第68話 見つけかけた点を、道にしないまま確かめた
小祠一の先に描かれた点は、まだ線ではなかった。
リタの祠地図では、小祠一の少し外側に、小さな丸が一つだけ置かれている。そこから先には何も伸びていない。線を引けば、行ける気になってしまう。けれど、まだ道として確かめたわけではない。
だから、リタはその横に小さく書いていた。
見つけかけた点。
まだ線にしない。
ミオはその文字を見て、うなずいた。
「この書き方、いいね」
「子どもたちが言っていたので」
「見つけかけた、ってちょうどいい。見つけてないわけじゃないけど、見つけきってもいない」
「薄く書きました」
「うん。薄いのもいい」
白狐は入口祠の前で、祠地図を見ていた。
「線にしない、という判断はよいです」
「白狐さん、今日は安心?」
「まだ半分です」
「半分か」
「小祠一の先へ行くので」
「見に行くだけ」
「はい。見に行くだけ、を守るなら半分より少し上です」
少し上。
白狐なりの許可らしい。
ミオは透明板を祠地図にかざした。表示は前よりやわらかくしてある。前のような硬い英字ばかりの表示ではなく、祠道の言葉に寄せた表示だ。
[祠道表示]
小祠一:眠ったまま
見つけかけた点:地図に残っている
その先:まだ読まない
線:まだ引かない
「その先、まだ読まない。線もまだ引かない」
「今日は、何をするのですか」
「見つけかけた点まで行って、そこが本当に道石なのかだけ確かめる。もし先が見えても、今日は線にしない」
「よいです」
「白狐さんの判定が通った」
「ぎりぎりです」
ベンは三角石袋を持っていた。今日は袋が三つある。
三角石袋。
白い小石袋。
待機袋。
待機袋は、ミオが止めたのにベンが作った。使うか分からない石を入れておく袋らしい。
「待機は袋じゃなくて状態って、白狐さんが言ってたよね」
「でも、袋があると分かりやすい」
「まあ、分かりやすいけど」
「待機してる石の袋」
「意味は通る」
「では、許可です」
「白狐さんも許可出した」
リタが小さく笑った。
神官は入口祠へ麦と水を置いた。今日は供物も少ない。小祠を起こすためではなく、道を見るための挨拶だ。
「本日は、小祠一の先を確かめます。見えたものを、急いで道とは呼びません。行ったところを行ったところとして記し、分からぬところは分からぬまま残します」
神官の言葉に、村人たちが静かに頭を下げた。
ミオは少し驚いた。
「神官さん、今のすごくよかったです」
「そうですか」
「はい。分からぬところは分からぬまま、って大事」
「祠は、分かったふりを嫌う気がします」
「それ、すごく分かる」
白狐も小さくうなずいた。
白石道を進む。
入口祠から環祠までは、もう村人にも見える道になりつつある。石は古いし、草もある。けれど、通るたびに、少しずつ道の顔が戻っている。
環祠の前では、ミオは暗い穴を見なかった。
今日は、かなり見なかった。
白狐が何も言わないので、たぶん合格だった。
そこから枝道一へ入る。
目印一。目印二。三角石。目印三。リタの地図と現地が合う。外れやすい草のところも、前より歩きやすい。全部きれいに刈ったわけではないが、足を取られない。
村人の一人が言った。
「これなら、荷物を少し持っても歩けそうです」
「まだ重い荷物はやめましょう」
「はい。小さな供物くらいからですね」
「それくらいなら」
道が使えるものとして見えはじめている。
ミオはそれがうれしかった。
小祠一に着くと、まず全員で頭を下げた。小祠一はまだ眠っている。けれど、受け石の上の古い小石と新しい小石は、前よりなじんで見えた。
ミオは透明板をかざす。
[祠道表示]
小祠一:眠ったまま
枝道一:案内できる
見つけかけた点:左奥
今日の作業:点の確認だけ
「左奥。点の確認だけ」
「線は?」
「引かない」
「三角石は?」
「まだ置かない」
「待機袋は?」
「待機」
「ちゃんと待機してる」
ベンは待機袋を大事そうに抱えた。
ミオは小祠一の左奥へ向かった。草が少し深い。木立の陰が落ちていて、足元が見えにくい。白狐が先に進み、鼻を少し動かす。
「このあたりです」
「祈りのにおい?」
「今日は、道のにおいが強いです」
「道にもにおいがあるんだ」
「たぶん」
白狐の「たぶん」は、ミオの「たぶん」より信頼されている気がする。少し納得いかない。
草を分けると、前に見えた細い白石があった。
それは道石だった。
自然に転がった石ではない。下半分が土に埋もれているが、向きが小祠一と合っている。しかも、その先に同じような細い石がもう一つ、草の奥に見えた。
ベンが声を上げそうになり、口を押さえた。
「二つ目、ある」
「まだ静かに」
「うん」
ミオは透明板を近づけた。
[祠道表示]
見つけかけた点:道石
その先:白石が続く
線:まだ引かない
「道石で合ってる。その先に白石が続く。でも、線はまだ引かない」
「続いているなら、道ではないのですか」
「道かもしれない。でも、今日は確かめた数が少ない」
「二つでは足りませんか」
「足りない。せめて三つ見る。だけど、三つ見えても、線にするのは村に戻ってから」
リタが地図帳を開いた。
「では、点を増やしますか」
「点だけ。小祠一の先に、一つ、二つ。三つ目が見えたら三つ目まで」
