第166話 三十人が雨を越せる
朝の料理場に、空の椀が十二個並んだ。
昨日、空き家へ泊まった母親と女の子もいる。ルーナから来た荷運び人が三人、北小屋場から葉を運んだ人が二人、湯へ入りに来たお年寄りが四人。それに、薬草を受け取りに来た神官が一人。
「今日は、ちょうど十二人です」
ミオが端から数えると、料理番のおばさんは大鍋の蓋を開けた。豆と刻んだ葉の間から、ほわりと湯気が上がる。
「村の昼の分は、こっちだよ」
隣には少し小さな鍋が二つあった。畑へ出る人の分と、井戸や倉庫を離れられない人の分。先にそちらへ蓋がされている。
「来た人へ出しても、村の人のごはんは残りますか」
「残してから、こっちを煮たんだ。豆も葉も、朝の便で増えたからね」
おばさんは大鍋を木杓子で底から返した。十二杯をよそっても、鍋底が見えない。
腰掛けは湯場横に八人分。残り四人は、空き家から持ってきた低い腰掛けへ座った。水甕から白湯を汲み、汁の椀と一緒に一人ずつ手渡す。
女の子は両手で椀を包み、ふうふう吹いた。荷運び人は肩を並べて腰を下ろし、濡らした布で首筋を拭いてから豆を口へ運ぶ。
「十二人なら、湯も倉庫も止めなくていいね」
湯番のおばさんが、空になった柄杓を水甕へ戻した。
湯場からは、いつものように桶の音がする。倉庫でも豆袋を運ぶ声が続き、井戸道を肩棒がまっすぐ通っていた。
「泊まるのは、何人までですか」
ミオの問いに、空き家を掃いたおばさんが指を四本立てた。
「昨日の二つへ、今朝もう二つ詰めたよ。今ある乾いた藁袋なら四人だ。日暮れに突然じゃ、きれいな布までそれ以上は揃わない」
「では、いつもの日なら、追加で十二人。泊まれるのは、そのうち四人まで」
「十二人とも泊める、ではありませんよ」
白狐さんが、椀の列の端で尾を揃えた。
「はい。食べて、飲んで、休んでもらえます。眠る場所は四人です」
昼の椀が返ると、村人たちはそこで終わりにしなかった。
「荷が重なる日は、十二人じゃ済まないよ」
「収穫の手伝いが来れば、倍は来る」
倉庫番のおじさんが、乾いた藁束を空き家の前へ運んだ。布を縫う人たちは大きな袋を四つ出し、二人ずつで藁を詰める。
かさ、かさ。
袋は抱えるたびに丸く膨らんだ。床へ並べると、昨日の二つ、今朝の二つと合わせて八人ぶんの寝床になる。
村人のうち十二人が、来訪者役になった。昼の十二人と合わせれば、二十四人だ。
湯場横と空き家前の十二席だけでは足りない。倉庫横へ乾いた台板を三枚並べ、二人ずつ腰を下ろす。さらに空箱を六つ伏せ、残る六人の腰掛けにした。荷車一台ぶんの空間は残し、倉庫の戸口と井戸道を塞がないよう、足を壁側へ寄せる。
「水、回します」
リタが柄杓を持ち、一人ずつ椀へ注いだ。十二の椀を一巡させ、戻った椀を洗ってもう一巡する。一巡目で水甕が軽くなる。けれど、井戸から運んだ二つ目の甕を隣へ置けば、二十四人が飲んだあとにも底を隠す水が残った。
料理番は、夕方の分を早めに火へ掛けた。
村人用の鍋には豆と干し菜。受け入れ用の大鍋には、朝届いた葉と砕いた芋を足す。泊まらない人にも温かいものを一杯ずつ渡し、空き家へ入る八人には、もう半杯よそえる量を残した。
「二十四人だと、みんなにも手伝ってもらわないと回りませんね」
「椀を洗う人、藁を詰める人、水を運ぶ人が要るよ」
「でも、畑も井戸も止まっていません」
ミオが見回すと、畑から戻った人たちの前にも夕食の椀が並んでいた。来た人の鍋だけ大きくなっても、村人の鍋は空になっていない。
八つの藁寝床では、村の子どもたちが試しに横になった。
