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聖女は世界をハックする 〜見た目は魔法!?超古代技術で貧しい村を天空都市に育てます〜  作者: 七森ふれあ
外縁祠群と星見台の先

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第51話 星見台に、足りない石を戻す

 星見台へ向かう道は、前より少しだけ明るく見えた。


 空が晴れているわけではない。リュミナ村の外れへ続く白石道が、ぽう、ぽう、と薄く光っているからだ。祠道の石はまだ全部そろっていない。ところどころ欠けて、草に埋もれて、土に半分沈んでいる。それでも、前に通った時より、道は道らしくなっていた。


 ミオは透明な板を胸の前にかざしながら歩いた。アナライザブルデバッガー越しに見ると、白石道の下には細いリンクが流れている。水路みたいに見えるけれど、水ではない。祈り、通行記録、供物の札、星見台から戻ってくる弱い応答。そういうものが、まだらにつながっていた。


「ミオ様、足元、お気をつけください。このあたり、石が少し浮いております」

「ありがとう、リタ。白狐さん、ここ、前より線が見える」

「はい。星見台から戻る光が、少し太くなっています。ただし、まだ細いです。豆の芽くらいです」

「豆の芽」

「細いけれど、食べられる可能性があります」

「食べ物の話に寄せないで」

「たとえです」


 リタは白狐をちらっと見た。神獣が豆の芽を見ているような顔をしていたので、何も言わなかった。神官は少し後ろで、村人たちに荷の置き方を指示している。今日は祈りの道を大きく動かす日ではない。星見台の残り星石を戻し、風鳴り環のずれを直し、地図をもう少し安定させる日だ。


 星見台は、丘の上に静かに立っていた。円形の石床のまわりに低い柱が並び、その柱の上には欠けた星石がはめこまれている。中央には風鳴り環がある。細い輪が何重にも重なった古い器具で、風が通ると、りん、とも、ふう、ともつかない音を出す。前に来た時は、その音が乱れていた。今日は近づくだけで、りり、と細い音が鳴った。


[STAR WATCH STATUS]

――――――――――

星見台:低出力維持

白石道リンク:部分安定

残り星石:三個未復帰

風鳴り環:位相ずれ

外縁祠群:表示不安定

推奨:星石再配置/風鳴り環補正

――――――――――


「やっぱり、まだ星石が足りない」

「この三つでよろしいのですか」


 リタが布包みを開く。中には、小さな星石が三つ入っていた。どれも完全な丸ではない。欠けて、削れて、薄く曇っている。それでも、アナライザブルデバッガー越しに見ると、石の奥に小さな点があった。消えていない。まだ、星見台へ戻りたがっている。


「たぶん。左の柱、北東側、それから中央環の根元。置く場所を間違えると、地図がぐにゃっとなる」

「ぐにゃっとなるのですか」

「うん。たぶん村の外の道が、こっちへ曲がって見える」

「それは困ります。巡礼者が畑に入ります」

「畑は守ろう」

「畑は大切です」


 ミオは一つ目の星石を左の柱へ持っていった。石座には細かい土が入りこんでいる。指で払うと、さらさらと乾いた粉が落ちた。少し黒い。長いあいだ、雨と風と小さな虫の巣を受けていた跡だった。


 ミオは布で石座を拭き、透明な板をかざす。石座の下に、細いコードのようなものが見えた。直すと言っても、魔法の詠唱をするわけではない。石を正しい向きに戻す。接点を合わせる。欠けたリンクに、今の祠道の記録を流しこむ。村人から見れば、聖女が石に手をあてて祈っているように見える。ミオ本人としては、かなり細かいコネクタ合わせだった。


[STONE SLOT CHECK]

――――――――――

左柱星石座:汚損

接点:低反応

リンク方向:白石道側

補正方法:清掃/再配置/低出力同期

――――――――――


「白狐さん、向き見て」

「少し右です。いえ、右すぎます。戻してください。そこです」

「ここ?」

「はい。そこです。気持ちよく収まりました」

「石の気持ちが分かるの?」

「分かるというより、座りがよいです」

「家具みたいな言い方」

「古いものは、だいたい座りが大切です」


 ミオは星石を石座へはめた。こつ、と小さな音がして、石が沈む。すぐには何も起きなかった。けれど、数秒あと、星石の奥にぽうっと光がともった。白ではなく、淡い青。朝の空を水で薄めたような色だ。


