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聖女は世界をハックする 〜見た目は魔法!?超古代技術で貧しい村を天空都市に育てます〜  作者: 七森ふれあ
古い祠は、空への線を隠している

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CROSSOVER episode.4 / REN 星見台は、塔の影を拾った

 星見台から戻ったあと、ミオは教会の小部屋で、透明な板を何度も開いていた。


 リタが広げた布の地図は、まだ床に置かれている。リュミナ村、入口祈り場、祈り橋跡、第三標識、星祠、外縁祠道、小祠群、星見台。そこから外へ伸びる薄い線。地方管理ノード外縁の輪郭。


 布の地図は大きい。


 それでも、足りない。


 星見台で見えたものは、布一枚に収まる大きさではなかった。


 白狐は、窓際で丸くなっている。眠ってはいない。目を閉じているだけだ。耳が時々、ぴくりと動く。


「白狐さん」

「はい」

「寝てます?」

「寝ようとしています」

「邪魔しました」

「いいえ。ミオも寝ていません」


 その通りだった。


 眠れる気がしなかった。


 星見台の中央皿に映った地図。外縁祠群。地方管理ノード外縁。白狐の封印関連。そして、最後に一瞬だけ揺れた、見慣れない線。


 あれが気になっている。


 ミオは透明な板に記録を出した。


[STAR OBSERVATION RECORD]

――――――――――

星見台:低出力安定

外縁祠群:微弱反応保存

地方管理ノード外縁:輪郭保存

個別封印領域:白狐/未解放

未分類揺らぎ:一件

状態:再確認可能

――――――――――


「未分類揺らぎ」


 ミオは小さく読んだ。


 白狐の耳が動く。


「それですか」

「はい。星見台を閉じる直前に、地図の端が少し揺れました」

「外縁祠群ではなく?」

「違うと思います。線の出方が、祠道じゃありませんでした」

「では、何ですか」

「分かりません」


 分からない。


 でも、完全に知らないとも言い切れない。


 ミオは透明な板を操作する。中央に星見台の記録を出し、端の揺らぎだけを拡大した。


 ざら、と光の粒が乱れる。


 星の地図とは違う線が出る。


 まっすぐで、硬い。


 祠道の白石のようなやわらかい点ではない。石と祈りと風でつながる線ではない。もっと冷たい。設備。塔。配線。端末。そんな言葉が先に浮かぶ。


 ミオは息を止めた。


[UNREGISTERED STRUCTURE TRACE]

――――――――――

形式:施設系点線構造

座標系:不一致

重畳元:星見台外縁観測

安定時間:一・一秒

類似要素:中心点/中継点/管制候補/遮蔽領域

接続:未成立

――――――――――


「施設系……」


 白狐が目を開けた。


「祠ではないのですか」

「違います。これ、かなり機械っぽいです」

「機械」

「塔とか、管制とか、ケーブルとか……そういう感じ」


 口に出した瞬間、胸の奥が変なふうに鳴った。


 塔。


 管制。


 ケーブル。


 それは、この村の言葉ではない。


 ミオの中にある、前の世界の言葉に近い。


 透明な板の表示がまた乱れる。


 見慣れない構造線が、星見台の地図の上に薄く重なった。


 中心点。


 そこから伸びる線。


 小さな中継点。


 南側に広い施設の影。


 西側に地下へ伸びる線。


 そして、黒く塗りつぶされたような領域。


 ミオは手を止めた。


「これ……村じゃない」

「はい」

 白狐が静かに言った。

「この土地でもないように見えます」

「でも、星見台が拾っています」

「なら、星見台に届く何かです」


 ミオは透明な板を強く握らないようにした。


 手に力が入りそうになる。


 焦ると、変なところを触る。


 それはもう、分かっている。


[FOREIGN GRID TRACE]

――――――――――

中心構造:塔候補

補助構造:保守系施設候補

中継構造:北東方向

管制構造:南方向

地下接続:西方向

遮蔽領域:一件

状態:低出力

――――――――――


「塔候補……」


 ミオは声に出した。


 白狐が起き上がる。


「ミオ」

「はい」

「顔が変わりました」

「たぶん、知ってる種類のものです」

「前の世界のものですか」

「近いです。でも、完全に前の世界じゃないです」


 前の世界。


 現代日本。


 会社、端末、コード、ログ、障害対応。


 でも、これはそれとは違う。


 もっと大きい。


 もっと古い。


 もっと、ORIGIN-7に近い。


 透明な板に、短いログが浮かぶ。


[CROSS STRUCTURE TRACE]

