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聖女は世界をハックする 〜見た目は魔法!?超古代技術で貧しい村を天空都市に育てます〜  作者: 七森ふれあ
古い祠は、空への線を隠している

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第49話 星見台が、空の地図をひらいた

 星見台へ向かう朝、リュミナ村の入口祈り場には、木札ではなく布が広げられていた。


 リタが膝をついて、昨日見た道を布に描いている。入口祈り場、第一標識、第二標識、休み石広場、路肩小祠、祈り橋跡、第三標識、星祠、尾根上小祠、第二小祠、第三小祠。その先に、大きめの丸。


 丸の横に、星見台候補、と書いてあった。


「候補、取れますかね」

「今日は取りたいです」

「取れたら、また書き直しです」

「すみません」

「いえ、もう木札より布の方が楽です」


 リタはそう言って、筆の先を少しだけ舐めそうになり、神官さんに見られて止まった。


「……やってません」

「やる前に止まったな」

「はい」


 ミオは透明な板を胸に抱えた。


 昨日は、外縁祠道が一気に伸びた。


 小祠を三つ起こし、尾根の先に星見台を見つけた。戻って整えるだけでは追いつかないくらい、道が前へ動いた。


 今日は、星見台へ行く。


 白狐は入口祈り場の横で、いつもより静かに座っていた。しっぽもあまり動かない。目は川の向こうではなく、そのさらに先を見ている。


「白狐さん」

「はい」

「眠れました?」

「少し」

「少し」

「星見台の方から、風の音がしました」

「夜に?」

「はい。鳴っていないはずなのに、鳴る前の音がしました」

「それ、ちょっと怖いですね」

「怖いです。でも、行きます」


 言い切った白狐の声は、弱くなかった。


 神官さんが入口祈り場の前に立つ。ラウは縄と棒を持ち、ベンは支え石と細い楔を小袋に入れている。リタは布の地図を丸め、木札を最低限だけ持った。


「今日は札が少ないですね」

「諦めました」

「潔い」

「地図帳を作ります」


 ラウが笑う。


「リタ、顔つきが変わったな」

「札係から地図係になりました」

「出世か?」

「たぶん、仕事が増えただけです」


 神官さんが短く祈る。


「星祠より続く道よ。昨日戻った小祠たちよ。今日は、星を見る台へ向かう。急ぎすぎず、だが閉じたままにもせず、道の先を見せたまえ」


 入口祈り場の灯りが、ぽうっと明るくなった。


[OUTER SHRINE ROAD STATUS]

――――――――――

星祠:安定

小祠一:仮復帰

小祠二:仮復帰

小祠三:仮復帰

外縁祠道:星見台候補方向へ延伸

次目標:星見台到達

――――――――――


「行きましょう」

「はい」


 巡礼道は、昨日より早く進めた。


 第一標識、第二標識、休み石広場、路肩小祠。もう、ひとつずつ驚く場所ではない。道として使える場所になっている。


 祈り橋跡では、沈み石が九つ光った。ラウが先に渡り、神官さん、リタ、ベン、ミオ、白狐が続く。川の水は冷たい。朝の光を受けて、沈み石の周りだけ薄く白い。


 第三標識を過ぎると、星祠への側方線がはっきり見えた。


 星祠は、六つの星石を光らせて待っていた。


 風鳴り石が、ちりん、と鳴る。


 その音に、尾根の方から小さな音が返った。


 ち。


 ち。


 ちり。


 昨日起こした小祠たちだ。


 リタが布の地図を開きそうになる。


「今、書きたいです」

「歩きながらはだめです」

「はい」


 白狐が星祠の前で立ち止まった。


 供物皿には、麦と豆と少しの塩。白狐はそれを見て、それから星祠の先を見た。


「今日は供物より先です」

「白狐さんが言うと、すごく重いです」

「供物も重いです」

「戻ってきましたね」

「はい」


 外縁祠道へ入る。


 白石道は、昨日より少し見えやすくなっていた。足を乗せると光るだけではない。草の下に隠れていた石の輪郭が、朝の光の中でも分かる。


 尾根上小祠は、仮復帰のまま安定していた。小さな星石がぽうっと光り、風鳴り片がち、と鳴る。


 第二小祠は、支え石のおかげで倒れずに残っていた。ベンがしゃがんで確認する。


「昨日より傾いてません」

「よかったです」

「でも、ちゃんとした支えは必要です」

「次に持ってきます」

「はい」


 第三小祠に着くと、白石半円が薄く光った。


 昨日ここで、道は一気に伸びた。


 星見台は、その先にある。


 神官さんが第三小祠の前で短く祈る。


「風待ちの小祠よ。今日も、道の音を送れ」


 風が通る。


 ちり。


 りん。


 二枚の風鳴り石が重なって鳴った。


 白石道が尾根の先へ伸びる。


[OUTER SHRINE CHAIN]

