第69話 点三つに、戻れる印を置いた
小祠一の先にある点三つは、祠地図の上でとても小さく描かれていた。
線ではない。道でもない。リタはその横に、細い字で書いている。
点三つ。
まだ線にしない。
次は目印石。
ミオはその文字を見て、透明板をかざした。
[祠道表示]
小祠一の先:点三つ
線:まだなし
今日の作業:戻れる印を置く
道の名前:まだつけない
「戻れる印を置く。道の名前は、まだつけない」
「枝道二ではないのですね」
「うん。まだ枝道二じゃない。名前をつけると、行ける気になるから」
「よいです」
「白狐さん、そこ即答なんだ」
「名前は強いです。早くつけると、早く歩きたくなります」
「それは分かる」
白狐は入口祠の横に座り、祠地図を見ていた。尾の先は落ち着いている。暗い穴の話をしない時の白狐は、少しだけやわらかい。
ベンは袋を三つ持っていた。
三角石袋。
白い小石袋。
待機袋。
さらに、小さな布袋が一つ増えている。
「ベン、それは?」
「戻り石袋」
「増えた」
「戻れる印を置くから」
「名前は合ってる」
「やった」
リタが地図帳から顔を上げた。
「戻り石は、三角石と違うんですか」
「三角石は向きを出す石。戻り石は、戻る場所を忘れない石」
「石の役目が増えていますね」
「増えてるね」
ミオは少し笑った。
最初はただの小石だった。今は、印の石、三角石、戻り石に分かれつつある。分類として正しいかは分からない。でも、村の作業としては分かりやすい。
白狐が真面目な声で言った。
「役目を分けるのは、よいことです」
「白狐さん的にも?」
「はい。供物と印と道しるべを混ぜると、祠が困ります」
「祠も困るんだ」
「たぶん」
「白狐さんのたぶんは強い」
神官は入口祠へ麦と水を置いた。
「本日は、小祠一の先に見えた点三つへ、戻れる印を置きます。道とはまだ呼ばず、行ったところを戻れる形に整えます」
村人たちは静かに頭を下げた。
子どもたちは入口祠の前までだ。前より少し外に行けるようになったせいで、みんなついて来たがる。でも、点三つの先はまだ足元が悪い。神官が止めると、子どもたちは口を尖らせながらも、地図の前に残った。
「戻ってきたら、点増える?」
「今日は点じゃなくて印」
「印?」
「戻るための石」
「見たい」
「地図で見せる」
リタがそう言うと、子どもたちは少し納得した。
白石道を進む。
入口祠から環祠までは、もう何度も通った道になってきた。草は残っている。石も欠けている。けれど、ただの草むらではない。どこを踏めばいいか、足が覚えはじめている。
環祠の前で、ミオは透明板を小さく下げた。
暗い穴は見ない。
今日は、本当に見ない。
白狐がちらりとミオを見た。
「よいです」
「今日は見てない」
「はい。見ていません」
「監督合格?」
「半分より少し上です」
「まだそこなんだ」
ミオは笑って、枝道一へ入った。
目印一。
目印二。三角石。
目印三。
小祠一。
枝道一は、もう「たどる」ではなく「歩く」に近づいている。足元の危ないところは分かる。外れやすい草も分かる。小祠一の前に着くまで、リタが地図を開く回数も減っていた。
「地図、見なくても分かるようになってきました」
「いいね」
「でも、見ます」
「それもいい」
小祠一の前で、全員が頭を下げた。
小祠一は眠っている。けれど、受け石の古い小石と新しい小石は、前よりさらに落ち着いて見えた。
ミオは透明板をかざす。
[祠道表示]
小祠一:眠ったまま
その先:点三つ
今日の注意:線にしない
戻り石:置くなら小さく
「戻り石、置くなら小さく」
「大きいとだめですか」
「たぶん、道って主張しすぎるんだと思う」
「道って主張」
「線にしてないのに、大きな石を置いたら、もう道みたいに見えるから」
「なるほど」
ベンは戻り石袋を開けた。
中には、小さくて平たい石がいくつか入っている。三角ではない。丸すぎもしない。踏んでも転がりにくそうな石だ。
「これ、畑の端で拾った」
「いいね。戻る場所に置くなら、平たい方がいい」
「転がらない」
「大事」
小祠一の左奥へ進む。
前に見つけた最初の道石は、草の間に残っていた。リタの地図にも、小さな点として描かれている。ミオは透明板をかざした。
[祠道表示]
点一:道石
戻り石:横ならよい
線:まだ引かない
「点一、戻り石は横ならよい」
「置く?」
「置こう。ただし、道石に乗せない。横」
ベンが小さな平たい石を置いた。リタが地図に、点の横へ小さな四角を描く。神官が短く祈る。
ぽう。
道石が淡く光った。
その横の戻り石も、ほんの少しだけ明るくなる。
「戻り石も光った」
「受け取られたね」
「これで戻れる?」
「ここまでは、前より戻りやすい」
透明板に表示が出る。
[祠道表示]
点一:受け取り済み
戻り石:小さく記録
線:まだなし
「線はまだなし」
「分かっています」
「ベン、今のは私に言った?」
「うん」
ミオは少しだけ笑った。
二つ目の点へ進む。
草が濃くなる。足元に木の根が出ている。ここは枝道一より明らかに歩きにくい。大人でも足を取られそうになる。
白狐が先に止まった。
「ここは、戻り石だけでは足りないかもしれません」
「どうする?」
「石より、草を少し分ける方がよいです」
「刈りすぎない程度に?」
「はい」
