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聖女は世界をハックする 〜見た目は魔法!?超古代技術で貧しい村を天空都市に育てます〜  作者: 七森ふれあ
祈りの道は村を越える

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第147話 村人が受け止める

 村は、浮いていなかった。


 家もそのまま。


 畑もそのまま。


 井戸もそのまま。


 地下倉庫も、古い祠も、東西の境界石も、さっきと同じ場所にある。


 だが、桶の水だけは、まだ少し揺れていた。


 ちゃぷん。


 ちゃぷん。


 普通の水音なのに、村人たちはそのたびに肩をぴくっとさせる。豆葉はもう立っていない。けれど、時々ぱた、と小さく揺れる。地下倉庫の入口からは、白い粉がほんの少しだけ出て、すぐ消えた。


 広場の白い円は、薄く残っている。


 踏めば消えそうで、たぶん消えない。


 ミオはその円の外に座り込んだ。


「白狐さん」

「はい」

「怒られますかね」

「誰にですか」

「村の人たちに」

「どうでしょう」

「村を軽くしたので」

「まだ浮いてはいません」

「そこ、私も言いました」

「はい」


 リタはミオの隣にしゃがんだ。手には、井戸の桶から汲んだ水を入れた小さな杯がある。ミオに渡そうとして、少し迷っている。


「ミオ様、お水です」

「ありがとうございます」

「普通のお水です」

「普通ですか」

「はい。たぶん」

「たぶん」

「少し澄んでいます」

「そこは普通じゃないですね」


 ミオは杯を受け取って、一口飲んだ。


 冷たい。


 おいしい。


 少し悔しい。


 井戸の水は、明らかに前より澄んでいた。聖女様の井戸水、と村人が言いそうなので、今は誰にも言わないことにした。


 村人たちは、広場の外で固まっている。


 怖がっている。


 驚いている。


 祈っている人もいる。


 でも、逃げてはいない。


 そこが、ミオには少し不思議だった。


「白狐さん」

「はい」

「みんな、逃げませんね」

「逃げるには、村の全部が鳴りましたから」

「どういうことですか」

「井戸も、倉庫も、畑も、祠も、東西の石も。逃げる先も村の中です」

「なるほど」

「それに、壊れていません」

「そこは大事です」

「はい。とても」


 村人の一人が、井戸へ行った。


 水面を覗く。


 縄を下ろす。


 桶を上げる。


 普通に水が入っている。


 その人は、しばらく水を見てから、広場へ戻ってきた。


「水は、汲める」

 ぽつりと言った。


 別の人が地下倉庫へ走った。


 少しして戻ってくる。


「荷は落ちてない。棚も大丈夫だ。麻袋も破れてない」

 豆畑のおばさんが、葉を一枚一枚見ていた。


「折れてない。豆も落ちてない。むしろ、葉がしゃんとしてる」

 祠の前では、老人が台座を見ていた。


「欠け石が戻っとる。前より収まりがいい」


 それぞれが、見て、戻って、報告した。


 村人たちは、そのたびに少しずつ息を吐いた。


 壊れていない。


 それが、村にとっては何より大きかった。


 ミオは杯を両手で持ったまま、小さくなっていた。


「怒られませんかね」

「まだ分かりません」

「白狐さん」

「はい」

「そこは、大丈夫と言ってください」

「根拠が少し足りません」

「正直ですね」

「はい」


 リタが、村人たちを見てから、ミオへ少し身を寄せた。


「ミオ様」

「はい」

「たぶん、怒っている顔ではありません」

「そう見えますか」

「はい」

「じゃあ、何の顔ですか」

「どう呼んだらいいか分からない顔です」

「それも怖いです」


 広場の外から、一人の男が進み出た。


 豆畑の柵を直していた男だ。さっき西側の石の話をしていた人でもある。彼は白い円の手前で止まり、頭をかいた。


「ミオさん」

「はい」

「怒ってはいない」

「はい」

「ただ、何が起きたのか、分からん」

「私もです」

「そこは分かっていてほしかった」

「すみません」


 男は少し笑った。


 笑ったので、ミオは少しだけ息を吐いた。


「でもな」

「はい」

「井戸は良くなった」

「はい」

「倉庫も、荷が軽く扱える」

「はい」

「豆も折れてない」

「はい」

「東西の石は……あれは、まあ、怖い」

「はい」

「祠も直った」

「はい」

「それで、村は壊れてない」

「はい」


 男は広場の白い円を見た。


「なら、直したら、そうなるのかもしれん」

「そうなる」

「うん。そうなる」

「村が軽くなるのも?」

「それは、かなり困る」

「ですよね」


 村人たちの間に、小さな笑いが起きた。


 小さい。


 でも、笑いだった。


 ミオはその笑いで、肩の力が少し抜けた。


 透明の板は、ミオの膝の上で薄く光っている。村人たちには聖なる石板に見えているから、笑ったあとでも、まだ少し距離がある。けれど、さっきより遠巻きではなかった。


 透明の板の表示が、まだ残っていた。


[STATUS AFTER LIGHTENING]

