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聖女は世界をハックする 〜見た目は魔法!?超古代技術で貧しい村を天空都市に育てます〜  作者: 七森ふれあ
浮く村を、帰る場所にする

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第156話 村で灯る帰りの印

 朝の日差しは、村入口の平石を半分だけ温めていた。


 白い線が土の下へ入るところに、昨日までなかった小さな水皿が置かれている。縁の欠けた普段使いの皿で、中には井戸水が指の爪ほどの深さ。脇には、端を二つに裂いた白布が低い枝へ結ばれていた。


「立派な祭壇には見えませんね」


 白狐さんが水皿を覗き込む。


「見えたら困ります。毎回、立派なものを用意しないと帰れなくなります」

「それは困ります」


 白狐さんは真面目にうなずいたあと、皿の隣に置かれた豆を見た。


「豆は三粒なのですね」

「白狐さんの分ではないです」

「確認しただけです」


 近くで布を畳んでいたリタが、ふっと笑った。


 今日の組は二つに分かれる。


 南寄り旧道へ行くのは、壺運びの男とリュミナ村の若い働き手、それにエルン。村入口に残るのはリタと神官、それから昨日の手順を知らない年配の女だった。


 ミオと白狐さんは旧道へ同行する。ただし、ミオは標識へ触れない。


「本当に、見ているだけでよいのですか」

 エルンが帳面を開いたまま尋ねた。


「はい。私がいない日にもできるか確かめたいので。危なければ止めますけど、今日は皆さんの手でお願いします」


 村側では、神官が水皿へ井戸水を入れる。年配の女が白布と白線を見る。リタが時刻と人数を記し、旧道組が戻ったら双方の見たものを突き合わせる。


 旧道側では、入口の白布、天気、人数札を確かめる。境界杭から同じ測り縄を伸ばし、根を切らず、昨日開けた面だけを掃除する。最後に、水と塩と豆をほんの少し置く。


 豆は三粒。塩はひとつまみ。水は小さな皿に一杯。


「供物は、多ければよいものではありません」

 白狐さんが言った。

「受け取る側が何であれ、暮らしを減らしすぎない量がよいでしょう」


「白狐さんが言うと、すごく説得力があります」

「どういう意味でしょうか」

「食べる量に詳しいという意味です」


 白狐さんは答えず、尻尾だけを一度振った。


 村入口の平石へ手を当てると、日向の側はもう少しぬるかった。ミオはその温度を覚えてから、旧道組と一緒に南へ向かった。


 入口の白布は立っている。


 雨は降っていない。


 札には、入る五人の印。壺運びの男、若い働き手、エルン、ミオ、白狐さんの分まで、前足のような小さな印が一つ添えられた。


「私も人数に入るのですか」

「入った者は、戻ったか確かめるそうです」

 ミオが答える。

「よい決まりです」


 草の匂いが残る旧道を進んだ。平石は動いていない。太い根の白布もほどけていない。昨日より乾いた土が、足の下でさくりと鳴った。


 旧境界杭へ着くと、エルンが測り縄の端を結ぶ。壺運びの男が縄をたぐり、若い働き手が先を持った。


「轍の東側。枝分かれした根の下」


「手のひら二枚ぶんだけ開いている場所」


「太い根は二本。切らない」


 二人は昨日の言葉を交互に言い、同じ場所で止まった。


 根の間には、灰色の標識面が残っていた。刻みは暗い。中央の丸い窪みへは、夜の間に薄い土が降りている。


 若い働き手が布を広げた。壺運びの男は木べらを持ち、標識ではなく、まず根の際から土を取る。


 ざり。


 乾いた土が布へ落ちた。


 細い根は持ち上げない。灰色の面も起こさない。昨日見えた刻みの内側だけを、根元から外へ向けて刷毛で払う。


 ミオの指は、少し動きたがった。


 けれど、壺運びの男の刷毛は刻みを外れず、若い働き手の布も土を一粒も道の外へこぼさなかった。


[南側帰還標識・再訪確認]

