お湯の音だけが、ちゃぷちゃぷと響く。
「でも」
「ん?」
「ちゃんと歌いたい、あの曲」
シリウスがゆっくりとそう言った。
「……うん、僕も」
「ちゃんと、本気で」
「うん」
なんだか、いつもより真剣な約束をした気がする。
でも、嫌じゃなかった。
むしろ、嬉しかった。
「シリウス」
「ん?」
「練習、ちゃんとしよっか」
「ああ、しよう」
お湯から立ち上る湯気の中で、二人で頷き合う。
なんだか、撮影日が楽しみになってきた。
いつもの僕らとは違う、白い衣装の、優しい歌の僕らを。
ちゃんと届けたいと思った。
お風呂から上がって、脱衣所でタオルを巻く。
シリウスはなぜか、今日は背中を向けたままだった。
「シリウス?」
「……着替え終わるまでこっち見るな」
「えっ、いつもは見ても何も言わないのに」
「……今日はだめだ」
(なんで!?)
(……いや、なんとなく、分かるけど)
顔を背けて、自分の着替えを取りに行く。
部屋着に袖を通しながら、ちらっと鏡を見ると、自分の耳も真っ赤になっていた。
(ちょっと、これ、撮影までもつかな……)
二階の自分たちの部屋。
布団に潜り込んで、目を閉じる。
今日聴いた曲のメロディが、頭の中でぐるぐる回ってる。
優しいピアノ、重なる声、僕らみたいな歌詞。
(一週間後、ちゃんと歌えるかな)
でも、シリウスと一緒なら、きっと大丈夫。
いつも、そう思える。
「シリウス、寝た?」
「まだ」
「ちょっとだけ、布団入っていい?」
「……今日はやめとけ」
「えっ、なんで?」
「……今日はやめとけ」
(なんで二回言うの!?)
でも、その声がなんだかちょっとだけ、優しかった。
「……分かった、今日はやめとく」
「ああ、頼む」
「でも、明日は入っていい?」
「……お前なぁ」
布団の向こうから、シリウスの小さな笑い声が聞こえた。
なんだか、それで十分な気がした。
甲斐多町の夜が、また優しく更けていく。
一週間後の白い衣装と、優しい歌と、ちょっとだけ照れくさい僕らを思い浮かべながら。
僕は、ゆっくりと眠りに落ちていった。




