第71話 小祠一まで、小さな荷が届いた
入口祠の前に、小さな包みが三つ置かれていた。
麦を少し。干した豆を少し。水袋をひとつ。あとは、布をたたんだもの。
どれも軽い。両手で抱えれば、子どもでも持てるくらいだ。
それでも、村の外へ持っていく荷だった。
リタは地図帳を胸に抱き、包みをじっと見ている。ベンは戻り石袋を肩から下げて、袋の口を何度も確認していた。神官は入口祠の前で静かに手を合わせ、村人たちは少し離れたところから見守っている。
ミオは透明板を祠地図にかざした。
[祠道表示]
経路:入口祠→小祠一
枝道一:低出力維持
戻り石:有効
運搬対象:小荷物・少量
表示は、薄い光で浮かんだ。
地の文で見るとやわらかい光なのに、並ぶ言葉は短い。祠道は、村の祈りを受けるものでもあり、古い仕組みでもある。ミオには、その両方が重なって見えていた。
「よし。今日は小祠一まで、この荷を届けるだけ」
「届けるだけ、ですか」
リタが聞き返した。
「うん。たくさん運ばない。まずは、小さい荷がちゃんと届くかを見る」
「麦と豆と水と布」
「そう。村の外に置いても大丈夫か。帰り道が分かるか。そこを確認する」
白狐は入口祠の横で、尾をゆっくり揺らしていた。
「ミオ」
「はい、白狐さん」
「重すぎる荷は、道に失礼です。今日の包みはよい大きさです」
「よかった。これ、けっこう悩んだんです。麦だけにすると食べ物感が強いし、水だけだとなんか緊張するし」
「布があると、荷らしく見えます」
「白狐さん判定、そこなんだ」
「荷らしさは大事です」
ミオは少し笑った。
緊張が、ふっとゆるむ。
ベンが戻り石袋を持ち上げた。
「戻り石、入ってる」
「数は?」
「一、二、三、四。あと、予備」
「予備まであるのえらい」
「予備があると、袋がいい感じになる」
「理由がちょっと変だけど、助かる」
神官が村人へ向いた。
「今日は、祠道へ小さな荷を届けます。村の手を、外へ少し伸ばす試しです。歩く者は、祠へ礼をして進みなさい」
村人たちはうなずいた。
荷を持つのは、若い村人のトマだった。力はあるが、今日の荷は軽い。軽いからこそ、足元と道を見る余裕がある。
ミオは透明板を下ろし、入口祠に手を合わせた。
「行ってきます」
入口祠の石が、ぽう、と淡く光った。
祠道へ入ると、空気が少し変わった。
村の音がうしろへ下がる。草の匂いが濃くなる。足元の白い石が、朝の光を受けてぼんやり光っている。
リタが地図帳を開いた。
「最初は、目印一です」
「うん。目印一まで、ゆっくり」
トマは包みを抱え直し、一歩ずつ進んだ。
目印一。
低い白石。
右へ少し曲がる。
ベンが戻り石袋から小さな石を出し、確認するように白石の横へ当てた。
「戻る向き、合ってる」
「合ってるね」
次に、目印二。
少し草が深い。荷を抱えたトマの足が、葉に引っかかった。
「おっと」
体が傾く。
ミオは手を伸ばしかけたが、トマは自分で踏み直した。ベンがすぐに三角石を指差す。
「そっちじゃなくて、三角石の先」
「あ、こっちか」
「荷を持つと、足元が見にくいんだね」
リタがすぐに地図帳へ書き足した。
荷を持つ人は、草の深いところで足元が見えにくい。
「それ、あとで道具にできそう」
「道具、ですか」
「荷を持つ人用の、短い杖とか。草を分けるやつ」
「草分け棒」
「名前がそのまま」
「分かりやすいです」
「まあ、分かりやすいけど」
白狐が静かに歩きながら言った。
「ミオ、今は棒を作る日ではありません」
「はい。今日は荷を届ける日です」
「よいです」
少し進むと、小祠一の石屋根が見えた。
低い木立の奥に、小さな影がある。前に見つけた時より、今日は近く感じた。地図に残り、戻り石が置かれ、歩く順番ができたからだ。
トマが息を吐いた。
「ほんとに来られた」
「うん。ここまで来られた」
小祠一の前には、受け石がある。
大きな石ではない。膝くらいの高さで、表面が少し平らになっている。供物を置く石にも見えるし、手を休める石にも見える。
ミオは透明板をかざした。
[祠道表示]
小祠一:応答あり
受け石:使用可能
荷種:麦/豆/水/布
帰路:維持
トマがミオを見た。
「置いていい?」
「うん。ゆっくり」
麦の包み。
干した豆。
水袋。
布。
トマは順番に置いた。
最後の布を置いた時、小祠一がぽうっと光った。
強い光ではない。朝の湯気みたいに、白くやわらかい光だった。受け石の上の包みが、少しだけ明るくなる。
リタが息をのんだ。
「受け取りました」
「うん。受け取ってくれた」
ベンが戻り石袋を抱えたまま、小さく跳ねた。
「荷、届いた」
「届いたね」
「小祠一まで、荷が届いた」
「うん」
トマは自分の空いた両手を見た。
「帰り、軽いな」
「荷を置いたからね」
「でも、道は分かる」
「戻り石があるから」
「それ、いいな。行きと帰りで、気持ちが違う」
その言葉に、ミオは少しだけ胸があたたかくなった。
行きと帰りで、気持ちが違う。
荷を持って行き、置いて、軽くなって帰る。村の中と外の間に、小さな流れができる。
白狐が受け石の前に座った。
「よい届け方です」
「白狐さん、これなら続けられそうですか」
「小さい荷なら。祠に礼をして、置きすぎず、帰り道を乱さなければ」
「じゃあ、今日は成功ですね」
「はい。八割五分です」
「細かい」
「荷の置き方で少し迷いがありました」
「そこ減点なんだ……」
リタがくすっと笑った。
ミオも笑いそうになって、こらえきれなかった。
帰り道は、ほんとうに少し軽かった。
トマの腕は空いている。ベンは戻り石を見ながら歩く。リタは何度も地図と実際の石を見比べた。白狐は小祠一を一度だけ振り返り、それから前を向いた。
目印三。
三角石。
目印二。
目印一。
順番に戻る。
入口祠が見えた時、村人たちがざわっと動いた。
「戻ってきた」
「荷は?」
「置いてきた」
「小祠一に?」
トマが空いた両手を見せた。
「置いてきた。帰りも分かった」
その一言で、入口祠の前が少し明るくなった。
村の荷が、村の外へ届いた。
ミオは祠地図を広げ、リタの地図帳と見比べた。
入口祠から小祠一までの線の横に、小さな印を足す。
小荷物、可。
リタが首をかしげた。
「可、ですか」
「うん。小さい荷なら行ける、って意味」
「小荷物可」
「そう」
「ちょっと札みたいですね」
「札にしてもいいかも」
「小荷物札?」
「そのまますぎる」
「でも、分かりやすいです」
ミオは笑った。
透明板に、最後の表示が出た。
[祠道記録]
小荷物運搬:成立
小祠一:受領記録あり
帰路:安定
次候補:小休止地点
次候補。
ミオはその文字を見て、入口祠の先を見た。
小祠一まで、荷が届いた。
次は、あそこで少し休めるかもしれない。
祠道は、見る道から、運ぶ道へ変わり始めていた。
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