「ふかふか」
「そっちは詰めすぎだよ」
一つだけ山のように盛り上がった袋から、男の子がころりと転がる。笑い声が起き、白狐さんは前足で袋の端を押した。
「眠るには、少し元気すぎる寝床ですね」
「藁を減らします」
ミオが袋の口を開くと、男の子も起き上がって藁を隣へ分けた。八人が横になっても、戸までの細い通り道は残る。
「繁忙の日は、追加で二十四人。村の人も一緒に動いて、食事と水と座る場所。泊まれるのは八人まで」
その時、屋根を一粒が叩いた。
ぽつ。
続けて、外の土へ大きな雨粒が落ちた。
「来るね」
北の空が白く霞み、雨脚が一気に村へ近づいていた。
「では、最後も今やってしまいましょう」
倉庫番のおじさんが戸口の荷を中へ引いた。湯番のおばさんは、まだ誰も入っていない湯場の札を裏返し、火を弱める。
「緊急なら、湯はお休み。薪と水を人へ回すよ」
「倉庫仕事も止める。今出ている荷を濡らさないところまでだ」
さらに六人が、雨を避ける人の役へ入った。これで追加三十人。
湯場横の庇には腰掛けを詰めず、立ったままでも肩が濡れない幅を取る。空き家は八つの寝床を壁へ寄せ、横になれない人も床へ座れるようにした。倉庫横は油布をもう一枚渡し、乾いた台板と空箱を腰掛けにする。
ざあっ。
雨が油布を鳴らした。
三十人が三つの場所へ収まる。全員が藁寝床へ横にはなれない。それでも、誰の背にも雨は当たらなかった。
井戸から運んだ水は、一杯目を全員へ回した。二杯目は子どもとお年寄り、歩いてきた人へ先に渡す。
大鍋の汁には、さらに湯と砕いた芋が足された。味が薄くならないよう塩水を少し入れ、料理番が底まで混ぜる。
「長く食べ続ける分はありません」
ミオは、最初の十二人へ並んだ椀を見た。食べ終われば洗い、次の十二人へ渡し、最後の六人へもう一度回す。
「でも、今夜、冷たい雨の中で空腹のままにはしません」
「明日も明後日も、とは言えませんね」
白狐さんが静かに続ける。
「はい。緊急の短い間だけです。湯と倉庫仕事を止めて、水と汁と、雨を避ける場所を作ります」
椀が一つずつ満ちていった。十二、十二、最後に六。三巡して、三十人へ一杯ずつ渡る。
最後の一杯をよそっても、村人用の鍋の蓋は閉じたまま残っている。料理番のおばさんが蓋を少し持ち上げると、豆と干し菜の湯気がふわりとこぼれた。
「村の夕食も、ちゃんとあるよ」
雨音の下で、椀を受け取った人から汁をすすった。空箱へ座る人、腰掛けで肩を寄せる人、空き家の床へ足を畳む人。藁寝床は子どもとお年寄りへ譲られ、その端へ濡れた外套が並べて掛けられた。
温かい椀が手から手へ渡り、水が喉を潤し、雨が油布の外へ流れていく。
「日常なら十二人。仕事を止めずに迎えられます」
ミオが指を折る。
「忙しい日は二十四人。みんなで水と料理と寝床を増やして、八人まで眠れます。緊急なら、短い間だけ三十人。湯場と倉庫仕事を止めて、全員を雨と空腹から守ります」
「三十人ぶんの寝床がある、ではありません」
「はい。長く食べさせられる、でもありません」
「それでも、追い返さずに雨を越せます」
白狐さんの言葉に、料理番のおばさんが頷いた。
やがて雨が細くなると、日帰りの人たちは入口へ集まり始めた。けれど、北へ帰る人、ノルテへ戻る人、ルーナで伝言を渡したい人が、一度に同じ道を見ている。
迎えられる人数は分かった。
次に要るのは、迎えた人を迷わせず、それぞれの帰る道へ渡す手だった。
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