第77話 湿布草を、数日分の手当てにした
湿布草の葉は、教会の裏の日陰に干されていた。
小さな籠の上に、葉が三枚。昨日、マル婆さんの膝に一枚使ったので、残りは三枚だけだ。
朝の風が通るたび、葉の端が少しだけ揺れる。摘んだ時より色は濃く、青い匂いも少し落ち着いていた。
リタは地図帳を開き、昨日の記録を読み上げる。
「湿布草。葉一枚。短時間。膝の熱、少し軽い。異常なし」
「うん。今日は、乾かした葉が使えるか確認する」
「保存できたら、便利です」
「採った日に全部使わなくていいからね」
ベンは籠の横で、湿布草をじっと見ていた。
「石係の手首には?」
「まだ待つ」
「石係、待つの上手くなってきた」
「いいことだよ」
ミオは透明板をかざした。
[祠道記録]
湿布草運用:仮成立
採取注意:必要
手当て用札:作成中
次候補:乾燥確認
乾燥確認。
白狐は入口祠の横で、干した葉を見ていた。
「ミオ」
「はい、白狐さん」
「乾かすと、草の力は少し変わります」
「弱くなる感じですか」
「弱くなるものもあります。落ち着くものもあります」
「じゃあ、今日も少しだけ」
「はい。昨日より短く試しなさい」
神官は乾いた葉を一枚手に取った。
「生の葉より、少し硬いですね」
「水で戻しますか」
「少しだけ湿らせましょう。濡らしすぎると、昨日と違いが分からなくなります」
石鉢に、乾いた葉を一枚。
水を少し。
神官が木の棒でゆっくり押すと、乾いた葉が少しやわらかくなった。青い匂いは、生の葉より薄い。でも、ちゃんと残っている。
リタが鼻を近づけた。
「昨日より、静かな匂いです」
「静かな匂い」
「草が落ち着いた感じです」
「それ、いい表現かも」
ベンも鼻を近づけた。
「石係には分からない」
「無理しなくていい」
「でも、薬っぽい」
「それで十分」
神官は湿らせた葉を布に広げ、小さく折った。
「今日は、マル婆さんの膝ではなく、トマの手首で試しましょう。昨日、荷運びで少しひねったと言っていました」
「俺か」
トマは少し照れた顔で手首を出した。
「痛いというほどじゃないんだが、動かすと少し熱い」
「ちょうどいい確認かもしれません。変だったらすぐ外します」
ミオは透明板をかざした。
[祠道表示]
対象:湿布草・乾燥葉
使用量:葉一枚
処置:短時間
確認部位:手首
「手首確認、入った」
神官が湿布をトマの手首に当てる。
トマは少しだけ眉を上げた。
「冷たいな。昨日の生葉より、軽い感じがする」
「ひりひりしますか」
「しない。匂いも弱い」
「熱は?」
「すぐには分からん。でも、悪くはない」
白狐が尾をゆっくり揺らした。
「短く」
「はい」
少し待ってから、神官が湿布を外した。
トマは手首をゆっくり回す。
「少し楽だな。生の葉ほど強くはないが、作業のあとに当てるなら十分だ」
「乾かしても使えそうですね」
「使えます。ただし、効きは穏やかです」
リタがすぐに地図帳へ書いた。
乾燥葉。
葉一枚。
手首。
短時間。
効きは穏やか。
異常なし。
「穏やか、って書きます」
「うん。分かりやすい」
「強い薬じゃない」
「でも保存できる」
「それ、大事です」
ミオは透明板を見た。
[祠道記録]
乾燥葉確認:成立
効力:穏やか
使用部位:手首
保存運用:可能
「保存運用、可能」
その文字を見た瞬間、リタの顔がぱっと明るくなった。
「数日分、置いておけます」
「うん。小祠一へ行けない日でも使える」
「雨の日とか」
「そう。あと、採りに行く人がいない日」
ベンが手を上げた。
「箱、いる」
「昨日も言ってたね」
「石係が持てる箱」
「湿布草の箱だから、石係専用ではないかな」
「でも、石係が持てる」
「そこは大事かも」
神官が教会の棚から、小さな木箱を持ってきた。
古い針や糸を入れていた箱らしい。ふたは少しゆるいが、中は乾いている。
「これを使いましょう」
「ちょうどいい大きさ」