――――――――――

星祠:中継

小祠一:応答

小祠二:応答

小祠三:応答

星見台候補:微弱応答

道接続:継続

――――――――――


「星見台、反応しています」

「見えてきたぞ」

 ラウが前を指した。


 尾根の曲がり角を越えると、昨日見た台座がはっきりした。


 丸い石の台。


 低く、広い。


 中央に浅いくぼみがあり、その周囲に星石らしい小さな石がいくつも並んでいる。台座の外側には、薄い石片を吊るしていた跡が円を描くように残っている。ほとんどは落ちているが、二枚だけ、まだ欠けたまま引っかかっていた。


 祠というより、空を見るための場所。


 でも、ただの台ではない。


 立った瞬間、ミオはそう感じた。


 空が近い。


 実際に近いわけではない。けれど、台座の中央のくぼみを見た時、そこが空を受ける皿のように見えた。


 白狐は、完全に足を止めていた。


「白狐さん」

「はい」

「大丈夫ですか」

「……ここは、私を知っています」


 昨日と同じ言葉。


 でも、今はもっと近かった。


 白狐の声は震えていない。けれど、まっすぐすぎて、かえって危うく聞こえた。


 神官さんが静かに台座の前へ進む。


「星を見る台。いや、星へ問いを置く台かもしれぬな」

「星へ問いを置く」

 リタが小さく復唱した。

「いい言葉ですね」

「木札に書くには長いです」

「リタさん、そこなんですね」

「仕事なので」


 ミオは透明な板をかざした。


 表示が一度、ざらっと乱れる。


 光の粒が板の上で散り、それからゆっくりと組み直された。


[STAR OBSERVATION DAIS]

――――――――――

星見台候補:到達

中央皿:反応あり

星石:十二基中七基検出

風鳴り環:破損

外縁祠道:接続

状態:低出力確認可能

――――――――――


「星見台候補、到達」

 ミオは言った。

「星石、十二基中七基検出」

「十二」

 ベンが目を丸くした。

「多いですね」

「多いです。見つかってるのは七つだけです」

「残り五つ、埋まってるか、なくなってるか」

「はい」


 ラウが台座の周囲を歩く。


「足場は大丈夫そうだ。ただ、外側の石が何個か沈んでる」

「そこが星石かも」

「踏まない方がいいな」

「お願いします」


 ベンはすでに腰を落としていた。


「この台、星祠より石組みが細かいです」

「分かります?」

「はい。道石じゃなくて、台の中に線が入ってます」

「線」

「石と石の隙間が、全部同じ幅です。わざとです」

「それ、かなり重要です」

「だと思います」


 リタが布の地図を開いた。


「ミオ様、ここは木札じゃないです」

「地図帳ですね」

「はい。あと、星石の数も別に書きます」

「お願いします」


 白狐は中央皿の前に立った。


 中央皿。


 ミオの板がそう表示したくぼみは、手水鉢より浅く、大皿より広い。水はない。土と枯れ葉が少し溜まっているだけだ。けれど、くぼみの縁には細い線が刻まれている。


 星の線。


 空の地図に似ている。


「ここ、掃除します」

 ミオが言うと、神官さんがうなずいた。


「祈りの前に、場を整える」

「はい」


 ラウが草を払い、リタが枯れ葉を集める。ベンが星石を確認し、ミオは中央皿の縁を布で拭いた。白狐は、中央皿には触れず、じっと見ている。


「白狐さんは触らないんですか」

「今は、触るより見ます」

「怖い?」

「少し」

「はい」


 ミオはそれ以上聞かなかった。


 中央皿がきれいになると、刻まれた線が見えた。


 円。


 小さな点。


 点と点を結ぶ細い溝。


 村の人が見れば、星の模様だと思うだろう。


 ミオには、ノードとリンクの図に見えた。


 口には出さなかった。


[STAR DAIS CORE]

