第72話 小祠一に、休める場所ができた
小祠一へ届けた荷は、朝になってもそのまま残っていた。
麦の包み。干した豆。水袋。たたんだ布。
入口祠の地図には、小祠一の横に小さな印がついている。
小荷物、可。
リタはその文字を何度も見ていた。自分で書いたはずなのに、朝になると少し不思議に見えるらしい。
「ほんとうに、置いたままなんですね」
「うん。荒らされてないし、祠道の反応も乱れてない」
ミオは透明板をかざした。
[祠道記録]
小荷物運搬:成立
小祠一:受領記録あり
帰路:安定
次候補:小休止地点
昨日より、表示は少しだけ濃い。
小休止地点。
その文字を見て、ベンが首をかしげた。
「小休止って、座るやつ?」
「たぶん。ちょっと休む場所」
「寝る?」
「寝ない。まだ寝ない」
「座るだけか」
「まずは座るだけ」
白狐は入口祠の石の横に座っていた。朝の光を受けて、白い毛がふわりと光る。
「ミオ」
「はい、白狐さん」
「小祠一の前を、人の都合だけで広げてはいけません」
「はい。休む場所を作るだけです。荷置き場を増やしたり、勝手に広場にしたりはしません」
「よいです。腰を下ろせる石と、水袋を置ける石。その程度がよいでしょう」
「白狐さん、もう設計できてる」
「祠の前で人が長居しすぎると、祠が疲れます」
「祠も疲れるんだ」
「疲れます」
「じゃあ、休むのは人だけじゃないですね」
「祠にも静かな時間が必要です」
それは少し分かる気がした。
村人も、働き続ければ疲れる。水路も、流しすぎれば濁る。祠道も、使い方を間違えれば、たぶん変なふうにかたむく。
ミオは地図帳を持つリタと、戻り石袋を持つベンを見た。
「今日は、小祠一に休める場所を作る。持っていくものは、平たい石二つと、水袋用の石ひとつ」
「石、多い」
「ベン、持てる?」
「持てる。けど、石係みたいになってきた」
「なってきたね」
「石係は、袋が重い」
「あとで何か考える」
「石係の肩あて」
「それ、けっこう必要かも」
ベンは少し得意そうにした。
村人のトマが、昨日より軽い籠を持ってきた。中には平たい石が二つ入っている。もう一つ、小さなくぼみのある石は、神官が布で包んで持っていた。
「これは水袋用の石です」
「くぼみがある」
「昔、教会の裏で使っていたものです。割れずに残っていました」
「いいですね。水袋が転がらない」
ミオは透明板をかざし、荷の反応を確認した。
[祠道表示]
経路:入口祠→小祠一
運搬対象:平石・少量
戻り石:有効
小休止設定:未登録
「未登録。よし、今日登録する」
「登録って、祈ることですか?」
リタが聞いた。
「村から見ると、祈って置くこと。私から見ると、祠道に使い方を覚えてもらう感じ」
「覚えてもらう」
「うん。小祠一の前で、人がちょっと休む。その形を、変なふうに広げずに残す」
リタは地図帳に、丁寧に書いた。
小休止。
座る。
水袋。
長居しない。
「長居しない、も書くの?」
「白狐さんが大事って言ってた」
「書きます」
一行は祠道へ入った。
昨日と同じ道なのに、今日は少しだけ歩きやすい。トマが荷を持って足を取られた草の深いところには、ベンが小さな枝を一本立てていた。リタの地図帳にも、そこに印がある。
「草分け棒、ここにほしい」
「もう名前が決まってる」
「ベンが言いました」
「責任重大だね、ベン」
「草分け棒係もいる?」
「係が増えすぎるから、あとで」
白狐がうしろから静かに言った。
「係は、村の形になります。増やす時は、食べ物と同じくらい気をつけなさい」
「食べ物と同じくらい」
「はい。軽く増やすと、あとで胃にもたれます」
「係でもたれるの嫌だなあ」
そんなことを言いながら、小祠一に着いた。
受け石の横に、昨日の荷がある。
布の上に粉は少し乗っていたが、袋は破れていない。水袋も転がっていない。麦と豆もそのままだ。
トマがほっとした顔をした。
「残ってる」
「うん。よかった」
ミオは透明板をかざした。
[祠道表示]
小祠一:応答あり
受け石:保持中
小荷物:記録維持
小休止地点:設定待ち
「設定待ち。いけそう」
白狐が小祠一の前へ進み、尾をゆっくり揺らした。
「座り石は、祠の正面から少し横へ」
「正面は空ける」
「はい。祠を見る場所と、休む場所は少し分けます」
「水袋の石は?」
「座り石の横。倒れても祠へ向かわない位置です」
ミオはうなずいた。
「トマさん、平たい石をこっちに」
「ああ」
トマが平たい石を一つ置く。地面に少し沈み、安定した。
