第66話 枝道に、迷わない印を置いた
小祠一が祠地図に入ったあと、村の子どもたちは入口祠の前に集まるようになった。
遊び場になったわけではない。神官が「祠の前で走らないこと」と言っているので、みんなそこは守っている。けれど、作業台に置かれた祠地図を見て、入口祠から外へ伸びる線をじっと眺めていた。
入口祠。
環祠。
星見台。
小祠一。
まだ輪とは呼べない。線も薄い。けれど、村の外側に、見に行ける場所が増えた。
それが、子どもにも分かる。
「小祠一って、どこ?」
「草の奥」
「行ける?」
「勝手に行っちゃだめ」
「なんで」
「迷うから」
ミオはその会話を聞きながら、祠地図に透明板をかざしていた。
小祠一は登録された。けれど、枝道はまだ弱い。現地には白石がいくつか残っていたが、草に埋もれている場所も多い。前はミオたちが透明板と白狐の感覚を頼りに行けた。でも、村人だけで行くには、まだ不安がある。
[祠道表示]
枝道一:まだ細い
小祠一:眠ったまま登録済み
迷いやすい草:三つ
目印石:まだ置かれていない
「目印石、まだ置かれていない」
「今日は石を置くのですか」
「うん。道に迷わないように、印を置く。祠を起こすんじゃなくて、道を歩きやすくする」
「とてもよいです」
「白狐さん、今日は褒めるの早いね」
「開けない、起こしきらない、道を整える。この三つは安心できます」
「分かりやすい」
白狐は入口祠の横に座っていた。今日は暗い穴の話をしない。ミオもしない。小祠一の道を整えるだけ。それで十分だ。
リタは地図帳を持ち、ベンは石袋を二つ持っていた。
一つは、白い小石。
もう一つは、平たい目印石。
星石は入っていない。
「ベン、袋、分けたんだ」
「うん。白い小石と、平たい石」
「星石は?」
「神官様のところ」
「よし」
「混ぜたら危ないから」
「それはほんとにそう」
神官が少し離れた場所でうなずいた。
「星石は祠の深いところに触れるものです。今日の作業には不要でしょう」
「今日は印だけですね」
「はい。祠道の手入れです」
祠道の手入れ。
その言い方は、村人にもすぐ伝わった。道を直すのなら、自分たちにも分かる。祠を起こすと言われると難しいが、道に印を置くなら手伝える。
村人の一人が、平たい石を入れたかごを持ってきた。
「これ、畑の端から出た石です。白っぽいのだけ選びました」
「ありがとうございます。今日は祠には入れず、道の横へ置きます」
「置く場所は、ミオ様が決めるんですか」
「私と、リタと、ベンと、白狐さんと、神官で確認します。あと、実際に歩いて危なそうなところ」
村人は少しほっとした顔をした。
「ただの道仕事みたいですね」
「半分は、そうです」
「半分は?」
「祠が見てます」
「それは……背筋が伸びますね」
白狐が静かに言った。
「よい背筋です」
村人は慌てて姿勢を直した。
ミオは笑いそうになりながら、透明板を閉じかけた。けれど、表示の端に小さな文字が浮いた。
[祠道表示]
輪の道:実際に歩いて確かめること
枝道一:足の記録が足りない
「輪の道、実際に歩いて確かめること」
「どういう意味ですか」
「枝道を、実際に歩いて確認しろってことだと思う」
「歩くことも、処理なのですね」
「うん。この祠系、けっこう人力」
白狐は少しだけ目を細めた。
「人の足で戻る道もあります」
「白狐さん、それはいい言い方」
「地図に書きますか」
「今のは書いていい」
リタが地図帳の端に小さく書いた。
人の足で戻る道。
ミオはそれを見て、うなずいた。
白石道を進む一行は、前より少し大人数になった。
ミオ、白狐、神官、リタ、ベン。それに、平たい石を運ぶ村人が二人。子どもたちもついて来たがったが、今日は入口祠までで止めた。枝道が安定してから、と神官が言うと、みんな少し不満そうにしながらもうなずいた。
入口祠から環祠までは、もう迷わない。