――――――――――

中央皿:清掃

刻線:露出

星石検出:七基

不足星石:五基

低出力起動条件:祈り/星石七基以上/風鳴り環一部応答

――――――――――


「七基以上で低出力起動できます」

「見つかっている七基で足りるのか」

 神官さんが言う。

「はい。でも、風鳴り環が一部必要です」


 白狐が外側を見た。


「風鳴り環は、音を回すものです」

「音を回す?」

「はい。星祠から来た音を、この台の周りで回して、空へ返す」

「白狐さん、分かるんですね」

「分かるというより、言葉が出てきます」

「思い出してる?」

「まだです。でも、近いです」


 ベンが外側の薄い石片を確認した。


「二枚残ってます。でも片方は割れそうです」

「使える方だけで」

「はい」


 ラウがもう片方の石片を指した。


「こっちは?」

「鳴ると思います」

 白狐が言った。

「ただし、強く鳴らしてはいけません」

「吹くなってことだな」

「はい」

「俺を見て言った?」

「はい」

「正直だな」


 リタが笑いをこらえながら布に書いた。


 星見台。吹かない。


「それ、書きます?」

「書きます」

「ラウさん向けですね」

「はい」


 神官さんが中央皿の前に立った。


 供物は少ない。麦、豆、塩。それから星祠で使った薄い青の布を、小さく折って置く。豪華ではない。けれど、この村がいま出せる、ちゃんとした供物だった。


 ミオは透明な板を構えた。


 白狐は神官さんの横に立つ。


 風は、まだ弱い。


 神官さんが目を閉じる。


「星を見る台よ。長く草に埋もれ、風を失い、空を映さずにいた場所よ。リュミナの村は、ここへ乱れに来たのではない。道を知り、戻るために来た。星祠より続く祈りを受け、外の道を少しだけ示したまえ」


 言葉が終わる前に、星祠の方で音がした。


 ちりん。


 尾根上小祠。


 ち。


 第二小祠。


 ち。


 第三小祠。


 ちり、りん。


 音が順に上がってくる。


 白狐の耳が動いた。


「来ます」


 風が尾根を渡った。


 星見台の外側に残っていた薄い石片が揺れる。


 りん。


 小さい。


 けれど、今までの小祠より澄んだ音だった。


 中央皿の刻線に、光が走った。


 リタが息を止める。


 ベンは星石から手を離した。


 ラウは何も言わなかった。


 ミオの透明な板に、ログが浮かぶ。


[STAR OBSERVATION DAIS]

――――――――――

星見台:低出力起動

星石:七基点灯

風鳴り環:一部応答

外縁祠道:接続

中央皿:表示開始

――――――――――


 中央皿の中に、光が溜まった。


 水ではない。


 でも、水面のように揺れた。


 浅いくぼみの中に、空の色が落ちる。青。白い雲。そこに、細い光の線が重なっていく。


 リュミナ村。


 入口祈り場。


 第一標識。


 第二標識。


 休み石広場。


 路肩小祠。


 祈り橋跡。


 第三標識。


 星祠。


 外縁祠道。


 三つの小祠。


 そして、ここ。


 星見台。


 それらが、光の点と線になって中央皿に浮かんだ。


 リタが小さく叫んだ。


「地図……!」


 神官さんは、声を出さなかった。


 ただ、深く息を吸った。


 ラウは頭をかいた。


「おい、村が丸ごと見えてるぞ」

「丸ごとではありません」

 ミオは板を見ながら言う。

「でも、つながっている場所は見えています」


 ベンが中央皿をのぞき込みすぎて、ラウに襟をつかまれた。


「落ちるな」

「落ちません」

「顔から入りそうだったぞ」

「見たくて」

「分かるけどな」


 白狐は、中央皿の光を見て動かなかった。


 ミオは横顔を見る。


 白狐の目に、光の地図が映っている。


「白狐さん」

「……はい」

「見えていますか」

「はい」


 白狐の声は、ひどく静かだった。


「ここは、私の封じられた場所ではありません」

「はい」

「でも、そこへ向かう道を知っています」

「……出ますか」

「まだ、出ません。でも」


 白狐は中央皿の外側を見た。


 光の地図の端に、まだ薄い輪郭がある。


 小祠群のさらに外。


 広い輪のようなもの。


 ミオの板にも表示が出る。


[OUTER REGION MAP]