もう一つを横に置く。大人二人が並ぶには狭い。ひとりが座って、もうひとりが荷を下ろすくらいだ。
神官が水袋用の石を置いた。
くぼみが上を向く。
ベンが水袋をそこにそっと置いた。
「転がらない」
「うん。いい感じ」
ミオは透明板を見た。
表示はまだ変わらない。
「白狐さん、何か足りませんか」
「休む前に、祠へ礼を」
「あ、そこか」
ミオは座り石の前に立ち、小祠一へ手を合わせた。
「少し休ませてください。村へ戻るための、短い休み場所にします」
神官も手を合わせる。リタもベンも、少し遅れてまねをした。トマは慌てて荷を下ろし、頭を下げる。
風が、ふわっと通った。
座り石の縁が、淡く光った。
水袋用の石も、ぽう、と小さく返す。
[祠道記録]
小休止地点:登録
座り石:使用可能
水袋置き:使用可能
滞在:短時間推奨
「登録された」
リタが目を丸くした。
「座ってもいいんですか」
「うん。最初はトマさんかな。昨日、荷を運んだから」
「俺?」
トマは少し照れたように笑い、座り石へ腰を下ろした。
石はぐらつかなかった。
トマが水袋を手に取り、少し飲む。
「村の外で座って水飲むの、変な感じだな」
「落ち着かない?」
「いや。なんか、ほんとに外まで来た感じがする」
その言葉で、ミオは胸の奥がふわっとした。
村の外に、座れる場所ができた。
ただ歩いて行って戻るだけではなく、途中で息を整えられる。荷を下ろせる。水が飲める。もう一度、帰る力を作れる。
ベンも座りたそうにしていたが、白狐が尾を揺らした。
「順番です」
「石係なのに」
「石係でも順番です」
「石係、優先じゃないのか」
「優先ではありません」
「石係、たいへん」
ミオは笑った。
「じゃあ、ベンは次。短くね」
「短く座る」
ベンは座った瞬間、満足そうにうなずいた。
「これは、いい石」
「石係の感想っぽい」
「いい石は座りやすい」
「大事な評価だね」
リタが地図帳に書く。
小祠一。
座り石二つ。
水袋置き。
短く休む。
長くいすぎない。
神官はそれを見て、静かにうなずいた。
「これなら、年寄りも途中まで来られるかもしれません」
「小祠一までなら、ですね」
「はい。外へ出ることを、怖がる者も減るでしょう」
村の中だけにいた人が、少し外へ出られる。
それは、地図の線より大きいことかもしれなかった。
帰り道、トマは空の籠を持ち、ベンは少し軽くなった戻り石袋を肩にかけた。リタは何度も後ろを振り返り、小祠一の座り石を確認している。
白狐は、満足そうでもあり、少しだけ厳しい顔でもあった。
「白狐さん、何点ですか」
「八割八分です」
「昨日より上がった」
「座り石の位置がよかったです」
「減点は?」
「ベンが長めに座りたそうでした」
「そこなんだ」
「そこです」
ベンが後ろで小さく言った。
「いい石だったから」
「ベン、それは減点理由として強い」
「石係だから」
「石係、便利だね」
入口祠へ戻ると、村人たちが寄ってきた。
「休めたのか」
「座れた」
「水も置けた」
「祠の前に?」
「少し横。正面は空けた」
トマが説明すると、神官が補った。
「小祠一は、短く休める場所になりました。祠へ礼をし、長く居座らず、戻る道を乱さないこと。それを守れば、外へ出る者の助けになります」
村人たちの顔に、ほっとした色が広がった。
荷が届く。
途中で休める。
それだけで、村の外側は少し近くなる。
ミオは祠地図を広げた。
入口祠から小祠一までの線の横に、新しい印を足す。
小休止、可。
リタがそれを見て言った。
「小荷物可の下ですね」
「うん。小祠一にできることが増えた」
「次は?」
「次は、道の芽の先を少し見る。灯り石の気配があるかもしれない」
透明板に、細い表示が浮かんだ。
[祠道記録]
小休止地点:成立
小祠一:安定
水袋置き:登録済
次候補:灯り石確認
灯り石。
リタがその言葉を見て、目を輝かせた。
「光る石ですか」
「たぶん。まだ分からないけど」
「夜の道ですか」
「まずは夕方くらいかな」
白狐が静かに言った。
「灯りは、帰るために使うのがよいです」
「はい、白狐さん。進むための灯りじゃなくて、戻るための灯りからですね」
「その方が、道も人も落ち着きます」
ミオはうなずいた。
小祠一まで荷が届き、そこで少し休めるようになった。
村の外に、息を整える場所ができた。
祠道は、歩く道から、戻る力をくれる道へ少し変わった。
「続きが読みたい」と思ったら下の評価とブックマーク登録をどうぞ。




