第152話 三本の道の下に白い線
広場の地面に、三本の麻ひもが伸びていた。
乾いた灰色の土を付けたひもが、ルーナ道。
草の種を結んだひもが、北小屋場道。
濃い泥を塗ったひもが、ノルテ道。
三本とも、最後は村の入口を示す平石へ集まっている。その周りには、布束の木札、葉を入れる籠、塩水壺の縄輪が置かれていた。
「道は分かれています」
ミオは平石を指で押さえた。
「でも、ここだけ一つです」
「昨日、葉と壺が一度止まりました」
リタが言った。
「今日はルーナから布と豆も来ます。同じ頃に着けば、また塞がります」
ハンナが草の種を結んだひもの横へ、小さな石を置いた。
「北の葉は、朝露が残っている間に受け渡し台へ着けます。そこから村まで歩くと、井戸の影がこのくらいの時です」
広場の井戸から伸びる影は、まだ長い。ハンナは影の先にも石を置いた。
ルーナ村の女の人は、灰色のひもへ木片を二つ並べた。
「布だけなら早い。でも帰りの豆を休み石で積み直す日は、少し遅くなるよ」
ノルテの壺運びの男は、泥を塗ったひもの途中へ縄輪を置いた。
「壺は曲がりで交互に通す。向こうから空壺が来ていれば、白い布が戻るまで待つ。朝を急いでも、着く刻は決められん」
「決められないんですね」
「壺を急がせる方が間違いだ」
「はい。それは、すごく分かります」
三本とも、出る時刻を同じにはできなかった。
葉は涼しいうちに運びたい。布と豆は休み石を使う人数で変わる。壺は狭い曲がりの安全が先だった。
「では、出る時間ではなく、入る順番を決めましょう」
ミオが言うと、倉庫番が入口の平石を三歩ぶん広場側へ動かした。
「着いた荷を、ここで待たせるのか」
「待たせるというより、入口の手前で名前を呼びます。中の場所が空いてから、一種類ずつ入れます」
畑のおばさんが、葉の籠を持ち上げた。
「葉は待たせたくないよ」
「北の葉を最初にします」
「壺は重い」
「壺は平石へ下ろして待てます」
「布は?」
「濡れなければ待てるね」
ルーナ村の女の人が自分で答えた。
順番が決まった。
井戸の影が広場の白い石へ触れる頃、北の葉を入れる。葉が畑の日陰へ抜けたら、ノルテの壺を井戸側へ通す。ルーナの布と豆は、空き家の軒下と倉庫前が空いた合図を見て入る。
ただし、道の都合で順番が変わる日はある。
そのため入口の外へ、三枚の木札を掛ける横棒を立てた。葉、壺、布と豆。入れてよい荷の札だけを表へ返す。
「誰が札を返しますか」
白狐さんが尋ねた。
「入口にいる者です」
倉庫番が答えた。
「朝は俺。昼は畑から戻った者。湯の客が増える日は、リタにも頼む」
「私がいない日は?」
リタが聞く。
「いる者がやる。札の裏に順番を書いておけば読める」
リタは少し笑って、炭で札の裏へ短い言葉を書いた。
葉は日陰へ。
壺は井戸側へ。
布は軒下、豆は倉庫前へ。
「聖女様の三道の定めですね」
見ていた神官が言った。
「荷物置き場の札です」
「三つの道から恵みを迎える札です」
「荷物置き場です」
白狐さんが横棒を見上げた。
「迎え方を決める札ではあります」
「白狐さん」
「間違ってはいません」
試すのは、その日の本当の荷だった。
井戸の影が白い石へ近づく頃、北小屋場道から足音がした。ハンナが先に走り、その後ろを、青い葉の籠を背負った若い働き手が歩いてくる。
「北、着きました!」
倉庫番が葉の札を表へ返した。
「葉から入れる!」
籠は入口で止まらなかった。畑のおばさん二人が左右から受け取り、濡れ布を掛けたまま畑の日陰へ運ぶ。空籠は入口脇へ重ね、北へ戻る人が持てる向きに揃えた。
ぱきり。
おばさんが葉先を折る。昨日と同じ、瑞々しい音がした。
「次、壺を入れられるよ!」
葉の札が裏返り、壺の札が表になる。
ちょうどノルテ道の方から、白い布を巻いた棒が見えた。壺運びの男が、肩の棒を揺らさない歩幅で近づいてくる。
入口の外の平石へ、一つ目の壺を下ろす。
