第75話 小祠一から、採れるものが見えた
小祠一までの道は、少しずつ村のものになっていた。
入口祠から点一、点二、点三へ進み、小祠一で休む。そこから灯り石候補を見て、さらに草の奥には小祠二の影がある。
リタの地図帳には、小さな印が増えていた。
小荷物、可。
小休止、可。
灯り石候補。
小祠二の影。
ベンはそれを横から見て、うなずいた。
「地図、強くなってる」
「強く?」
「点が増えた」
「うん。たしかに強そう」
ミオは透明板をかざした。
[祠道記録]
小祠一:安定
小休止地点:成立
灯り石候補:維持
次候補:周辺確認
周辺確認。
今日は小祠二の影へ向かう日ではない。小祠一の周りで、村の役に立つものがあるかを見る日だった。
白狐は入口祠の横で、前足をそろえて座っている。
「ミオ」
「はい、白狐さん」
「祠道のそばにあるものは、道のものでもあります。取りすぎてはいけません」
「少しだけですね」
「はい。持ち帰るより先に、どこに生えているかを覚えなさい」
「地図に入れるのが先」
「よいです」
神官も小さくうなずいた。
「薬草に似たものがあれば、私が見ます。昔、教会で使っていた湿布草なら分かります」
「湿布草?」
「葉をつぶして、布に包み、腫れたところに当てます。村の近くではあまり採れません」
「それがあったら、けっこう助かりますね」
「はい。畑仕事のあと、膝や手首を痛める者が多いので」
ベンが自分の手首を見た。
「石係にもいる?」
「石係にもいるかも」
「じゃあ大事」
一行は小祠一へ向かった。
道は前より歩きやすい。点列を追い、草分け棒で深いところだけ葉を分ける。ベンは戻り石袋を持ち、今日は石を置くより、動いた石がないかを見る係になっていた。
「石係、確認係」
「係が増えてる」
「同じ係の中」
「じゃあ、ぎりぎり増えてない」
白狐が静かに言った。
「ぎりぎりは、あまりよい管理ではありません」
「はい、白狐さん」
小祠一に着くと、座り石の上に朝の光が落ちていた。
水袋置きも安定している。受け石の横には、前に届けた布がきちんとたたまれていた。風で少し端がめくれているくらいだ。
トマが座り石の近くを見回した。
「草なら、いっぱいあるけど」
「全部が使える草じゃないからね」
神官は小祠一の周りをゆっくり歩いた。草を踏まないよう、少しずつ向きを変えながら、葉の形を見ていく。
ミオは透明板をかざした。
[祠道表示]
対象:小祠一周辺
採取範囲:低反応
祠道外縁:維持
採取量:少量推奨
「少量推奨」
「採れるんですか」
リタがすぐに地図帳を開いた。
「採れるものがあるかもしれない、くらい」
「少量推奨なら、少しはありますね」
「リタ、ログの読み方が上手くなってきた」
「慣れてきました」
神官が少し離れた場所で足を止めた。
「これです」
小祠一の横、少し日陰になったところに、丸い葉の草がまとまって生えていた。
葉の縁がやわらかく波打っていて、裏側に細かな毛がある。根元に淡い紫の小さな花がいくつかついていた。
神官はひざをつき、葉に触れた。
「湿布草です。昔は、巡礼道のそばで採れたと聞いていました」
「巡礼道のそば」
「はい。乾かしても使えますが、採りたての方がよく効きます」
「村の近くにないって言ってましたよね」
「小祠一まで来られるなら、少しずつ持ち帰れます」
リタの目が明るくなった。
「村で使えます」
「うん。これは実利が大きいかも」
ベンが湿布草を見つめた。
「石係の手首にも」
「ベン、手首痛いの?」
「今は痛くない。でも、石係だから」
「予防意識が高い」
「石係なので」
白狐が湿布草の前に座った。
「採る前に、祠へ礼を」
「はい」
ミオは小祠一へ手を合わせた。
「少しだけ、村へ持ち帰らせてください。取り尽くさず、次も残します」
神官も祈り、リタとベンも頭を下げた。トマは少し遅れて、慌てて手を合わせる。