道石の位置が前より分かる。リタが地図に描き、神官が祈り、村人が見たことで、道としての存在感が戻っているようだった。
環祠に着くと、ミオはまず暗い穴を見ないようにした。
見ない。
見ない。
少しだけ見た。
暗い穴は、やっぱり黒く沈んでいた。
「ミオ」
「見ただけ」
「見ない方がよいです」
「はい」
白狐の方が先にミオを止めた。呼びかけられる側なので、それは自然だった。ミオは透明板を枝道の方へ向け直した。
環祠から小祠一へ伸びる枝道は、まだ弱い。
前に見つけた道石の位置を、リタが地図と照らし合わせる。ベンは平たい石を置く候補を探している。
「ここ、置く?」
「そこは道の真ん中だから、踏むかも」
「じゃあ横」
「横。でも、草に隠れないところ」
「難しい」
「道の印は難しいよ」
ミオは透明板で地面を見る。
白石の横。
草の浅いところ。
人の足が外れにくいところ。
表示は、やわらかい線で場所を示す。けれど、ミオはそれだけでは決めない。実際に歩く人の足元も見る。
最初の印は、環祠から少し離れた白石の横に置いた。
村人が平たい石を置く。ベンが白い小石をその横に添える。リタが地図に小さな四角を描く。神官が短く祈る。
ぽう。
白石が小さく光った。
「光った」
「印、合ってる」
「祠道が受け取ったみたい」
透明板にも表示が出た。
[祠道表示]
目印一:受け取り済み
「目印一、受け取り済み」
「一つ目ですね」
「うん。次」
次の場所は、草が深くて分かりにくかった。
前に、ベンが虫を追いかけて外れそうになった場所だ。リタの地図には「外れやすい草」と書いてある。
「ここ、ほんとに外れやすい」
「虫印の場所」
「虫印ではありません」
「でも、虫のおかげで分かった」
「少しだけね」
村人が草を少し刈る。刈りすぎない。神官が「祠道の草は、全部取らなくてよい」と言ったからだ。道が見える程度に、足を取られない程度にする。
ミオはそれがいいと思った。
全部きれいにすると、ここが古い祠道だったことまで消えそうだから。
平たい石を置き、白い小石を添える。
リタが地図に二つ目の四角を描く。
ぽう。
今度は、少し遅れて光った。
「遅い」
「でも光った」
「ここ、弱いのかも」
透明板に表示が出る。
[祠道表示]
目印二:受け取り済み
足元:少し弱い
補助石:あるとよい
「目印二、受け取り済み。でも足元が少し弱い」
「どうしますか」
「もう一つ補助の石を置く。大きいのじゃなくて、小さいのを二つ」
「三つ置いたら強くなりますか」
「ベン、増やせばいいわけじゃない」
「そうなの?」
「たぶん」
「たぶんは危ない」
白狐が静かにこちらを見た。
ミオは咳払いした。
「増やしすぎると、別の意味になりそうだから、二つまで」
「分かった」
ベンは小さな白石を二つ選んだ。ひとつは丸い。ひとつは少し三角だった。
「三角、だめ?」
「向きが出るから、むしろいいかも」
「じゃあ、こっち向き」
「どっち向き?」
「小祠の方」
「それでいこう」
三角の小石を、小祠一の方へ向けて置く。
すると、目印二の光が、少しだけ明るくなった。
[祠道表示]
目印二:落ち着いた
三角石:小祠向き
「落ち着いた」
「三角、役に立った」
「ベン、石選び上手いね」
「やった」
ベンは本当にうれしそうだった。
リタが地図帳に「三角石、小祠向き」と書きかける。
「リタ、それは書いていい」
「はい」
ミオは地図を見て、少し笑った。
だんだん実務の地図になってきた。きれいな祈りの絵ではない。外れやすい草、三角石、小祠向き。そういう言葉が増えていく。
でも、それでいい。
人が歩ける地図になっている。
三つ目の印は、小祠一の手前に置いた。
ここは土が少し盛り上がっている。小祠の屋根が半分見えた場所だ。前は草を分けて探した。今日は、平たい石を二枚置いて、小祠の前に入る場所を示す。
神官が少しだけ姿勢を正した。