ことん。
二つ目も下ろす。縄輪が石へ掛かり、壺は転がらない。
「井戸側、二つ空いてる!」
「一つずつ通すぞ!」
村人が縄輪を持ち、壺を一つずつ低い台へ運んだ。空壺は反対側から入口の外へ出し、壺運びの男の足元へ置く。
満ちた壺と空の壺は、入口ですれ違わなかった。
「前より歩いていない気がするな」
男が言った。
「同じ道です」
「村の中で戻されなくなった」
「それは、歩いていませんね」
最後に、ルーナ道から小さな荷車が現れた。
布束が二つ。豆袋が三つ。休み石を使って来た人たちは息を整えていたが、肩を痛そうに動かしてはいない。
壺の札が裏返る。
布と豆の札が表になった。
「布は左、豆は右!」
「荷車は入口を抜けたら広場で回す!」
「帰りの空籠を先に積まないで。布を下ろしてから!」
声が入口の内と外で重なった。
布束は地面へ触れず、空き家の軒下へ渡った。豆袋は倉庫前へ積まれ、空になった荷車が広場へ入る。そこで向きを変えてから、北へ返す空籠と、ノルテへ返す空壺を順に載せた。
誰も押し合わなかった。
葉は温まらず、壺は鳴らず、布は泥へ落ちなかった。
三本の道から来た荷が、止まらず村の暮らしへ分かれていった。
「通りました」
ミオが言った。
「通りましたね」
白狐さんが答えた。
その時、入口の平石の下で、かすかな音がした。
ちり。
白狐さんの耳が立つ。
ミオも足元を見た。平石の縁に溜まっていた乾いた土が、細く二つに割れている。
割れ目の下から、白いものが見えた。
「石灰ですか?」
倉庫番がしゃがみ、指で土を払った。けれど粉ではない。地面の中へ埋まった細い筋が、陽の光とは違う淡さで光っている。
白い筋は入口を横切らず、三本の道が集まる向きから、広場の端へ一筋だけ伸びていた。
「さっきまで、ありましたか」
「なかった」
「土の下にはあったかもしれんが、光ってはいなかったぞ」
ミオは透明板を出した。白狐さんが線と村人の足元の間へ立つ。
「見るだけにしてください」
「はい。追いません」
[RETURN ROUTE LOCAL LINK]
――――――――――
生活路:三系統
入口運用:成立
荷扱い:登録済み
帰還系統補助線:微弱点灯
外部接続先:未確認
追跡表示:未成立
――――――――――
「帰還系統の、補助線」
ミオは重要なところだけ読んだ。
「三本の道を一つの入口として使えたので、昔の線が少しだけ戻ったみたいです」
神官が胸元で手を組む。
「三つの恵みが正しく迎えられ、帰る道が応えたのですね」
「荷捌きが登録されたんだと思います」
「正しく迎えたのですね」
「……はい。たぶん、同じことです」
白い線は明るくならなかった。指で触れても熱はなく、広場の端から先は土の下へ消えている。
村人たちは線を追わず、先に札を戻した。
空籠の数を確かめる。空壺の縄を結ぶ。布束を軒下から倉庫へ運び、葉へ新しい濡れ布を掛ける。
倉庫番は三枚の札を裏返し、明日の朝も同じ順番で始められるよう横棒へ掛け直した。
「線は、消えませんか」
リタが尋ねた。
「今は薄いままです」
「では、誰かが踏まないよう囲いますか」
ノルテの男が首を振った。
「入口の線だろう。囲ったら、また入口が狭くなる」
「その通りですね」
白狐さんが言った。
「線を守って、道を塞いではいけません」
そこで、線の両側へ小石を二つ置くだけにした。荷車も人も通れる。明日の朝、最初に札を返す人が、白い筋が残っているか見る。
ミオは入口の外へ目を向けた。
三本の道は、林と斜面の先でそれぞれ別の場所へ続いている。白い線がどの道へ重なるのか、ここからは分からない。
分かったのは、一つだけだった。
布と豆、葉と壺を運ぶ生活の道は、ただ村へ来るだけの道ではない。
どこかから、ここへ戻るための線でもあった。
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