表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖女は世界をハックする 〜見た目は魔法!?超古代技術で貧しい村を天空都市に育てます〜  作者: 七森ふれあ
浮く村を、帰る場所にする

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
163/192

第155話 土の下から帰る線

 南寄り旧道の入口には、昨日と同じ白い布が立っていた。


 倒れていない。


 夜の雨もない。平石のずれもなく、入口の札には昨日入った四人と、戻った四人が残っている。


「今日は五人です」


 リタが札の裏へ名前の代わりとなる印を書いた。リュミナ村から三人。ノルテ側から壺運びの男が一人。それにエルン。


「戻った時にも五人と記します」

 エルンは帳面を閉じずに言った。

「白い布が倒れていれば、そこで中止。雨が降れば引き返す。道幅の外へ土を出さない。昨日の条件と同じです」


「はい。今日は、境界杭の先で線を見ます」


 ミオは木べらと刷毛を持ち上げた。掘るための鍬は持ってきていない。リタの籠には土を受ける布と、小さな板が入っている。


 白狐さんが籠を覗いた。


「供物はないのですね」

「今日は探す日です。何に使うか分からないうちに置きません」

「よい判断です」


 褒められた。


 たぶん、少し警戒もされている。


 入口の白布を起こし、一人ずつ旧道へ入った。


 平石を踏む。太い根を避ける。昨日つけた布印を確かめる。


 旧境界杭までの道は、一日で戻ってはいなかった。束ねた草は道の脇に残り、雨溝へ戻した石も動いていない。


 壺運びの男が杭の手前で足を止めた。


「ここから先は、まだ荷を入れてない」

「今日は荷も入れません」

 リタが答えた。

「帰り道を残せるところまでです」


 エルンが測り縄の端を境界杭へ結んだ。


「この杭から、声が届く範囲。既存の轍から外れない。土は布へ受け、終わったら道の内側へ戻します」


 南へ続く轍は、すぐ草の下へ消えた。


 けれど白い線は見えた。


 明るいわけではない。根の隙間や湿った土の下に、白い糸が一本ずつ埋まっている。ミオは線の上へ直接木べらを入れず、左右の落ち葉だけを除いた。


 白狐さんが前を歩く。


「こちらは土の匂いが違います」


「湿っていますか」

「いいえ。石が長く土を支えていた匂いです」


 ミオには、土の匂いとしか分からなかった。


 白狐さんが前足で示した場所は、轍の脇だった。細い根が網のように広がり、その下だけ土の色が少し薄い。


 壺運びの男が木べらの柄で軽く叩いた。


 こつ。


 土の音ではない。


 皆がしゃがんだ。


「石ですか」

 リタが尋ねた。


「平たい面があります。線も、ここへ入っています」


 ミオは透明板を開いた。表示範囲は足元だけ。埋まっている物の全体像を勝手に補わせず、見えている反応だけを拾う。


[SOUTH RETURN MARKER TRACE]

