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数日後。
撮影開始。
本日は『世界の果てからこんにちわ』の2番以降の撮影だ。
月のものが終わり、僕は晴れやかに撮影に臨める。
シリウスもまだ月のものが来る前だから、本人的にも大丈夫だと言っていたな。
まず僕がセンターに立ち、
『見慣れた偽善 飛び出して
肉の盾を捨て』
を、歌う。
そしてシリウスと入れ替わり、
『爪を立て 大地を削り 進んで行こう』
二人で、
『灰色の楽園へ
狂え、狂え、狂え、もっともっと!
祈りは届かない 神の死骸を』
ここまでを歌い、この先を僕が歌い、
『踏み潰して 笑え!』
この『笑え!』の所を『デスボイス』系の歌い方をする。
喉の奥から絞り出すような、低くて重い声。
練習の時、何度も何度も繰り返して、ようやく形になった音。
ここで撮影機材によるスポットライト効果によるアクションが入る。
華麗なスポットライト効果アクションにテンションが上がる。
白い光がぐるぐると回って、ステージの床に幾何学模様を描く。
目を細めながらも、なんとか前を見据える。
(うわ、これ本番でやったら絶対やばいやつだ)
シリウスも横でテンションが上がっているのが、視界の端で分かる。
そして、最後のシーンへと。
二人で揃ってマイクを持ち手を広げて、
『こんにちは 血で繋がる 残酷な世界
一人じゃないって 指を絡め誓う
世界の果てから 吹き出しの牙で
最高の笑顔で 明日を迎えに行こう』
ここで僕が、
『はははははは!』
という風に笑いを入れる。
不気味だけど、楽しそうな、そんな笑い。
収録ブースの空気が、ぴりっと張り詰めるのを感じた。
ラスト。
二人で、
『たどり着いた ここが 僕らの 灰の城
さよならは言わない ハロー、ハロー、ハロー!』
で締める。
最後の『ハロー!』で、二人同時に手を高く突き上げる。
息が、ぴったり揃った。
撮影終了。
「はい!カットでーす!!なかなか良かったです!チェックでOKなら今日の撮影で歌のMVは終了となります」
ぱちぱちと、スタッフさんたちから拍手が起きる。
「ふぅ……」
「終わったな……」
シリウスと顔を見合わせて、ふっと笑い合う。
今までで一番、息の合った撮影だった気がする。
「お疲れ様です!お水どうぞ!」
スタッフさんがペットボトルを差し出してくれる。
ぐびぐびと飲み干す。
冷たい水が、熱くなった喉を通り抜けていく。
「うまっ……」
「生き返るな……」
二人で並んで、スタジオの隅のベンチに座り込んだ。
モニターチェックの間、休憩。
シリウスが、ぐったりと僕に寄りかかってきた。
「リルドー、デスボイスやばかったな」
「えっ、変だった?」
「逆。めっちゃ良かった。鳥肌立った」
「ほんと?」
「ほんと」
頭をぐりぐりと押し付けてくる。
(あ、これリルド分補給だ)
「はいはい、お疲れさま」
頭を軽くぽんぽんしてあげる。
シリウスがふにゃっと表情を緩めるのが、横顔で分かる。
「シリウスのところもよかったよ。爪を立て大地を削りのとこ、声が地響きみたいだった」
「お、分かるか」
「分かるよ。あれ、お腹に響いた」
二人でくすくすと笑い合う。
「リルドくーん、シリウスくーん!ちょっとモニターチェックお願いしまーす!」
「はーい」
呼ばれて、二人でディレクターさんのところに向かう。
モニターには、さっき撮ったばかりの映像。
二人並んでマイクを構えてるシーンが映っていた。
「うわ……」
「うわ……」
また同じ反応をしてしまう。
画面の中の僕らは、本当に別人みたいだった。
目つきも鋭くて、なんだか格好いい。
「これ……本当に俺らか?」
「うん、本当に僕らだね」
(撮影の力ってすごい)
ディレクターさんが、満足そうに頷きながら、
「いやー、二人とも今日は特に乗ってましたね。デスボイスの部分なんて、現場の空気が変わりましたよ」
「ありがとうございます……」
「これでMV撮影は完了です。来週には編集して、再来週にはアップ予定です」
(アップ!?)
(アップ!?)
二人揃って、また固まる。
「ど、どこに上がるんですか?」
「公式チャンネルですね。それから、駅の液晶パネルでも順次切り替えていきます」
町長のあのにこにこ顔が脳裏に浮かんだ。
(絶対張り切ってる、町長)
モニターチェックが終わると、スタッフさんたちが片付けを始めた。
僕らも荷物をまとめる。
「お疲れ様でしたー」
「お疲れ様でした!」
深々と頭を下げて、スタジオを後にする。
外に出ると、もう日が傾き始めていた。
一日中スタジオにこもっていたから、外の風が新鮮に感じる。
「終わったな、リルド」
「うん、終わった」
二人で、ふっと空を見上げる。
オレンジ色の雲が、ゆっくりと流れていた。
「なんかさ」
「ん?」
「最初のころに比べて、ちょっとは慣れたよな、俺ら」
「うん。慣れたかも」
最初の撮影の時、緊張で手が震えてたのを思い出す。
あのころは、マイクを持つのも一苦労だった。
でも、今日は——自分でも信じられないくらい、自然に歌えた。
シリウスと、息ぴったりで。
「リルド」
「ん?」
「お前と兄弟で、よかったわ」
「!?」
突然のシリウスの言葉に、思わず立ち止まる。
でもシリウスは前を向いたまま、しれっと歩き続けてる。
「な、なに急に」
「いや、なんとなく」
「……ずるい」
「何が」
「そういう不意打ち、ずるい」
頬が熱くなる。
シリウスの耳も、また赤い。
(こいつ……)
駆け足で追いついて、隣に並ぶ。
「僕も、シリウスと兄弟でよかった」
「……そうか」
それだけで、もう何も言わなくてもいい気がした。
帰り道、商店街を二人で歩く。
みなと雑貨店の灯りが、遠くに見えてくる。
父さんが、また父さんらしい顔で、僕らを待っているはずだ。
「シリウス、今日の晩ご飯何かな」
「親父のことだから、お前の好きなやつ作ってんじゃね?」
「えっ、なんで僕の?」
「今日メインで歌ったの、お前だろ」
「あ……」
父さんって、本当にそういうところ細やかなんだよなぁ。
みなと雑貨店のドアを開ける。
からんからんと、ベルが鳴った。
「ただいまー」
「ただいま」
奥から父さんの声。
「おう、おかえり。撮影どうだった?」
「終わったよ!MV、これで完成!」
「そうかそうか。よくやったな」
父さんが、にこっと笑った。
その笑顔だけで、今日一日の疲れが吹き飛ぶ気がする。
台所からは、ちょっと甘い匂い。
(あ、これ……肉じゃがだ)
僕の好物。
シリウスと顔を見合わせる。
「……ほらな」
「……うん、本当だった」
父さん、ありがとう。
心の中で、こっそり呟いた。
甲斐多町の夜が、また優しく始まる。
平穏はもうないけど。
その代わりに、こんなにあったかい時間が、僕らにはある。
……それで、もう、十分だった。




