第81話 外縁小道の支度場
朝のリュミナ村は、まだ少ししめっていた。
畑の土はやわらかく、井戸のそばでは女たちが水桶を並べている。教会の裏では、リタが古い布を干していた。ぱたぱたと布が揺れるたびに、白狐さんの耳が少しだけ動く。
ミオは入口祠の横で、草分け棒を探していた。
「……あれ。昨日、どこに置きましたっけ」
「教会の壁です」
白狐さんが、すぐに答えた。
「水袋は」
「井戸のそばです」
「戻り石は」
「リタが持っています」
「小荷物札は」
「神官の箱です」
「ばらばらですね」
「ばらばらです」
白狐さんは静かにうなずいた。
小祠二へ行けるようになってから、村の人が外縁小道を見る目は少し変わった。けれど、道具はまだ村のあちこちに置かれている。草分け棒を取りに教会へ戻り、水袋を井戸へ取りに行き、戻り石の袋をリタが抱えて走ってくる。誰かが「札はどこだ」と言うたび、神官が箱を開ける。
ミオは透明板を入口祠の横にかざした。
――――――――――
[外縁小道・入口確認]
対象:入口祠横空き地
用途候補:道具置き場/戻り石袋/水袋棚/小荷物札
制限:供物棚との混在不可
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「供物とは分けろって出てます」
「当然です。そこは混ぜてはいけません」
「はい。白狐さん、今の顔、かなり厳しいです」
「供物の場所に草分け棒を立てる者が出たら困ります」
「それは困りますね」
ミオは枝で地面に短い線を引いた。入口祠に近すぎず、供物台からも少し離れた場所。日が強く当たりすぎない、横に石を置けるくらいの小さな空き地だった。
トマとベンが、古い板と平たい石を運んできた。板は納屋の残り、石は畑の端から拾ったものだ。立派な棚にはならない。けれど、水袋を置き、草分け棒を立て、戻り石の袋をまとめるには足りる。
「ミオ、ここでいいのか」
「はい。草分け棒は右、水袋は日陰、戻り石は低い段、小荷物札は箱に入れます」
「供物は?」
「そっちは触りません。白狐さんに見られています」
「見ています」
白狐さんは座ったまま、しっぽを一度だけ動かした。
ベンは石を抱えたまま、入口祠の横にしゃがんだ。
「石、ここ」
「そこは戻り石の袋を置くところ」
「石係の段」
「名前、もう決まりましたね」
「石係の段」
ミオは笑い、板の下に平たい石を二つ置いた。ベンはそこへ戻り石の袋をそっと乗せ、少し離れてから、また戻って袋の向きを直した。
「そこまでまっすぐにするんだ」
「石係だから」
「えらい」
リタが水袋を持ってきた。小さな子でも持てるもの、大人用のもの、途中で分けるための予備。全部を一か所に並べると、思ったより多い。
「ミオ様、水袋はここでいいですか」
「はい。日陰にまとめましょう。小さいものを前、大きいものを後ろに」
「草分け棒は右ですね」
「右です。戻す時も右」
「木札、書きます」
リタは木札に短く書いた。
道具、石、水、札。
字は少し急いでいて、最後の「札」だけ小さかった。
「ミオ様、札が小さくなりました」
「読めます」
「書き直します」
「これはこれで好きです」
「でも小さいです」
「じゃあ、あとで書き直しましょう」
「今、書き直します」
リタはむっとした顔で新しい木札を取り、今度はゆっくり書いた。
道具、石、水、札。
ベンが声に出して読む。
「道具、石、水、札」
「読めてる」
「石、二番目」
「大事?」
「大事」
「大事だね」
神官も来た。入口祠へ短く礼をしてから、できかけの棚を見る。
「これは祠のものではなく、道の支度に使うものですね」
「はい。供物とは分けます。小祠一や小祠二へ行く前に、ここで取って、戻ったらここへ返します」
「では、入口祠に礼をしてから取る。戻ったら返して、また礼をする。この順にしましょう」
「はい。それなら村の人にも伝えやすいです」
ミオは透明板をもう一度かざした。
――――――――――
[外縁小道・入口設定]
道具置き場:仮登録
戻り石袋:低段管理
水袋棚:日陰配置
小荷物札:箱管理
供物棚:分離維持
――――――――――
ミオは表示を見て、木札の位置を少しずらした。水袋は日陰。戻り石は低い段。小荷物札は箱の中。草分け棒は右側にまとめる。
「これで、取りに戻る人は減ると思います」
「ミオ様、草分け棒は三本で足りますか」
「今日は足ります。増えたら、右にもう一本」
「右にもう一本」
「はい」
「ベン、戻り石の袋、重くない?」
「重い」
「置いていいよ」
「置いた」
「えらい」
白狐さんは供物台の方をちらりと見た。
「供物とは、少し離してください」
「分けます。そこは混ぜません」
「よいです」
昼前、試しに小祠一の手前まで行くことになった。長く進むためではなく、置いたものが使いやすいか確かめるためだ。
トマが草分け棒を取り、リタが水袋を二つ選ぶ。ベンが戻り石の袋を持ち、神官が小荷物札を確認する。ミオは透明板を持つ。白狐さんは何も持たず、当然のように一番前に立った。
「白狐さん、先頭ですか」
「道を見る役です」
「荷物は」
「わたしは神獣です」
「封印中ですよね」
「神獣です」
「はい」
ミオはあきらめた。
入口祠に礼をして、外縁小道へ出る。草の間に細い道があり、ところどころに踏み固められた土が見える。歩きながら、トマが草分け棒で道端の草を押さえた。リタは水袋を片方だけ肩にかけ、もう片方をベンに持たせる。ベンは少しよろけたが、すぐ持ち直した。
「水、重い」
「戻り石も持ってるからね」
「石係、水も持てる」
「無理しない」
「少しだけ」
小祠一の手前で、リタが水袋を下ろした。
「ここまで来ても、水が残っています」
「取りに戻らなくてすみましたね」
「はい。前は、誰かが井戸まで走っていました」
「今日は走ってないです」
「それだけで楽です」
トマが草分け棒を見た。
「これも、納屋から取ってくるより早いな」
「戻す場所も決めたので、なくなりにくいはずです」
「なくしたら?」
「ベンが見ます」
「石係、棒も見る」
「係が増えましたね」
ベンはまじめにうなずいた。
小祠一に短く礼をして、村へ戻る。入口祠の横へ着くと、みんなが自然に支度場へ向かった。草分け棒は右へ、水袋は日陰へ、戻り石の袋は石係の段へ、小荷物札は箱の中へ戻る。
置く場所があると、手がそこへ行く。
ミオは少しほっとした。
神官が入口祠の横に小さな札を立てた。
外縁小道 支度場
道具、石、水、札
その下で、ベンが戻り石の袋をまた直している。リタは木札の文字を見て、今度は満足そうにうなずいた。トマは草分け棒の本数を数え、神官は入口祠に礼をした。白狐さんは棚の横に座り、何も言わずにしっぽで土を払う。
ミオは透明板をそっと下ろした。
――――――――――
[外縁小道・入口設備]
支度場:仮稼働
利用手順:取得/通行/返却
供物系統:分離維持
状態:安定
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夕方、入口祠の横に小さな棚が残った。草分け棒が右に立ち、水袋が日陰に並び、戻り石の袋はベンの石段に収まっている。
「そこ、少し右」
リタが言うと、ベンはまじめにうなずいた。
「少し右」
白狐さんは棚の横に座り、またしっぽで土を払った。
ミオは外縁小道を見た。明日、誰かが小祠一へ行く時、たぶんここで水袋を取る。
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