リタが布を敷き、乾いた葉を二枚入れた。昨日使った一枚、今使った一枚を引いて、残り二枚。
「少ないですね」
「少ない。でも、運用の形はできた」
「次に採る時は、増やせますか」
「小祠一の湿布草を見てから。残ってる量が先」
白狐がうなずいた。
「よいです。箱ができると、人は満たしたくなります」
「分かります。空きがあると入れたくなる」
「箱に合わせて採るのではなく、草に合わせて箱を使いなさい」
「はい、白狐さん」
ミオは木箱のふたを閉めた。
リタが札の試し書きを箱の上に置く。
表:湿布草/根を抜かない/花を残す/少しだけ
裏:生葉は膝、乾燥葉は手首にも/短時間/変なら外す
「長いですね」
「長い」
「絵、いりますね」
「葉っぱ、根ばつ、花まる、砂の印」
「砂の印?」
「短時間です」
「いいね。分かりやすいかも」
ベンが得意そうに言った。
「石の印は?」
「戻り石と混ざるから、今回はなし」
「石係、出番なし」
「箱を持つ出番はある」
「あります」
ベンはすぐに持ち直した。
入口祠の前に、湿布草の小箱が置かれた。
大きな箱ではない。両手に乗るくらいの、古い木箱だ。それでも、村人たちはその箱を見て、昨日より安心した顔になった。
マル婆さんが箱をのぞきこむ。
「これで、膝が熱くなった時に少し使えるんだね」
「はい。ただ、順番に。短く。変だったらすぐ外します」
「分かったよ。草を残すのも忘れない」
「お願いします」
神官が箱の横に札を置いた。
「湿布草は、教会で管理します。使う時は記録をつけます」
「記録なら、リタが得意です」
「はい。書きます」
リタは背筋を伸ばした。
ミオは透明板をかざす。
[祠道記録]
湿布草運用:成立
保存箱:登録
使用記録:必要
採取注意:継続
成立。
仮の文字が消えていた。
「成立になった」
「やりました」
リタが小さく笑った。
ベンも箱を見てうなずく。
「箱、強い」
「また強い」
「箱があると、村っぽい」
「分かる。ちょっと分かる」
白狐が入口祠の石に前足をそろえた。
「よい形です」
「ありがとうございます、白狐さん」
「外で見つけたものが、村の中で置き場所を得ました」
「置き場所」
「はい。道は、見つけるだけでは育ちません。戻して、置いて、使い方を決めて育ちます」
「それ、今日のまとめですね」
「まとめではなく、道の話です」
「はい」
ミオは笑った。
湿布草は、ただの採った草ではなくなった。
小祠一の北側日陰。採る量。残す草。生葉の使い方。乾燥葉の使い方。札。箱。記録。
それらがつながって、村の手当てになった。
派手な光はない。
でも、マル婆さんは昨日より歩きやすそうで、トマは手首をゆっくり回している。村人たちは湿布草の箱を見て、少しだけ外の道を身近に感じている。
ミオは入口祠から、小祠一の方角を見た。
道の先から、村へ役に立つものが戻ってきた。
そしてそれは、村の中に置き場所を持った。
透明板の端に、小さな次の表示が浮かぶ。
[祠道記録]
次候補:影前仮道
湿布草:定期確認
小祠一:安定
次は、小祠二の影の手前へ。
その前に、ミオは湿布草の小箱をもう一度見た。
「白狐さん」
「はい」
「こういう小さいの、けっこう好きです」
「よいことです。小さいものを雑に扱う者は、大きい道で転びます」
「転びたくないです」
「では、箱を大事にしなさい」
「はい」
ベンが箱を持ち上げようとして、リタに止められた。
「まだ置き場所を決めてません」
「石係が置く」
「地図係と神官様が決めます」
「石係は?」
「運ぶ時だけ」
「むう」
ミオは笑った。
湿布草の箱は、入口祠のそばから教会の棚へ運ばれることになった。
村の外から来た草が、村の棚に収まった。
祠道は、外へ伸びる道から、村の暮らしへ返ってくる道になり始めていた。
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