村人が短い刃物で草を少しだけ分けた。根元から全部は刈らない。足の通り道だけを作る。草の残り方が自然なので、祠道の古さは消えない。
ミオは透明板を見る。
[祠道表示]
点二:道石
足元:根が多い
草:少し分ける
戻り石:二つまで
「戻り石、二つまで」
「二つ?」
「足元が悪いからかな。ひとつは行き、ひとつは戻り」
「行き戻り石」
「ベン、名前つけるの早い」
「だめ?」
「悪くないけど、今日は戻り石でまとめよう」
ベンは少し残念そうにしながら、平たい石を二つ選んだ。
ひとつは道石の横。
もうひとつは、木の根を避ける位置。
リタが地図に二つの小さな四角を描く。
ぽう。
二つ目の道石が光った。
少し遅れて、戻り石二つが、ぽ、ぽ、と小さく光る。
足元の木の根の影が、少しだけ分かりやすくなった。白く光ったわけではない。けれど、どこを踏めばよいか、目が迷わない。
「ここ、前より歩ける」
「うん。戻る時、だいぶ違うと思う」
「戻り石、仕事してる」
「してるね」
白狐が静かに言った。
「石が仕事をするのは、よいことです」
「白狐さん、石にも優しい」
「石も役目を持ちます」
三つ目の点は、さらに少し奥だった。
半分割れた白石。前に見つけた時と同じように、草の下に細く見えている。ここから先は、まだ見ない。三つ目まで。今日はそこまでと決めている。
ミオは透明板をかざした。
[祠道表示]
点三:道石
その先:まだ読まない
戻り石:一つ
ここで止まること
「ここで止まること」
「祠道表示に止められていますね」
「うん。従う」
ミオは点三の先を見ないようにした。
見ない。
見ない。
ちょっと見えた。
木立の奥に、白いものがある気がした。でも、見えた気がしただけだ。今日は読まない。見つけかけた点三つを戻れるようにする回だ。
ミオは視線を戻した。
「戻り石、一つ置く」
「はい」
ベンが戻り石を置いた。リタが地図に小さな四角を描く。神官が手を合わせる。
ぽう。
三つ目の道石が光った。
次に、戻り石が光る。
それから、小祠一の方から、ぽう、と返事があった。
点三。
点二。
点一。
小祠一。
光が、戻る順番で鳴った。
線にはならない。けれど、帰る向きが分かった。
リタが息をのむ。
「戻っていきました」
「うん。戻る順番を覚えたんだ」
ミオは透明板を見た。
[祠道表示]
点三:受け取り済み
点二:受け取り済み
点一:受け取り済み
戻り石:記録
帰る向き:小祠一へ
「帰る向き、小祠一へ」
「これなら、迷いにくいですね」
「うん。まだ道じゃない。でも、戻れる点列にはなった」
白狐の耳が少し立った。
「戻れる点列」
「言い方、硬い?」
「少し硬いですが、悪くありません」
「じゃあ、村人には『戻り石の列』かな」
「それがよいです」
ベンがすぐに言った。
「戻り石の列」
「気に入った?」
「うん」
帰る前に、ミオは点三の先をもう一度見そうになった。
白狐が、すっと横に来た。
「ミオ」
「はい」
「見ない方がよいです」
「見ません」
今度は本当に見なかった。
そのまま小祠一へ戻る。
戻り石は、ちゃんと役に立った。行きでは少し迷った木の根の場所も、戻る時は分かりやすい。点二の横の石二つが目に入り、そこから点一へ戻る向きが見える。
リタは地図帳を開きながら、何度もうなずいていた。
「戻る方が、分かりやすくなりました」
「それが今日の目的」
「進むために、戻る印を置くんですね」
「そう。それ、かなり大事」
白狐が小さく言った。
「戻れない道は、祠道ではありません」
「白狐さん、それも書いていい?」
「はい」
リタが地図帳の端に書いた。
戻れない道は、祠道ではない。
ミオはその言葉を見て、少し背筋が伸びた。
村へ戻ると、入口祠の前で待っていた子どもたちが地図をのぞき込んだ。
「線になった?」
「まだ」
「えー」
「でも、戻り石を置いた」
「戻り石?」
「戻る時に迷わない石」
ベンが袋を掲げた。
「戻り石袋」
「また袋?」
「大事な袋」
「石ばっかり」
「石は大事」
子どもたちが笑った。
リタは祠地図に、点三つの横へ小さな四角を描き足した。線は引かない。点と、戻り石だけ。
神官が入口祠へ手を合わせる。
「本日、小祠一の先に戻り石を置きました。まだ道とは呼ばず、戻れる印として記します。進むために、戻る場所を忘れません」
入口祠が光った。
ぽう。
地図の小祠一から先の点三つが、淡く順番に光る。
点一。
点二。
点三。
そして、逆に戻る。
点三。
点二。
点一。
小祠一。
子どもたちが声を上げた。
「戻った!」
「光が戻った」
「戻り石だ」
ミオは透明板を見る。
[祠道表示]
小祠一の先:点三つ
戻り石:受け取り済み
線:まだ引かない
次の作業:進む前に戻る道を確認
「線はまだ引かない。次は、進む前に戻る道を確認」
「慎重ですね」
「うん。でも、進んでる」
白狐が静かにうなずいた。
「とてもよい進み方です」
ミオは祠地図を見た。
入口祠。
環祠。
星見台。
小祠一。
小祠一の先の点三つ。
その横に、小さな戻り石の印。
道はまだ伸びていない。
けれど、戻れる印が置かれた。
次に進むための足場が、そこにできた。
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