――――――――――

構造類似:検出

星見台外縁観測:有効

未登録施設地図:重畳可能

接続:未成立

干渉:なし

付随語:REN

――――――――――


 REN。


 その三文字を見た瞬間、ミオの息が止まった。


 白狐も黙った。


 小部屋の外では、夜の教会が静かに沈んでいる。遠くで水桶の音がした。誰かが夜の水を使っているのかもしれない。そんな普通の音が、急に遠くなった。


「……レン」


 名前が出た。


 呼びかけではない。


 確認でもない。


 ミオの中から、勝手にこぼれた。


 透明な板の表示は、すぐに揺れた。


[OUTER OBSERVATION FRAGMENT]

――――――――――

観測語:REN

状態:短時間安定

接続:未成立

付随構造:未登録施設地図

必要:外縁祠群安定化/星見台補修

――――――――――


「接続、未成立」

 ミオは読んだ。

「でも、出た」


 白狐がそっと近づく。


「レンとは」

「前の世界の……大事な人です」

「はい」

「たぶん、私が探している人です」

「たぶん、ではない顔をしています」

「……はい」


 ミオは透明な板を見つめた。


 REN。


 この名前が偶然出るとは思えない。


 でも、まだ声はない。


 姿もない。


 会話もできない。


 地図の端に、名前が引っかかっただけ。


 それでも、ゼロではない。


 ミオは唇を結んだ。


 勝手に触らない。


 勝手にパッチを当てない。


 問い詰めない。


 言える場所を作る。


 前に戻った記憶が、胸の奥で小さく痛んだ。レンが何かを隠していたこと。自分が、それをすぐ開こうとしたこと。あの時の台所の空気。豆腐二丁の話。笑っていたのに、どこかで線を引いていたレンの顔。


 ミオは板を少し下げた。


「触りません」

 白狐が静かに言った。

「はい」

「今は、見るだけです」

「はい。見るだけです」


 白狐は少しだけうなずいた。


「ミオは、手を洗っていますね」

「実際には洗ってません」

「そういう意味ではありません」

「分かってます」


 ミオは少しだけ笑った。


 笑えた。


 それで、手の震えが少し止まった。


 透明な板に、未登録施設地図を再表示する。


 塔候補。


 中継構造。


 管制構造。


 地下接続。


 遮蔽領域。


 どれも、リュミナ村の祠道とは違う。けれど、形の考え方は似ている。


 中心がある。


 外縁がある。


 中継がある。


 見えない領域がある。


 そして、さらに大きな管理構造へつながろうとしている。


「白狐さん」

「はい」

「これ、こっちの地方管理ノード外縁と似ています」

「塔の地図が、ですか」

「はい。世界は違うのに、構造が似てる」

「同じ根を持つもの」

「たぶん」


 ORIGIN-7。


 その名前を、ミオは口には出さなかった。


 でも、透明な板は分かっているように、ログを出した。


[ORIGIN STRUCTURE CHECK]