風がふわっと動いた。
湿布草の葉が、さわさわと鳴る。
透明板に表示が浮かぶ。
[祠道記録]
採取対象:湿布草
範囲:小祠一・北側日陰
採取量:初採り分
再生確認:次回
「初採り分だけ」
「どれくらいですか」
リタが筆を構えた。
「神官さん、株を残すなら?」
「葉を三つか四つ。花のある株は残しましょう」
「じゃあ、今日は葉を四枚まで」
「少なっ」
「ベン、最初だから」
「石係でも分かる。最初は少し」
「えらい」
神官が湿布草の葉を四枚だけ摘んだ。
根は抜かない。花も残す。摘んだ葉は、リタが持ってきた小さな布にそっと包んだ。
ミオはそれを小祠一の受け石の前に一度置いた。
受け石が、ぽうっと淡く光る。
持ち帰ってよい、という返事のように見えた。
「記録、入ります」
[祠道記録]
湿布草:初採り成立
採取量:葉四枚
根:保持
持帰り:許可
リタが地図帳に書き込む。
小祠一、北側日陰。
湿布草。
初採り、葉四枚。
根を抜かない。
花は残す。
「これ、すごく実務っぽいです」
「実務だからね」
「聖女様の地図帳というより、畑の記録帳みたいです」
「そっちの方が役に立つかも」
「たしかに」
白狐が静かにうなずいた。
「祠道は、きらびやかな奇跡だけで続くものではありません。膝を痛めた者が、明日も歩けるようになること。それも道の力です」
「白狐さん、いいこと言いますね」
「いつも言っています」
「はい。すみません」
「よいです」
帰り道、リタは湿布草の包みを大事に抱えていた。
ベンは何度も包みを見た。
「石係、持とうか」
「だめです。これは地図係が持ちます」
「石係でも持てる」
「ベンは戻り石袋があります」
「むう」
ミオは笑った。
「じゃあ、次に湿布草用の小箱を作ろうか」
「箱」
「葉がつぶれないように」
「石係が持つ?」
「地図係と相談」
「相談か」
入口祠へ戻ると、村人たちがすぐに集まった。
神官が湿布草を見せると、年配の女性が目を丸くした。
「それ、昔、祖母が使っていた草です」
「湿布草です。小祠一の北側にありました」
「あそこまで行けば、採れるのかい」
「少しだけです。根は抜きません」
女性は深くうなずいた。
「少しでも助かるよ。畑のあと、膝が熱を持つ者が多いからね」
トマが自分の膝を軽く叩いた。
「俺もたまに使いたい」
「まずは年寄りと痛めた人から」
「分かってる」
ミオは透明板をかざした。
[祠道記録]
小祠一周辺:採取記録あり
湿布草:初採り成立
運用札:採取注意
次候補:影前仮道
運用札。
ミオはその文字を見て、リタの地図帳に小さく書いた。
採取注意。
「札にしますか」
「うん。湿布草のところに、根を抜かない、花を残す、初採りは少し、って分かる印」
「絵にします?」
「葉っぱと、根にばつ印かな」
「根ばつ印」
「そのまますぎるけど、分かりやすい」
「ベン式です」
「私のせい?」
ベンが少し誇らしそうにした。
白狐は入口祠のそばで、湿布草の包みを見ていた。
「ミオ」
「はい、白狐さん」
「外へ行けるようになると、持ち帰れるものも増えます」
「はい」
「持ち帰る時こそ、残すことを先に決めなさい」
「分かりました。採る量より、残す量を先に見る」
「よいです」
ミオはうなずいた。
小祠一の先に、祠の影がある。
小祠一のそばに、村で使える草がある。
外へ伸びる道は、見るものだけを増やすわけではなかった。
村へ持ち帰るものも、少しずつ増えていく。
リタが地図帳を閉じた。
「小祠一、すごいですね」
「うん。行ける場所から、役に立つ場所になってきた」
入口祠の前で、湿布草の葉が布の中から少しだけ香った。
青くて、やわらかい匂いだった。
祠道の先から、村の膝を冷やす草が届いた。
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