 柱の足元から、細い線が石床へ流れた。石床の溝に沿って、うすい光が走る。村人たちが、はっと息をのむ。神官は小さく手を合わせた。リタは声を出しそうになって、両手で口を押さえた。


 ミオはほっとしたが、すぐに透明な板を見直した。ひとつ戻しただけでは足りない。星見台の地図はまだ揺れている。外縁祠群の点は、見えたり消えたりしている。左の星石だけが元気になって、逆に全体のずれが見えやすくなっていた。


「成功ですか」

「半分成功。いや、三分の一成功」

「三つありますからね」

「そう。三分の一。算数は合ってる」

「よいことです」

「白狐さん、そういう時だけほめるの早い」


 二つ目の星石は、北東側の柱だった。そこは石座の一部が欠けていて、星石を置いても少し傾く。ミオは小さな木片をかませようとして、神官に止められた。神官は持ってきていた薄い白石片を差し出した。祠道の修理に使うものだ。木よりも石のほうが、星見台に合う。


 ミオは白石片を薄く削り、星石の下に差しこんだ。細かい作業で、指先が少し白くなる。白狐は横で、しっぽを動かさずに見ていた。リタは息を止めすぎて、途中で小さくむせた。村人たちも、誰も大きな声を出さない。星見台の上だけ、風の音が少し細くなっていた。


[NORTHEAST SLOT PATCH]

――――――――――

北東柱星石座:欠け

仮補助材:白石片

接点:一部復帰

リンク方向:外縁候補

注意:固定不足

――――――――――


「固定不足って出てる」

「では、もう少し石片を足しましょう」

「足しすぎると浮く」

「では、少しだけです」

「少しだけが難しい」

「供物の油と同じです。多すぎると器からこぼれます」

「白狐さん、今それ必要?」

「必要ではありませんが、分かりやすいです」

「分かりやすいのが困る」


 ミオは白石片をほんの少しだけ足した。星石を置き直す。こつん。今度は、前より低い音がした。浮いていない。透明な板の上で、接点の表示が黄色から淡い青へ変わる。


 りん、と風鳴り環が鳴った。


 風は強くない。けれど、星見台の中央を通った空気が、環の内側で小さく回った。石床の光が左柱から北東柱へつながる。外縁祠群の方角に、小さな点が一つ出た。すぐに消えたが、全員が見た。


「あっ」

「見えました」

「今、見えたよね」

「はい。外の祠です。まだ眠っていますが、こちらを向きました」


 白狐の声が、いつもより少し低かった。


 ミオは白狐を見た。白狐は星見台の外、白石道の先を見ている。そこにはまだ何もない。丘の下に草と石があり、遠くに小さな林があるだけだ。けれど白狐の耳は、そこへ向いていた。


 外縁祠群。星見台の先にある、まだ村の人たちが知らない祠のまとまり。たぶん、ただの祠ではない。白狐の封じられた力にも関係がある。ミオはそう感じていたが、まだ口にはしなかった。言葉にすると、急に大きくなりすぎる。


 三つ目の星石は、中央の風鳴り環の根元に戻すものだった。これは石というより、小さな留め具に近い。欠けた星石を環の根元へはめこむことで、風鳴り環のずれを直す。ミオは透明な板を近づけた。輪の重なりに、赤いずれ表示が出ている。ほんの少しの角度だが、これが地図全体をぶれさせていた。


[WIND RING ALIGNMENT]

――――――――――

風鳴り環:位相ずれ

根元星石:未復帰

地図表示:揺れ

外縁祠群:点滅不安定

補正:根元星石再配置/環角度微調整

――――――――――


「ここ、細かい」

「ミオ、無理に動かすと環が鳴きます」

「鳴く?」

「古い金属が嫌な音を出します」

「それは分かる」

「私も嫌な音は嫌です」

「白狐さんまで、そんなこと言う」

「何かに似ていましたか」

「ううん。たぶん、レンの方で誰かが言ってそうな気がしただけ」


 言ってから、ミオは少しだけ黙った。


 レンの名前を出しただけなのに、胸の奥がほんの少しきゅっとした。前に戻った記憶の中には、レンが端末と何か言い合っているような気配があった。はっきりとは見えない。でも、ミオはなんとなく、向こうにも口うるさい相棒がいる気がしていた。