「ここから先は、小祠の前です。石を置く前に、礼を」
「はい」
村人が麦をほんの少しだけ置いた。白狐が頭を下げる。ミオも透明板を下げて、少しだけ頭を下げた。
それから、平たい石を置く。
ベンが白い小石を添える。
リタが地図に三つ目の四角を描く。
小祠一が、ぽう、と光った。
前より少しだけ長い光だった。
正面の石扉に白い線が走り、受け石の上の古い小石と新しい小石が、ふわりと明るくなる。そこから、目印三へ。目印二へ。目印一へ。
光が、戻っていく。
「あっ」
リタが声を上げた。
枝道の白石が、一本の線のように短くつながった。
環祠までは届かない。途中で薄くなる。けれど、小祠一から少し手前まで、道の形が見えた。
村人が息をのむ。
「道が出た」
「これなら、分かる」
「子どもでも迷いにくいな」
ミオは透明板を見た。
[祠道表示]
目印一:受け取り済み
目印二:落ち着いた
目印三:受け取り済み
小祠一:眠ったまま
枝道:前より歩きやすい
「枝道、前より歩きやすい」
「成功ですか」
「うん。かなり成功」
白狐が小祠一を見て、静かに言った。
「起こしきらずに、道だけ整いました」
「そこ、重要だよね」
「はい。とても重要です」
ミオはほっと息を吐いた。
今日は開けていない。起こしきってもいない。星石も使っていない。それでも、枝道は前より見えるようになった。
これは地味ではない。
村の人が歩けるようになる。小祠一へ行って、手を合わせて、地図を確かめて戻れるようになる。
それは、村の外側が本当に少し広がったということだった。
村へ戻る時、枝道は行きより分かりやすかった。
目印石がある。三角石が小祠の方を向いている。外れやすい草は少し刈られている。環祠から見ても、枝道の入口が前よりはっきりしている。
リタは地図帳を何度も見て、嬉しそうにうなずいていた。
「これなら、次は間違えません」
「たぶん?」
「いえ。かなり」
「いいね」
ベンは石袋を軽く振った。
「次の小祠にも、三角石いるかな」
「いるかも」
「集めておく」
「袋、分けてね」
「分ける。三角石袋」
「また袋が増えた」
白狐が少しだけ真面目な声で言った。
「袋が増えるのは、役目が増えた証です」
「白狐さん、今のはいい言葉」
「地図に書きますか」
「袋に書こう」
「袋にですか」
「三角石袋って」
ベンが大きくうなずいた。
「書く」
リタが笑った。
村へ戻ると、入口祠の前で待っていた子どもたちが駆け寄りかけ、神官の視線でぴたりと止まった。
「走らない」
「はい」
ミオは祠地図を作業台に広げた。
リタが枝道に三つの印を描き足す。ベンが三角石の向きを説明する。村人が「草を少しだけ刈った場所」を地図の端に書く。
すると、入口祠が淡く光った。
ぽう。
祠地図の小祠一までの線が、前より少しだけ太く見えた。
子どもたちが声を上げる。
「道、太くなった」
「小祠まで行ける?」
「まだ大人と一緒」
「えー」
「でも、前より分かる」
ミオはその言葉を聞いて、うなずいた。
前より分かる。
それは大きい。
透明板には、新しい表示が出ていた。
[祠道表示]
枝道一:案内できる
小祠一:眠ったまま
目印石:三つ
歩く時:大人と一緒
ミオは思わず笑った。
「小祠一まで、案内できるようになった」
「それは、よいことですね」
「うん。かなりいい」
白狐は祠地図を見て、静かに尾を揺らした。
「輪は、まだ細いです」
「でも、道は迷いにくくなった」
「はい。細くても、歩ける道です」
入口祠の前に、村人が集まっている。
地図には、入口祠、環祠、星見台、小祠一。そこへ伸びる枝道と、三つの目印。
大きな奇跡ではない。
でも、誰かが明日そこへ行ける。
迷わず、小祠一へ行ける。
ミオはそれだけで、十分気持ちよかった。
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