――――――――――

星見台:低出力起動

外縁祠道:接続

小祠群:三基仮復帰

広域輪郭:微弱検出

地方管理ノード外縁:候補

観測系:一瞬安定

――――――――――


「地方管理ノード外縁……候補」

 ミオは息をのんだ。


 地方管理ノードそのものではない。


 でも、その外縁。


 これまで見えていた村の道とは、規模が違う。


 神官さんが中央皿を見ながら言う。


「これは、村の外か」

「はい。かなり外です」

「祈りの道は、そこまで続くのか」

「たぶん。今は、外側だけです」

「外側だけでも、十分大きい」


 その通りだった。


 中央皿の中で、リュミナ村は小さな点ではなかった。水の線、豆の線、塩の線、祈り橋跡、星祠、外縁祠道。全部が細くつながり、星見台へ届いている。


 そして、星見台の先に、もっと広い輪郭がある。


 リタが布を握ったまま固まっていた。


「リタさん?」

「無理です」

「え」

「これは木札でも布一枚でも無理です」

「地図帳」

「地図帳でも足りるかどうか」

「では、大きめで」

「大きめで」


 ラウが笑った。


「村の地図じゃなくて、外の地図だな」

「はい」

 ミオはうなずいた。

「外の地図です」


 白狐が、中央皿の光にそっと鼻先を近づけた。


 触れはしない。


 けれど、近づいた瞬間、光の端が少しだけ揺れた。


[SEALED TRACE]

――――――――――

個別封印領域:未解放

対象:白狐

関連:星見台/外縁祠道/地方管理外縁

状態:参照不可

条件:不明

――――――――――


 ミオはその表示を見て、すぐに板を少し下げた。


 白狐も気づいたようだった。


「出ましたか」

「はい。でも、触りません」

「……はい」

「今は、場所が分かっただけです」

「十分です」


 白狐はゆっくり息を吐いた。


「十分、進みました」


 その言い方に、ミオは胸の奥が少し詰まった。


 白狐はずっと、自分のことをはっきり語らなかった。語れなかった。封じられているからか、思い出せないからか、その両方かは分からない。


 でも今日、星見台は白狐の封印に近い道を示した。


 解除はしていない。


 でも、どこを見ればいいかは分かった。


 それは止まったのではない。


 前へ進んだのだ。


 中央皿の光が、少し強くなる。


 村から星見台までの線が、一本ずつ安定していく。


 星祠。


 小祠一。


 小祠二。


 小祠三。


 星見台。


 その外側に、まだ薄い広域輪郭。


 ミオは透明な板に記録を入れた。


[STAR OBSERVATION RECORD]

――――――――――

リュミナ村:接続

祈り橋跡:接続

第三標識:接続

星祠:接続

外縁祠道:接続

小祠群:三基仮復帰

星見台:低出力起動

地方管理ノード外縁:候補

白狐封印関連:参照不可

――――――――――


「記録しました」

「今日の到達点としては十分だな」

 ラウが言った。

「十分どころか、かなりです」

 リタが布を見ながら言う。

「かなり、足りません。布が」

「そこなんですね」

「そこです」


 ベンは星石を見ていた。


「残り五つの星石、探せばもっと安定すると思います」

「次はそれですね」

「あと、風鳴り環も直した方がいいです」

「はい」


 神官さんが中央皿の前で頭を下げる。


「星見台よ。今日は、道を映したことに感謝する。われらは見たものを軽く扱わぬ。村へ持ち帰り、地図と祈りとして整える」


 中央皿の光が、ふっと揺れた。


 返事のようにも見えた。


 リタが小さく言う。


「今の、返事ですか」

「村の言葉では、そうでいいと思います」

 ミオは答えた。

「私の板では、低出力表示の安定です」

「夢が少ないです」

「なので、村では返事です」

「はい。返事にします」


 白狐が微かに笑った。


「ミオは、言い換えが上手になりました」

「かなり鍛えられました」

「よいことです」


 風が通る。


 星見台の風鳴り環が、りん、と鳴った。


 その音は、外縁祠道を戻っていく。


 第三小祠。


 第二小祠。


 尾根上小祠。


 星祠。


 遠くで、ちりん、と返る。


 道が往復した。


 ミオには、そう見えた。


 いや、見えたというより、体で分かった。


 星見台は空の地図をひらいた。


 村の周りが、ひとつの絵になった。


 そして、その外に、まだ知らない輪郭がある。


 ミオは中央皿を見つめた。


 次に向かう場所は、もう小さな祠だけではない。


 外縁祠群。


 地方管理ノード外縁。


 白狐の封印に関わる場所。


 リュミナ村の道は、空の下で、さらに外へ伸び始めていた。

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