第67話 小祠一の先に、次の枝道が見えた
枝道一は、村の地図にちゃんと残っていた。
入口祠から環祠へ。環祠から小祠一へ。そこへ伸びる線の横には、三つの目印が描かれている。目印一。目印二。目印三。二つ目の横には、リタの字で「三角石、小祠向き」と書いてあった。
さらに端には、小さく「外れやすい草」とある。
ミオはその文字を見るたび、少し笑いそうになる。
きれいな祠地図ではない。けれど、使える地図だ。
朝、入口祠の前で地図を見ていた村人が言った。
「この道なら、俺たちでも小祠まで行けそうですね」
「大人が二人以上で。まだ子どもだけでは行かないでください」
「はい。神官様にも言われています」
「あと、石を動かさないで」
「分かりました。印の石ですね」
印の石。
村人の口からその言葉が自然に出た。
ミオは、それだけで少しうれしくなった。
ただの石ではない。星石でもない。祠を起こす石でもない。道を忘れないための印の石。そういう役目が、村の中で少しずつ分かれてきている。
白狐は入口祠のそばで、祠地図を見上げていた。
「小祠一までの枝道は、昨日より落ち着いています」
「見ただけで分かる?」
「半分くらいです」
「残り半分は?」
「雰囲気です」
「白狐さんの雰囲気、けっこう当たるから困る」
白狐はまじめな顔で尾を揺らした。
「困らないでください。役に立ててください」
「うん。今日は役に立てる」
ミオは透明板をかざした。
枝道一の表示は、昨日より安定している。
[祠道表示]
枝道一:案内できる
小祠一:眠ったまま登録済み
目印石:三つ
次の道:まだ見えない
小祠一はまだ眠っている。でも、案内はできる。村人が歩いて、手を合わせ、地図を見て戻れるくらいにはなった。
では、次はどうするか。
起こしきるのではない。
小祠一の先を見る。
「今日は小祠一まで行って、その先の枝道があるか確認する」
「小祠一を開けるのではないのですね」
「開けない。小祠一の前から、次の点が見えるか見るだけ」
「よいです」
「白狐さん、判定が早い」
「よいものは、早くよいと言います」
リタは地図帳を抱え、ベンは三角石袋を持っていた。袋には、昨日集めた小さな三角石が入っている。袋の口には、リタの字で「三角石袋」と書いてあった。
少し曲がっている。
でも、読める。
「ベン、その袋いいね」
「うん。混ざらない」
「星石とは絶対に混ぜないでね」
「混ぜない。三角は三角」
「丸い星石があったら?」
「神官様に渡す」
「よし」
神官は静かにうなずいた。
「今日も、祠を起こすためではなく、道を確かめるために参りましょう」
「はい」
入口祠に麦と水を少し置き、一行は白石道へ出た。
枝道一は、前より歩きやすかった。
環祠から少し外れたところに、目印一。次に、外れやすい草の横に目印二。三角石は、ちゃんと小祠一の方を向いている。そこから少し先に、目印三。
草はまだ深い。土もやわらかい。けれど、行き先が分かる。
リタが地図帳を開き、目印をひとつずつ確認していく。
「目印一、合っています」
「目印二、三角石、小祠向き」
「目印三、小祠前」
ベンが得意げにうなずく。
「三角、役に立ってる」
「かなり役に立ってる」
「もっと集める」
「集めすぎると袋が重いよ」
「重いのは覚える」
「ベンはそれ好きだね」
「重いと忘れない」
ミオは笑った。
小祠一は、同じ場所に静かにあった。
膝の高さほどの小さな祠。苔のついた屋根。土で汚れた石扉。受け石の上には、古い小石と新しい小石が並んでいる。
白狐が頭を下げる。
神官も手を合わせる。
ミオは透明板を小祠一へかざした。
[祠道表示]
小祠一:眠ったまま
枝道一:ここまで案内済み
その先:まだ閉じている
「その先、まだ閉じてる」
「進めないのですか」
「たぶん、小祠一の前で何か確認がいる。でも、起動じゃないはず」
ミオは小祠に触らないまま、周囲を見る。
小祠の後ろには、低い木立が続いている。右手には少し開けた草地。左手には、白い石が一つだけ半分埋もれている。前は気づかなかった。
透明板の表示は、左手の石に薄く反応している。
「白狐さん、あの石、どう見える?」
「少し、道のにおいがします」
「また半分くらい?」
「今日は、六割くらいです」
「増えた」
ベンが小さな声で言った。
「六割って、どれくらい?」
「半分よりちょっと多い」
「じゃあ、見に行ける?」
「見に行くだけなら」
ミオは小祠一の受け石には触れず、その左手の白石へ近づいた。
草を分けると、白石はただの石ではなかった。細長く、端が少し削られている。道石に似ている。でも、枝道一の石より細い。
透明板を近づける。
[祠道表示]
小祠一の先:細い気配あり
地図:点だけなら受け取れる
次の道:まだ線にしない
「小祠一の先、細い気配あり」
「二つ目の枝道ですか」
「たぶん。小祠一から、さらに外へ伸びる道」
リタが地図帳を開く手に力を込めた。
「描いていいですか」
「まだ点だけ。線は引かない」
「点だけ」
「うん。小祠一の先に、道石候補」
リタは小祠一の先に、ごく小さな点を打った。
その瞬間、白石がぽうっと光った。
