第82話 小祠一の休み場
外縁小道の支度場に、朝から人が集まっていた。
草分け棒は右に立ち、水袋は日陰に並んでいる。戻り石の袋はベンの石段に収まり、小荷物札の箱にはリタが新しい布をかけていた。入口祠の横に小さな棚ができただけで、村人の足は自然にそこへ向かうようになった。
ミオは水袋をひとつ持ち上げて、すぐ下ろした。
「……これ、けっこう重いですね」
「ミオ様、それは大人用です」
「小さい方にします」
「はい。ミオ様用です」
「リタ、今ちょっと子ども扱いしました?」
「してません」
「しましたよね」
「少しだけ」
白狐さんが棚の横で、しっぽをゆっくり動かした。
「重いものを無理に持つ必要はありません。道は、持てる者が持てばよいのです」
「白狐さん、荷物は」
「わたしは神獣です」
「はい。今日も神獣ですね」
ミオは小さい水袋を取り、透明板を胸の前に持った。今日はマル婆さんも一緒だった。小祠一まで行ってみたい、と朝から言っていたのだ。
マル婆さんは杖をつき、入口祠の前で深く息をした。
「小祠一までなんて、若い者の道だと思ってたよ」
「途中で休みながら行きましょう」
「休む場所なんてあったかね」
「座れる場所を見ます。足りないところは、その場で足します」
「その場で足すのかい」
「できる分だけです」
白狐さんがミオを見た。
「できる分だけ、ですか」
「はい。今日はマル婆さんの歩きやすさを見ます」
「それなら、道が教えてくれます」
「道が」
「足が止まった場所です」
「なるほど。分かりやすいです」
トマが草分け棒を持ち、リタが水袋を二つ選ぶ。ベンが戻り石の袋を持ち、神官が小荷物札を確認する。ミオは透明板を持つ。白狐さんは何も持たず、当然のように一番前に立った。
「白狐さん、先頭ですか」
「道を見る役です」
「荷物は」
「わたしは神獣です」
「封印中ですよね」
「神獣です」
「はい」
ミオはあきらめた。
神官は小荷物札を一枚だけ箱から出した。
「小祠一で水を飲み、足を休めましょう」
「はい」
「マル婆さんの歩きやすさを見ます」
「座り石も見ます」
入口祠に礼をして、みんなで外縁小道へ入った。
朝の草はまだしめっていて、足元でさわさわ鳴る。トマが草分け棒で道端を押さえ、リタが水袋の揺れを片手で止める。マル婆さんは一歩ずつ歩いた。急がない。白狐さんは少し先へ行き、時々振り返る。
小祠一が見える手前で、マル婆さんの足が止まった。
「ここで一息つきたいね」
「座れる石、ありますか」
「前に置いたのが一つだけです」
トマが草を分けると、平たい石がひとつ出てきた。腰かけるには低い。マル婆さんはそこに手をつき、少し苦労して腰を下ろした。
「低いねえ」
「低いですね」
「立つ時に、膝が笑いそうだよ」
「笑わない高さにしましょう」
ミオは透明板をかざした。
――――――――――
[小祠一・休止点確認]
座り石:不足
水袋台:未設置
日よけ:未設置
荷置き:未設置
――――――――――
「足りないもの、出ました」
「ミオ様、いっぱい出ています」
「いっぱいですね。まず座り石です」
トマが近くの平たい石を探しに行った。ベンも一緒に走ろうとして、戻り石の袋を抱えたままよろけた。
「ベン、袋置いてから」
「石係、石を探す」
「その袋も石です」
「そうだった」
ベンはまじめな顔で袋を下ろし、草の中へ入った。
村の男たちが二人加わり、平たい石を三つ運んできた。高い石、低い石、少し斜めの石。マル婆さんがひとつずつ座って確かめる。
「これは高すぎる」
「これは?」
「こっちはいいね。立つ時に楽だよ」
「じゃあ、それを真ん中にします」
ミオは石の下に小石を挟み、ぐらつきを止めた。手を離すと、石は少しだけ揺れた。
「まだ揺れますね」