――――――――――

入口白布:異常なし

入域記録:五

境界杭基準:一致

清掃範囲:前回内

根系損傷:未検出

標識刻線:読取可能

――――――――――


「昨日と同じところまで戻りました」

 エルンが言った。


「はい。ここから供物を重ねます」


 供物を置く場所も、刻みの上ではない。


 標識の手前に平たい葉を一枚敷き、豆を三粒。塩をひとつまみ。水皿は、根の外側の土が平らな場所へ置く。


 神官から預かった短い祈りを、若い働き手が唱えた。


「道を借り、道を傷めず、帰る者を数えます」


 壺運びの男が続ける。


「入った者と、戻った者を違えません」


 ミオは何も言わなかった。


 二人が昨日と同じ順で、窪みの湿りを布へ移す。一度。二度。柔らかくなった土だけを、木べらの先で取る。


 三度目。


 白い底が見えた。


 ちり、と小さな音がした。


 刻みの中央に白い光が生まれる。光は細い根を避け、灰色の面を一周した。そこから一本が土の下へ潜り、旧境界杭の脇へ走る。


 平石。


 旧道の入口。


 その先へ、白い線が帰っていく。


「灯った」


 若い働き手が声を漏らした。すぐ口を押さえたが、壺運びの男も笑っている。


「笑っても消えませんよ」

 ミオが言う。


「なら、少し笑っておく」


 白狐さんが光の縁へ目を細めた。


「前と同じ流れです。供物を強く求める反応でもありません」


「少しでよかった?」


「少しを、同じように置けたことが大切なのでしょう」


 光は昨日より長く、土の下に留まった。明るすぎはしない。木漏れ日の中で見失わない程度の、細い白だった。


[南側帰還標識・第二点灯]

――――――――――

再訪手順:一致

清掃手順:一致

供物量:少量

帰還線:リュミナ村方向

第二点灯:確認

村側基準点:応答あり

南系統接続:未成立

――――――――――


「村側も灯っています」


 ミオが最後の行を読むと、エルンはすぐには帳面へ書かなかった。


「帰って、見た者から聞きます」


「はい。その方がいいです」


 白線が淡くなるまで待ち、供物の豆と塩はその場へ残した。水は土へこぼさず、皿ごと持ち帰る。掻き出した土は昨日と同じ低い場所へ薄く戻し、根の周りに水が溜まらないよう指で均した。


 五人で境界杭を越え、平石を踏み、入口へ戻る。


 札には、戻った五人の印がついた。


 村へ着く前から、リタが白布を振っているのが見えた。通行停止の合図ではない。二つ裂きの端を、両手でぱたぱた揺らしていた。


「灯りました!」


 村入口の水皿には、もう光は残っていない。


 けれど年配の女は、皿の縁を指した。


「ここから白くなったよ。石の線へ細く流れて、布の結び目まで。湯気みたいに、ふわっとね」


 神官が時刻を告げ、エルンが旧道側の点灯時刻と比べる。ほとんど同じだった。リタの記録には、水皿へ触れた者がいないこと、白布が風ではなく一度だけ持ち上がったことも残っている。


 現地で掃除する二人。


 入口で人数と天気を見る一人。


 村で水皿、白布、白線を確認する二人。


 終わったら双方の記録を合わせ、入った者が全員戻ったことを確かめる。


「次は、ミオ様が旧道へ行かなくてもできます」

 リタが言った。


「うん。私が村にいない日でも、同じ人がそろわなくても、役目を交代できます」


「では、これは奇跡ではなくなったのですか」

 年配の女が少し残念そうに尋ねた。


「掃除と、お供えと、見張りです」


「それだけで土の下の道が灯るなら、十分に奇跡ですよ」


 ミオが困って白狐さんを見る。


「村の方が再現できる奇跡なら、扱いやすくてよいのではありませんか」


「白狐さんまで」


 小さな笑いが、入口の平石の上へ広がった。


 リタが籠の布をめくる。中には、湯気を逃がさないよう蓋をした木の椀と、薄く焼いた芋が重ねてあった。


 生姜を落とした麦湯は、両手で持つと指の間まで温かい。白狐さんの前にも小さな椀が置かれ、供物ではない豆菓子が一つ添えられた。


「こちらは私の分でしょうか」

「確認しなくても、白狐さんの分です」

「それはよい判断です」


 南の旧道は、村からは見えない。


 けれど、同じ白布があり、同じ縄があり、根を切らずに土を払える人がいる。遠くで灯った帰りの線を、村で見て、記して、帰った人数まで確かめる人もいる。


 一度きりだった光は、村の手で二度目に灯った。


 そして今度は、待っている側にも、ちゃんと届いた。

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