ほんの一瞬。
でも、全員が見た。
「返事した」
「早いですね」
「地図に点を入れたからかも」
透明板に表示が追加される。
[祠道表示]
見つけかけた点:受け取り済み
線:まだ引かない
「見つけかけた点、受け取り済み。線はまだ引かない」
「小祠一の先が、見えたということですか」
「うん。まだ道じゃないけど、次の点がある」
ミオは胸の奥がじんわり熱くなるのを感じた。
大きな起動ではない。
祠が開いたわけでもない。小祠二を見つけたわけでもない。
でも、小祠一で終わりではないと分かった。
その先に、次の枝道がある。
白狐は小祠一の後ろの木立を見ていた。
「輪は、外へ外へ伸びていますね」
「うん。中心に集まるんじゃなくて、外側をつないでる」
「環祠の名に合っています」
「点を輪にする祠、だね」
神官が静かに言った。
「ならば、小祠一は輪の端ではなく、次の祠へつなぐ受け口なのでしょう」
「受け口……いい言い方」
「村人には、その方が分かりやすいでしょう」
ミオは透明板の表示を見る。
[祠道表示]
小祠一:眠ったまま
その先:細い気配あり
条件:まだ足りない
地図:点だけ残す
「条件は、まだ足りない。でも、点だけは残せる」
「どうすれば足りるのですか」
「まだ分からない。小祠一の起動か、枝道一の安定化か、環祠側の確認か……たぶん、何か条件がある」
「分からないなら、薄く描きます」
「リタ、それ完璧」
リタは小さくうなずき、地図帳に点だけを残した。
ベンは三角石袋を開けた。
「置く?」
「今日は置かない。まだ道石候補だから」
「点だけ?」
「点だけ」
「三角石は?」
「袋で待機」
「待機か」
ベンは少し残念そうだったが、袋を閉じた。
「じゃあ、待機袋」
「また袋が増える」
「待機は袋じゃなくて状態です」
「白狐さん、そこ細かい」
「大事です」
ミオは笑いながら、小祠一の前に戻った。
神官が、小祠一へ麦をほんの少しだけ置いた。前と同じ、起こすためではなく礼としての麦。白狐も頭を下げる。
ミオは透明板をかざした。
小祠一の表示が、ゆっくり変わる。
[祠道表示]
小祠一:眠ったまま
見つけかけた点:覚えている
次の道:まだ閉じている
「小祠一が、見つけかけた点を覚えてくれた」
「それは、よいのですか」
「かなりいい。今日見つけた点が消えにくくなる」
白狐が小祠一を見て、静かに言った。
「眠ったまま、次を覚えたのですね」
「うん。寝ながらまた仕事してる」
「祠は忙しいですね」
「白狐さん、またかわいい言い方した」
「かわいい話ではありません」
「分かってる」
でも、少しだけ笑ってしまった。
帰り道、枝道一の目印は変わらずそこにあった。三角石は小祠一の方を向き、外れやすい草も少し刈られたまま。行きより帰りが歩きやすい。前と同じで、それがうれしい。
環祠へ戻ると、ミオは暗い穴を見ないようにした。
今日は、ちゃんと見なかった。
白狐がそれに気づいたのか、少しだけ尾を揺らした。
「よいです」
「何も言ってないのに」
「見なかったので」
「白狐さん、監督が細かい」
「必要です」
入口祠へ戻ると、子どもたちが地図を見に集まってきた。
リタは地図帳を作業台に広げ、小祠一の先に小さな点を描き足した。線ではない。点だけ。
「これは?」
「次の道石候補」
「小祠二?」
「まだ違う」
「じゃあ、なに?」
「小祠一の先に、何かあるかもしれない印」
子どもたちは顔を寄せた。
「まだ行けないの?」
「まだ」
「でも、見つけた?」
「見つけかけた」
「見つけかけた!」
その言葉が面白かったのか、子どもたちが小さく笑った。
入口祠が、ぽうっと光った。
地図の小祠一の先に描いた点が、透明板越しに淡く反応する。
[祠道表示]
小祠一の先:点を追加
線:まだ引かない
次の道:見つけかけ
「二つ目の枝道候補、地図に追加」
「線じゃないのに?」
「うん。点だけでも、追加された」
ミオは地図を見た。
入口祠。
環祠。
星見台。
小祠一。
そして、小祠一の先の小さな点。
まだ線にはなっていない。
でも、外側へ向かう気配が一つ増えた。
白狐が静かに言った。
「輪は、まだ閉じません」
「うん」
「でも、端が伸びました」
「それ、かなりいい」
リタは地図帳に、小さく書いた。
小祠一の先。
見つけかけた点。
まだ線にしない。
ミオはその文字を見て、笑った。
「見つけかけた点、いいね」
「子どもたちが言っていたので」
「採用で」
ベンが三角石袋を持ち上げる。
「次は、この点まで行く?」
「たぶん」
「三角石、いる?」
「いるかも」
「よし」
白狐が小さく息を吐く。
「たぶんと、いるかもが増えています」
「仮だからね」
「仮線は薄く」
「本置きは急がない」
リタが続けた。
ミオはうなずいた。
今日は小祠二を見つけたわけではない。新しい祠を起こしたわけでもない。
それでも、小祠一で終わりではないと分かった。
次の点がある。
環祠の輪は、また少しだけ外へ伸びた。
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