第149話 三本の道から人が来る
南端石から広場へ戻ると、村の入口が塞がっていた。
荷車が一台。塩水の壺を背負った人が二人。布束を抱えた女の人が三人。その隙間へ、青い葉を山ほど入れた籠が突っ込んでいる。
狭い入口で、全部が止まっていた。
「先に壺を下ろしてくれ!」
「布を濡らす気かい!」
「葉がしおれる、日陰へ入れてくれ!」
「荷車が動かん。前を空けてくれ!」
豊かだった。
とても、豊かだった。
そして豊かさは、道を塞いでいた。
「白狐さん」
「はい」
「村、一瞬軽くなりましたよね」
「なりましたね」
「入口は軽くならないんですね」
「荷は地面の上を通りますから」
「現実的です」
「この村は、まだ地面の上にあります」
入口脇では、修復した空き家の軒下に湯治客が腰掛けていた。湯上がりの老人が椀を抱え、豆を潰して焼いたものを食べながら、詰まった荷を眺めている。
畑から戻った人は籠いっぱいの豆を抱え、倉庫番は保存食の箱を外へ出そうとして止まっていた。ルーナ村から届いた布と麻ひも、ノルテ方面から来た塩水、北の小屋場で採れた葉物。村から出す豆と保存食まで、入口の内と外で向かい合っている。
倉庫の中に空きはある。
保存庫も動いている。
湯も井戸も足りている。
足りないのは、入口だった。
「ミオ様!」
リタが走ってきた。けれど、ミオへ判断を求めるより先に、入口の横へ積まれた木箱を指した。
「空箱を広場側へ寄せます。壺は井戸側、布は空き家の軒下、葉物は畑の日陰へ。出す荷は少し待ってもらいます」
「はい。お願いします」
「荷車は?」
「空になったら、広場で回せます」
「では、まず荷車を空にします」
リタが手を叩いた。
「壺を先に右へ! 布は持ったまま左へ抜けてください! 葉物は籠ごと渡します。倉庫から出す荷は入口へ持ってこないで!」
村人たちが動いた。
二人が荷車の豆袋を下ろす。倉庫番が袋の木札を外し、読むより早く積み場所を指す。畑のおばさんたちは、北から来た葉物の籠を受け取ると、濡らした布を被せて日陰へ運んだ。
塩水の壺には縄の輪を掛け、井戸側の低い台へ一つずつ置く。布束は地面へ下ろさず、空き家の軒下へ渡していく。
「豆袋、あと二つ!」
「荷車の右輪を石から外せ!」
「押すな、引くぞ!」
ぎしっ。
荷車が半歩下がった。
入口の外にいた人たちが、同時に前へ出かける。
「止まって!」
ミオが声を上げる前に、豆畑のおばさんが両手を広げていた。
「今は壺だけ! 布はその次! 北の籠はもう入った!」
ぴたり、と人が止まる。
「壺だけ!」
「布は次!」
「荷車は最後!」
同じ言葉が入口の内と外へ渡っていった。
壺が二つ、村へ入る。
布束が三つ、軒下へ抜ける。
空になった荷車を村人四人が引き入れ、広場の端で向きを変える。そうしてようやく、入口の向こうに道が見えた。
土の道は一本に見える。
けれど、来た人たちの泥は違っていた。
布を運んできた女の人の裾には、乾いた灰色の土。塩水の壺を背負った男の草履には、濃い湿り気。葉物の籠を持ってきた少年の脛には、細い草の種がびっしり付いている。
「三方向ですね」
ミオが言った。
「はい」
白狐さんが入口の外を見た。
「同じ入口へ入りますが、同じ道ではありません」
荷を下ろした人たちへ水が配られた。湯治客の老人が座る場所を詰め、軒下を空けてくれる。白狐さんは豆の焼き物へ一度だけ視線を向けてから、何も言わず入口へ向き直った。
ミオもしゃがみ、三人の草履を順番に見た。
「ルーナ村から来たのは」
「あたしだよ」
布を運んできた女の人が手を上げた。
「荷車は途中までだ。最後の細いところは、布を抱えて来た。今日は向こうから豆袋を載せて帰るつもりだったけど、この入口じゃ出る荷とぶつかるね」
「ノルテ方面からは」
「俺たちだ」
壺を運んだ男が、赤くなった肩をさすった。
「壺が重いから、二つずつ間を空けて歩く。だが最後の曲がりで荷車に追いついた。抜ける場所がない」
「北の小屋場は」
「僕です」
葉物の少年が答えた。
「朝早く出たけど、入口で待ってる間に葉が温かくなった。帰りは空籠だから、脇を走れます」
村人たちは、ただ聞いてはいなかった。
倉庫番が地面へ小石を三つ置く。ルーナ、ノルテ、北。入口を示す大きな石を一つ置くと、三つの小石から指で筋を引いた。
「布と豆の道」
「壺の道」
「葉物の道」
畑のおばさんが言った。
「道は、同じ使い方じゃないね」
「はい」
ミオはうなずいた。
「入口だけ順番を決めても、道の途中で詰まります。ええと、交通……ではなくて、行き帰りと、休む場所と、荷をどこで持ち替えるかを見た方がいいです」
「道の仕事ですね」
リタが言った。
「はい。村の外の仕事です」
聖女様が道を開く、と誰かが小さく言った。
「開きません。まず歩いて確かめます」
「道を清める?」
「歩いて、沈むところと狭いところを見ます」
「清める前に、踏む」
「そうです」
白狐さんが静かに付け加えた。
「使っている方と一緒に見るのがよいです。道は、通る方が一番よく知っています」
三人が互いを見た。
最初に、ルーナ村の女の人がうなずく。
「あたしは明日の帰り道を案内できる。荷車を置く場所も見せるよ」
「俺は壺を一つ持って戻る。空身で見ても、重い場所は分からん」
「僕は北へ戻って、明日の朝また来ます。葉を入れた籠で走ります」
「葉は少なめでお願いします」
ミオが言った。
「いつもの半分?」
「それでも多いです」
「じゃあ三分の一」
「お願いします」
倉庫番が、入口脇の板へ炭で三本の線を引いた。
ルーナ道。
ノルテ道。
北小屋場道。
その下へ、案内する人と村側から出る人の名を書いていく。リタはルーナ道へ。壺を扱う村人二人はノルテ道へ。畑のおばさんと若い働き手は北小屋場道へ。
ミオと白狐さんは、最初の一本に同行する。
「全部を一度には見ません」
「はい」
白狐さんが答えた。
「ですが、三本とも村の仕事になりました」
入口では、帰る荷の積み直しが始まっていた。
ルーナ村へ返す荷車には豆袋を積みすぎない。ノルテ方面へ返す空壺は縄でまとめる。北へ戻る籠には、保存食を底へ入れ、葉を潰さないよう布を挟む。
誰かが命じなくても、村人と来訪者が一緒に手を動かしている。
荷車が、今度はつかえず入口を出た。
ごとり。
その後ろを、空壺の束が抜ける。
最後に、軽くなった籠を背負った少年が走り出し、道が分かれる手前で振り返った。
「明日、北から来ます!」
「待っています!」
ミオは手を振った。
村へ戻る場所だった入口から、人と荷が外へ出ていく。
倉庫も、畑も、湯も、村の中だけでは終わらなくなった。
次に直すものは、もう村の外にあった。
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