――――――――――

旧道接続:微弱

地上標識:埋没

表面読取:不可

根系干渉:あり

帰還方向:未表示

起動条件:未確認

――――――――――


「帰還標識です」


 壺運びの男が息を吐いた。


「掘り出せるか」

「持ち上げません。読めるところだけ、土をどけます」


 最初に、根を見た。


 指ほど太い根が二本、硬い面の上を斜めに渡っている。さらに細い根が、その間へ土を抱え込んでいた。


「細い方なら切れる」

 男が小刀へ手を伸ばす。


「切らないでください」


 ミオとエルンの声が重なった。


 男はすぐ手を離した。


「分かった。切らない」


「根が標識を押さえているかもしれません」

 ミオは言った。

「それに、木を傷めたら補修の範囲を越えます」


「両方です」

 エルンが帳面へ書き足した。


 土受けの布を広げた。


 リタが根の間へ細い板を差し、少しだけ持ち上げる。ミオが木べらで乾いた土をひとかけずつ掻き出す。壺運びの男は布の端を持ち、土が道の外へこぼれないよう受けた。


 根は動かさない。


 標識も起こさない。


 土だけを、少しずつ減らす。


 ざり。


 灰色の面が指一本ぶん現れた。


 ざり、ざり。


 面の縁に浅い刻みが見えた。ルーナ村の低い標識にあったものより細く、枝分かれが多い。中央から北へ一本。東へ短く一本。西側は欠け、南側はまだ土の下にある。


「ここから先は、根の下です」

 リタが言った。


「全部出さなくていいです」


 ミオは刷毛へ持ち替えた。刻みの中だけを、根元から外へ向けて払う。


 白狐さんが鼻先を近づけた。


「古い祠と似ています。ただ、祈りを受ける面ではありません」

「道を返すための面?」

「そう見えます。ですが、私の記憶だけでは断定できません」


「では、帰還標識らしい、までですね」


 エルンの筆が動く。


 刻みの中央には、丸い窪みがあった。


 泥が固まっている。ミオは水を掛けず、布の角を細く丸めて押し当てた。湿りを吸わせ、柔らかくなった分だけ木べらの先で取る。


 一度。


 二度。


 三度目に、窪みの底から白い面が出た。


 ちり、と音がした。


「離れて」


 全員が手を引いた。


 標識の刻みへ白い光が走った。


 根の下を避けるように細く分かれ、露出した面を一周する。そこから一本だけが旧道へ戻り、境界杭の脇を抜けた。


 北へ。


 リュミナ村の方へ。


 土の下で、白い線が順に起きていく。


 境界杭。


 平石。


 旧道の入口。


 遠くて見えないはずの村まで、帰る方向だけが一本につながった。


 光は長く続かなかった。


 ふ、と標識の刻みが暗くなる。旧道の白線も、入口側から淡くなり、また土の下の細い糸へ戻った。


 誰もすぐには動かなかった。


「今のは、ミオ様が起こしたのですか」

 リタが小声で尋ねた。


「泥を取ったら、動きました」


「聖女様が帰る道を呼び戻した」

 壺運びの男が言った。


「掃除です」


「掃除で村まで灯るのですか」


 ミオは答えに詰まった。


「今回は、灯ったのは一度だけです」

 白狐さんが静かに助けた。

「同じことができると分かるまでは、奇跡にも手順にも数えません」


「はい。白狐さんの言う通りです」


 透明板には、点灯後の状態が残っていた。


[SOUTH RETURN MARKER OBSERVATION]

――――――――――

標識面:部分露出

表面刻線:読取可能

一時点灯:確認

帰還線:リュミナ村方向

再点灯条件:未確定

南系統接続:未成立

――――――――――


 もう一度、窪みへ触れることはしなかった。


 代わりに、戻るための印を残した。


 旧境界杭から測り縄で距離を取り、轍の東側に標識があると帳面へ記す。露出させたのは根の間の手のひら二枚ぶんだけ。西側と南側は土の下。太い根二本には触れない。


 再訪時は入口の札へ人数を書く。


 雨と白布を確認する。


 境界杭から同じ縄を伸ばす。


 標識の周囲へ新しく鍬を入れず、今日開けた面だけを見る。


 ミオが話し、リタが繰り返し、壺運びの男が実際に縄をたぐった。エルンは三人の手順が同じになるまで、帳面を閉じなかった。


 最後に、掻き出した土を布ごと道の内側へ戻した。標識面へは掛けず、雨水が溜まらない低い場所へ薄くならす。


 根の下には、読める刻みが残った。


 目印として細い白布を一本だけ、道の内側の枝へ結ぶ。通行停止の布と間違えないよう、端を二つに裂いた。


「帰ります」


 エルンが先に言った。


 五人で境界杭を越え、平石を踏み、入口へ戻った。


 札に、戻った五人の印をつける。


 白い布を元へ戻す。


 ミオが振り返っても、旧道はもう光っていなかった。


 それでも場所は分かる。


 どこまで土を除くかも、どの根へ触れないかも、次にどう戻るかも残っている。


 そして土の下には、一度だけ村へ帰った白い線がある。

「続きが読みたい」と思ったら下の評価とブックマーク登録をどうぞ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