 今は、それを追わない。


 星見台を直す。


 ミオは根元星石を風鳴り環の下へ当てた。指先で支えながら、ほんの少し角度を変える。環が、ぎ、と鳴った。村人たちが肩を揺らす。ミオも少し手を止めた。白狐がそっと言う。


「もう少しだけ、左です」

「これ?」

「いえ、少し戻してください。はい、そこです」

「ここで固定する」

「はい」


 ミオは息を止め、星石を押しこんだ。


 かち、と小さな音がした。


 風鳴り環が一度だけ大きく鳴った。りぃん、と空へ広がるような音だった。丘の上の草が、さわさわと揺れる。星見台の石床に走っていた淡い光が、中央へ集まり、そこから円の外へ流れた。


 白石道の先に、ぽう、と点が出る。


 一つ。


 それから、少し離れてもう一つ。


 さらに薄く、三つ目。


 外縁祠群の入口が、星見台の地図に戻ってきた。


[STAR MAP STABILIZED]

――――――――――

残り星石:三個復帰

風鳴り環:低出力補正

星見台地図:安定化

外縁祠群入口候補:三点表示

白石道延伸:可能

――――――――――


「出た……」

「三つ、ですか」

「うん。でも入口に近いのは、たぶん一つだけ」


 ミオは透明な板を見つめた。三つの点は同じではない。一つははっきりしていて、白石道の延長線上にある。残り二つは薄く、遠い。今の村が向かうには早すぎる。まずは一番近い入口祠だ。


 神官が静かに星見台の端へ進んだ。地図の点を見て、深く頭を下げる。村人たちは何かを言いたそうにしていたが、言葉が出ないようだった。リタだけが、小さく手を合わせて、ぽつりと言った。


「村の外にも、祠が待っていたんですね」

「待っていたかは分からない。でも、まだ消えてない」

「では、迎えに行けますか」

「行ける。たぶん、白石道を伸ばせば」


 白狐は地図の一番近い点をじっと見ていた。尻尾の先が、ほんの少しだけ光っている。本人は気づいていないようだった。いや、気づいていて黙っているのかもしれない。ミオはあえて触れなかった。


 アナライザブルデバッガーの画面に、細い文字が浮かぶ。


[OUTER SHRINE ENTRY]

――――――――――

入口祠候補:確認

距離:徒歩圏

接続条件:白石道延伸/供物場確認/星見台同期維持

注意:祠群内リンク未確定

――――――――――


「徒歩圏って出てる」

「歩いて行けるということですか」

「うん。ただし、道をちゃんと伸ばしてから。いきなり草の中を突っ切るのはなし」

「供物は必要ですか」

「たぶん少し。水、塩、豆……あと白狐さんが変な顔をしない程度のもの」

「油揚げは重要です」

「ほら言った」

「重要です」


 村人たちの間に、少しだけ笑いが起きた。緊張がほどける。神官も、ほんのわずかに口元をゆるめた。星見台の地図はまだ淡い。点も線も細い。でも、村の外に向かう次の場所が見えた。見えたものは、もうただの不安ではない。


 ミオは星見台の中央に立ち、白石道の先を見た。入口祠へ向かう道は、まだ草に埋もれている。けれど、星見台の下から伸びる光は、その方角へ細く流れていた。ぽう、ぽう、と石が息をするみたいに光る。


 リュミナ村は、村の中だけで閉じていない。


 水の線、豆の線、塩の線、巡礼の道、祈りの記録。そこに、星見台から外へ伸びる新しい線が加わった。


「今日はここまで。次は入口祠まで、白石道をつなぐ」

「はい。道の石と供物を準備いたします」

「白狐さん、入口祠、怖い?」

「怖いというより、なつかしいです」

「なつかしい?」

「はい。まだ思い出せません。でも、あの方角は、私の封じられたものに近い気がします」

「じゃあ、ゆっくり行こう」

「はい。急ぐと、たぶん私が変な顔をします」

「それは見たいかも」

「ミオ」


 白狐が少しだけ不満そうに言った。


 ミオは笑いかけて、透明な板を閉じた。今日やることは終わった。星石は戻った。風鳴り環は直った。外縁祠群の入口も見えた。


 遠くへ行く準備は、まだこれからだ。


 でも、星見台はもう、ただ空を見る場所ではなかった。


 村の外へ続く最初の地図になっていた。

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