「線は薄くも引かない?」
「引かない」
「はい」
リタは小さな点を一つ増やした。
ぽう。
最初の道石が光った。
次に、草の奥の二つ目の白石が、ほんの少し遅れて光った。
「二つ目も返事した」
「地図の点を受け取ったんだ」
ミオは胸の奥が少し熱くなった。
道になりかけている。
でも、まだ道と呼ばない。
その我慢が、今日は大事だ。
白狐がミオを見上げた。
「今、走らなかったのはよいです」
「走りそうに見えた?」
「はい」
「見抜かれてる」
「見ていますので」
ベンが小さく笑った。
「ミオ様、走りそうだった」
「ベンも?」
「ちょっと」
「そんなに分かりやすいかな」
「少し」
ミオは少しだけ頬をかいた。
もう一つ先の白石を探す。
草が深い。木の根が出ている。土は少し湿っていた。ここから先は、枝道一より歩きにくい。子どもだけなら絶対に迷う。大人でも、印なしでは危ない。
神官が足元を見て言った。
「ここは、まだ道として迎えるには早いですね」
「うん。今日は点だけで正解です」
白狐が木の根の横で止まった。
「ここに、少しあります」
草の下に、三つ目の白石があった。
細い。半分割れている。けれど、小祠一から見た向きはそろっている。道石として置かれたものだ。
リタが息をのむ。
「三つ目です」
「点だけ描いて」
「はい」
リタが地図に三つ目の点を置いた。
ぽう。
三つ目の白石が光った。
その瞬間、小祠一の方からも、かすかな返事があった。
ぽう。
小祠一、最初の道石、二つ目、三つ目。
光は線にはならない。点が順番に鳴っただけだ。
でも、その順番は、確かに外へ向かっていた。
[祠道表示]
小祠一の先:点三つ
道石:確認
線:まだ引かない
次回:目印石を考える
「点三つ。道石、確認。線はまだ引かない」
「次は目印石ですか」
「たぶん。でも今日は置かない」
「待機袋は?」
「待機続行」
「待機、長い」
ベンは少しだけ残念そうだった。
ミオは笑った。
「待つのも仕事」
「石も?」
「石も」
「じゃあ、待機袋は仕事してる」
「してる」
白狐が静かに言った。
「待てる道は、崩れにくいです」
「白狐さん、それは地図に書きたい」
「書きます」
リタが地図帳の端に小さく書いた。
待てる道は、崩れにくい。
ミオはその字を見て、満足した。
帰る前に、ミオはもう一度だけ透明板を見た。
[祠道表示]
小祠一:眠ったまま
小祠一の先:点三つ
道:まだ名前をつけない
地図:村で受け取り確認
「道、まだ名前をつけない」
「名前をつけないのですか」
「うん。枝道二って呼ぶのは、村で地図が受け取られてから」
「分かりました」
「ベン、袋に枝道二って書かない」
「まだ書いてない」
「今、書きそうだった」
「ちょっとだけ」
ベンは三角石袋から手を離した。
ミオは笑って、小祠一へ戻った。
帰り道、小祠一の先で見つけた点三つは、地図に残っているだけだった。現地には目印石を置いていない。だから、次に来る時はまた慎重に探す必要がある。
でも、何もないのとは違う。
点三つ。
それだけで、次の作業が見える。
村へ戻ると、入口祠の前で地図を広げた。
子どもたちが寄ってくる。
「小祠二、見つかった?」
「まだ」
「えー」
「でも、点が三つ見つかった」
「点?」
「道になりそうな石」
「道じゃないの?」
「まだ道って呼ばない」
子どもたちは不思議そうな顔をした。
リタが地図帳を見せる。
「ここです。小祠一の先に、点が三つ。でも、まだ線ではありません」
「なんで線じゃないの?」
「まだ迷うからです」
「あー」
子どもたちは、少し納得した顔になった。
迷うなら、線ではない。
それは分かりやすい。
神官が入口祠の前で手を合わせた。
「本日、小祠一の先に道石三つを見ました。まだ道とは呼ばず、点として記します。急がず、忘れず、次に確かめます」
リタが地図帳に点を三つ書き込む。
入口祠が、ぽうっと光った。
地図の小祠一の先にある三つの点が、透明板越しに淡く反応する。
[祠道表示]
小祠一の先:点三つを受け取り
線:まだなし
次の作業:目印石を考える
「受け取った」
「線じゃないのに?」
「うん。点として受け取った」
ミオはほっとした。
線にしなかったことを、祠が拒んだわけではない。むしろ、そのまま受け取った。
分からないものを分からないまま置く。
それも、祠地図の進み方なのだ。
白狐が静かに言った。
「今日は、進まないことで進みました」
「白狐さん、それちょっと難しい」
「ですが、本当です」
「うん。本当だと思う」
ベンが待機袋を持ち上げた。
「次は、石置ける?」
「たぶん」
「待機終わる?」
「一部」
「一部か」
「一気に全部置かない」
「分かった」
リタは地図の横に、小さく書いた。
点三つ。
まだ線にしない。
次は目印石。
ミオはその地図を見た。
入口祠。
環祠。
星見台。
小祠一。
小祠一の先の点三つ。
輪はまだ閉じていない。
けれど、外へ向かう順番が、少しだけ見えた。
大きな光ではない。
でも、次にどこを見ればいいか分かる。
それだけで、村の外側はまた少し広がった。
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