第74話 草の奥に、小祠二の影が立った
灯り石候補は、昼の草の中で静かに眠っていた。
薄い黄色の筋が、石の表面に少しだけ残っている。強い光ではない。けれど、点三の先にそれがあるだけで、道の芽は前より先へ続いて見えた。
ミオは小祠一の座り石で、水をひと口飲んだ。リタは地図帳を開き、灯り石候補の印を確かめている。ベンは戻り石袋を抱え、草分け棒を持っていた。
「草分け棒、今日は私が持つんじゃなかった?」
「石係が持ってもいい」
「石係、棒も持つの?」
「石と棒は近い」
「近いかなあ」
白狐は小祠一の正面に座り、尾をゆっくり揺らしていた。
「ミオ」
「はい、白狐さん」
「灯り石の先を見るなら、帰り道を先に確かめなさい」
「点三、灯り石候補、戻り石。この三つを帰りの目印にします」
「よいです。今日は、見えたものを地図に入れる日です」
「はい。見つける日ですね」
ミオは透明板をかざした。
[祠道記録]
灯り石候補:登録
点列:維持
小祠一:休止地点安定
次候補:石屋根影確認
石屋根影確認。
リタがその文字を見て、息を小さく吸った。
「石屋根、あるんでしょうか」
「分からない。あっても、今日は影として見るだけ」
「小祠二、って書かないんですね」
「名前は急がない。影なら、影って書く」
「小祠二の影」
「うん。そのくらい」
一行は小祠一を出た。
点一。
点二。
点三。
白石の点を順番に追う。草分け棒で足元の葉をそっと分けると、草の深い場所でも歩きやすい。名前は雑だが、道具としてはちゃんと働いた。
「草分け棒、有効」
「リタ、今書いた?」
「小さく書きました」
「まあ、いいか」
白狐がうしろから静かに言った。
「道具の名は雑でも、使い方が丁寧なら道は受け入れます」
「白狐さん、それ励ましてます?」
「半分です」
「半分かあ」
点三の先で、灯り石候補が見えた。
昨日置いた戻り石も動いていない。薄い黄色の筋が草の根元を少しだけ明るくしている。
ミオは透明板をかざした。
[祠道表示]
対象:灯り石候補
状態:休眠維持
戻り石:有効
帰路補助:微弱
「安定してる」
「光りますか」
「昼でも少しだけ。帰り道用としては十分かも」
白狐が灯り石候補の横を通り、少し先で止まった。
「ここから先、草の匂いが変わります」
「白狐さん、何かありますか」
「祠の気配に近いものがあります。眠りが深いです」
「静かに見ます」
「はい。声を荒げず、草を踏み荒らさず」
灯り石候補の先は、草が高かった。
葉の先に白い綿毛がついていて、歩くたびにふわふわ揺れる。足元は見えにくいが、灯り石候補の淡い光が根元を少し照らしてくれる。
ベンが戻り石をひとつ置いた。
「ここ、帰る向き」
「いい位置」
さらに数歩進むと、木立が見えた。
その奥に、石の屋根のような形があった。
低く、斜めにかたむいている。草の中に半分沈み、木の根に抱えられるように立っている。
リタが声を落とした。
「あれ……祠ですか」
ミオはすぐに答えなかった。
透明板を上げる。
[祠道表示]
対象:石屋根影
位置:灯り石候補・先
祠反応:微弱
記録種別:影
「石屋根影。祠反応、微弱」
「影、ですね」
「うん。今日は影で記録する」
リタは地図帳に、慎重に書いた。
小祠二の影。
書き終わってから、少しだけ顔を上げる。
「小祠二、って入れてしまいました」
「影がついてるから大丈夫」
「影つき小祠二」
「ちょっとかわいい」
「かわいいですか」
「うん。少し」
白狐が石屋根の影を見つめた。
「近づきすぎないでください。あれは、まだこちらを見ているだけです」
「こちらを見ている?」
「祠は、場所を見ます。人を数え、道を数え、祈りの形を数えます」
「白狐さん、いまのちょっと怖いです」
「怖がるほどではありません。礼をして、名を急がず、影として迎えればよいです」
ミオはその場で手を合わせた。
リタも、ベンも、トマも続く。神官が一歩前へ出て、静かに頭を下げた。
「道の先に眠る祠よ。今日は、名を急ぎません。影として、地図に迎えます」
風が止まった。
草の穂が、ぴたりと静かになる。
石屋根の影の下で、細い光がぽうっと立った。
草の奥に、白い線が一本入る。石屋根の輪郭が、ほんの一呼吸だけ見えた。
リタが地図帳を胸に抱いた。
「返事、しました」
「したね」
ミオの声も小さくなった。
影が、そこにあると返した。
透明板に、短い表示が浮かぶ。
[祠道記録]
石屋根影:位置記録
祠反応:微弱
灯り石候補:維持
次候補:影前仮道
「位置記録、入りました」
「小祠二ですか」
「今日は、小祠二の影」
「影」
「うん。ここまで」
ベンが戻り石袋を少し揺らした。
「影の横に石、置く?」
「手前まで」
「手前」
「近づきすぎない。帰る向きだけ残す」
ベンは石屋根の影の手前に、戻り石をそっと置いた。
白狐がうなずく。
「よい石係です」
「石係、よい」
ベンはすごく真面目な顔でうなずいた。
帰り道、灯り石候補の淡い光が足元を助けてくれた。
石屋根の影は、振り返ると草の奥に沈んでいた。もう光ってはいない。でも、さっき見えた形が目に残っている。
「小祠二、いた」
「影だけね」
「影でも、いた」
「うん。影でも、いた」
小祠一に戻ると、みんな短く座った。
白狐は座り石の横で、静かに言った。
「今日は九割二分です」
「上がった」
「名を急がなかったのがよいです」
「減点は?」
「ミオが、石屋根を見た時に半歩だけ前へ出ました」
「半歩かあ」
「道は半歩で変わります」
「はい」
ミオは両手で顔を押さえた。
ベンは座り石に短く座り、すぐ立った。
「今日は長くない」
「えらい」
「九割二分の日だから」
入口祠へ戻ると、神官が村人たちへ説明した。
「小祠一の先に、眠る祠の影が見えました。今日は影として迎えました。名を急がず、次の確認へ進みます」
村人たちの顔に、ざわりとした明るさが広がった。
小祠一の先に、また祠がある。
村の外側が、そこで終わっていない。
ミオは透明板をかざした。
[祠道記録]
石屋根影:登録
灯り石候補:維持
点列:維持
次候補:影前仮道
影前仮道。
ミオはリタの地図帳にある点線を見た。
「次は、あの影の手前まで仮の道を通す感じかな」
「小祠二まで行くんですか」
「手前まで。まず、戻れるように」
白狐がそっと尾を揺らした。
「それでよいです。影に近づく前に、帰る形を整えましょう」
「はい、白狐さん」
草の奥に、小祠二の影が立った。
道はまだ細い。
けれど、次に向かう場所は、もう地図にある。
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