――――――――――

星見台地図:外縁祠群へ接続

未登録施設地図:塔系統へ接続

構造類似:中心/外縁/中継/管理候補

相互接続:未成立

観測語:REN

――――――――――


 ミオは床に座り込んだ。


 足から力が抜けたわけではない。座った方が、板を安定して見られると思っただけだ。たぶん。


 白狐が隣に座る。


「大丈夫ですか」

「大丈夫です」

「少しだけ、言葉が遅いです」

「大丈夫じゃないかもしれません」

「はい」


 白狐の返事は早かった。


 ミオは思わず笑った。


「そこは、否定してくれても」

「今は、正直がよいです」

「はい」


 透明な板の上で、RENの文字は薄くなっている。


 消えそうだ。


 ミオは焦りそうになる。


 焦って、指を伸ばしそうになる。


 でも、止めた。


 今ここで押しても、届かない。


 届かないものを無理に引けば、たぶん壊れる。


 レンなら、そう言う気がした。


 いや、レンはもっと雑に言うかもしれない。


 無理な線をつなぐな、とか。


 端子が死ぬ、とか。


 ミオは板を見たまま、小さく息を吐いた。


「星見台を安定させる必要があります」

「はい」

「外縁祠群も、もっと戻す必要があります」

「はい」

「それで、RENの表示が伸びるかもしれません」

「はい」

「……やることが増えました」

「それは、いつものことです」


 白狐がまじめに言うので、ミオはまた少し笑った。


 やることが増えた。


 でも、それは悪いことではない。


 今までは、レンに向かってどう手を伸ばせばいいか分からなかった。CROSS LINKの記憶は戻った。でも、通信ではなかった。接続でもなかった。条件も足りなかった。


 今日は違う。


 RENという観測語が出た。


 未登録施設地図が見えた。


 塔の地図と、星の地図が似ていると分かった。


 必要条件も出た。


 外縁祠群安定化。


 星見台補修。


 やることがある。


 それは、待つよりずっといい。


[NEXT CROSS CONDITION]

――――――――――

観測語:REN

接続:未成立

必要:星見台補修

必要:外縁祠群安定化

補助:地方管理ノード外縁確認

禁止:強制接続

――――――――――


「禁止、強制接続」

 ミオは読んだ。


 白狐がこちらを見る。


「よい表示です」

「はい。すごく、私向けです」

「はい」

「そこは少し濁しても」

「今は、正直がよいです」

「二回目です」


 ミオは板を閉じかけて、もう一度開いた。


 RENの文字を保存する。


 未登録施設地図も保存する。


 塔候補の線も、遮蔽領域も、中継構造も、全部。


 見えているものを消さない。


 でも、触らない。


 触るための準備をする。


[CROSS OBSERVATION SAVE]

――――――――――

観測語:REN

未登録施設地図:保存

塔候補:保存

中継構造:保存

遮蔽領域:保存

接続:未成立

次作業:星見台補修/外縁祠群調査

――――――――――


 ミオは、ようやく透明な板を閉じた。


 小部屋が少し暗くなる。


 窓の外には、夜のリュミナ村がある。井戸のそばの灯り。教会の壁。遠く、森の入口の方に薄い闇。その向こうに、祈り橋跡、星祠、外縁祠道、星見台。


 そして、さらに外。


 そこに、レンへ近づくための線がある。


 白狐が言った。


「ミオ」

「はい」

「今すぐ星見台へ戻らないでください」

「行きません」

「本当ですか」

「本当です。夜道は危ないです」

「それだけですか」

「あと、リタさんに怒られます」

「よい理由です」


 ミオは立ち上がった。


 少し膝が固い。


 ずっと力が入っていたらしい。


 机の上に、明日の予定を書き出す。


 星見台の残り星石。


 風鳴り環の補修。


 外縁祠群の位置確認。


 地方管理ノード外縁の再観測。


 REN観測語の安定時間確認。


 最後に、ミオは少し迷ってから、一行足した。


 強制接続しない。


 白狐がそれを見て、静かにうなずく。


「よいです」

「手を洗ってから触る顔、継続です」

「はい」


 ミオは筆を置いた。


 外から、風が入る。


 窓の端がかすかに鳴った。


 ち、と小さな音がした気がした。


 星見台の風鳴り石ではない。


 でも、ミオはそちらを見た。


 何もない。


 ただ夜がある。


 それでも、もう完全な闇には見えなかった。


 レンのいる場所には、塔がある。


 中継点がある。


 見えない領域がある。


 そして、入口という文字が、向こうにもある。


 ミオは窓の外へ、小さく言った。


「レン」


 声は届かない。


 それでいい。


 今は、届かせようとしない。


 届く線を作る。


 星見台を直し、外縁祠群を戻し、地方管理ノード外縁へ近づく。


 その先で、もう一度RENの文字を見る。


 今度は、一秒より長く。


 ミオは明日の支度を始めた。


 布の地図を畳む。


 透明な板を包む。


 小さな筆と、札用の木片と、星石の位置を記録する布をそろえる。


 白狐は窓際で、今度こそ少しだけ目を閉じた。


「白狐さん」

「はい」

「明日、忙しいです」

「いつもです」

「そうでした」


 ミオは小さく笑った。


 笑ってから、机の上の最後の一行をもう一度見た。


 強制接続しない。


 その下に、もう一行だけ足す。


 言える場所を作る。


 筆の先が少しにじんだ。


 でも、読める。


 ミオはそれでよしとした。


 星見台の地図は、塔の影を拾った。


 RENの文字は、まだ声ではない。


 けれど、もう消えない場所に保存した。


 次は、その文字が残る時間を伸ばす。


 そのために、ミオは進む。

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