「ミオ様、こっちに小さい石を入れます」
「リタ、お願いします」
リタが小石を差し込む。石はぴたりと止まった。
「上手い」
「洗濯板を止めるのと似ています」
「生活の知恵だ」
水袋は地面に置くと倒れやすかった。リタが枝を二本差し、そこに布を渡した。簡単な水袋台だ。トマが見て、すぐ横木を足した。水袋が二つ、ころんと並ぶ。
日よけは、古い布を木の枝と草分け棒に結んだ。風が来ると、ぱたぱた揺れる。頼りないが、座り石の上に少し影ができた。
「これでどうですか」
ミオが聞くと、マル婆さんは座り石に腰を下ろし、杖を膝に置いた。
「さっきより、ずっといいねえ」
「膝は?」
「笑ってないよ」
「よかった」
ベンが胸を張った。
「石係、できた」
「できたね」
「座り石係もできる」
「係がまた増えた」
「忙しい」
白狐さんは日よけ布の下に入らず、少し離れた草の上に座った。
「白狐さん、日陰に入らないんですか」
「わたしは見張りです」
「見張り」
「誰かが供物台代わりに水袋を置かないか見ています」
「そこですか」
「そこです」
ミオは透明板をかざし直した。
――――――――――
[小祠一・休止点設定]
座り石:三基
水袋台:簡易
日よけ布:仮設
荷置き石:一基
状態:使用可
――――――――――
「使用可です」
「使っていい、ということですね」
神官が言う。
「はい。休めます」
「ならば、ここでは小祠一へ礼をしてから休む。水を飲む前にも短く礼をする。それでよいでしょう」
「はい」
マル婆さんは水袋から少し水を飲み、ふう、と息をついた。
「ここまで来られるなら、祠に顔を見せられるね」
「また来ますか」
「来るよ。膝が許せばね」
「膝にも聞きましょう」
「膝は気難しいからねえ」
リタが小さく笑い、布の端を結び直した。
帰り道、マル婆さんの足取りは行きより少し軽かった。途中で二度止まったが、座り込むほどではない。村へ戻ると、入口祠の横の支度場にみんなが道具を戻した。草分け棒は右、水袋は日陰、戻り石は石係の段へ。今日から小祠一用の布も、棚の下にたたんで置くことになった。
ベンが木札に書き足そうとして、リタに止められた。
「何を書くの」
「座り石」
「そこは小祠一に置いてあるから、ここには書かなくていいと思う」
「でも石」
「石だけど」
「石係として」
「じゃあ、小さくね」
木札の端に、小さく「座」と増えた。
道具、石、水、札、座。
ミオはそれを見て、少し笑った。
「増えましたね」
「増えました」
リタは少しだけ困った顔をした。
「次、入らないかもしれません」
「その時は札を大きくしましょう」
「はい」
夕方、小祠一の休み場に、座り石が三つ残った。水袋台は低く、日よけ布は風でぱたぱた揺れている。荷置き石の上には、神官が小さな枝を一本置いていた。
ミオは透明板を下ろす。
――――――――――
[小祠一・休止設備]
座り石:安定
水袋台:仮設
日よけ布:仮設
利用記録:成立
――――――――――
マル婆さんは村の入り口で振り返り、小祠一の方を見た。
「今度は、針仕事の布を持っていこうかね」
「休みに行くんですよ」
「座るだけだと、手がひまだよ」
「それは分かります」
白狐さんが棚の横で、目を細めた。
「休む場所に、手仕事を持ちこむ者が出ます」
「早いですね」
「村ですから」
「村ですね」
ベンは戻り石の袋を石係の段に置き直し、今度は水袋台の方を見た。
「水係もいる」
「ベン、係を増やしすぎです」
「でもいる」
「たしかに、いるかも」
リタが木札を見て、空いている場所を探した。
もうあまり残っていなかった。
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