――――――――――

浮上:未実行

中央受け場:仮復帰

井戸水重心:安定

倉庫荷重:安定

畑風受け:安定

東西係留:弱保持

古い祠:接続

不足:南側線

空帰還鍵:未検出

――――――――――


「ミオ様、石板は」

「まだ出ています」

「何と」

「浮上は未実行。中央受け場は仮復帰。井戸、倉庫、畑は安定。東西係留は弱保持。古い祠は接続」

「たくさんです」

「たくさんです」

「不足は」

「南側線と、空帰還鍵」

「空帰還鍵」

「はい。そこは分かりません」


 リタは首を傾げた。


 白狐も、少しだけ目を細めた。


「空へ帰る鍵、でしょうか」

「白狐さん」

「はい」

「そういう大きい言い方、やめませんか」

「ですが、文字はそう読めます」

「読めますけど」

「ミオ様」

「はい」

「村人には、今の言葉は聞かせない方がよいと思います」

「もう遅い気がします」


 村人たちは、聞いていた。


 空帰還鍵。


 その言葉は、広場の中で少しだけ浮いた。


 村を浮かせる。


 空へ帰る鍵。


 まだ何も決まっていないのに、言葉だけが先に大きくなる。


 ミオは慌てて手を振った。


「まだ分かりません。鍵が何かも、空が何かも、帰るが何かも分かりません」

「空は空では?」

 子どもが言った。


「それは、そうです」

「帰るって、どこに?」

「分かりません」

「じゃあ、探すの?」

「たぶん」

「また?」

「またです」


 子どもは、なぜか嬉しそうだった。


「じゃあ、見守りいる?」

「いるかもしれません」

「やる」

「ありがとうございます」


 見守り係が増えた。


 ミオは、もうそれでいい気がしてきた。


 村人たちの顔は、少しずつ変わっていた。


 怖いだけではない。


 自分たちの井戸を見た。


 自分たちの畑を見た。


 自分たちが使っていた地下倉庫を見た。


 古い祠を見た。


 東西の石を見た。


 全部、村の中にあったものだ。急に外から落ちてきたものではない。ミオが変なことを持ち込んだというより、ミオが触ったら、もともと村にあったものが出てきた。


 そういう受け止め方に、少しずつ寄っている。


 豆畑のおばさんが、手についた土を払った。


「ミオさん」

「はい」

「畑は、悪くなってない」

「はい」

「むしろ、風が通った気がする」

「はい」

「だったら、次も見る」

「いいんですか」

「見ないと、うちの豆がどうなるか分からん」

「それはそうですね」

「それに」

「はい」

「豆が折れなかったのは、よかった」

「本当に」


 地下倉庫を見てきた男も言った。


「荷が軽くなるなら、腰には助かる」

「そこですか」

「大事だぞ」

「大事ですね」

「ただ、浮きすぎるのは困る」

「それは私も困ります」


 井戸を見ていた女の人が、桶を持ち上げた。


「水は澄んでる」

「はい」

「でも、勝手に浮くのは困る」

「はい」

「浮かないように直せるなら、直してほしい」

「それができるかは」

「聖女様なら」

「そこに戻らないでください」


 また、小さな笑い。


 今度は、さっきより少し大きかった。


 リタが、ほっとした顔をした。


 白狐も、少しだけ表情を緩めた。


 ミオは透明の板を見た。


 南側線の文字が、まだ薄く光っている。


 空帰還鍵の文字は、もっと薄い。


 今すぐ触るな、と言っているみたいだった。


「白狐さん」

「はい」

「今日は、これ以上は触りません」

「それがよいでしょう」

「でも、南側は見ます」

「見るだけですか」

「見るだけです」

「ミオ」

「はい」

「本当に、見るだけでお願いします」

「信用が減っていますね」

「今日かなり減りました」

「自覚はあります」


 リタがくすっと笑った。


「ミオ様」

「はい」

「見るだけ、なら私も行きます」

「ありがとうございます」

「村人にも、見るだけ、と伝えます」

「強めにお願いします」

「はい。とても強めに」


 村人たちは、広場の白い円から少しずつ離れ始めた。


 誰かが井戸へ戻る。


 誰かが畑を見る。


 誰かが倉庫の入口を閉める。


 誰かが東西の石を遠くから見守る。


 祠の前には、さっきより多めに頭を下げる人がいた。


 日常に戻る、とは言いきれない。


 だが、村人たちはそれぞれの場所へ戻っていった。


 ミオは広場の円を見下ろした。


 白い線は薄い。


 でも残っている。


 踏まないように、広場の端を回る人が出てきた。子どもも、円の外をぴょんと跳んで通る。すぐ慣れそうで、それはそれで怖い。


「白狐さん」

「はい」

「村の人、受け入れるの早くないですか」

「生活に関わるものですから」

「どういう意味ですか」

「井戸の水が澄み、豆が折れず、荷が軽くなるなら、怖くても見ます」

「現実的ですね」

「村ですから」

「村ですか」

「はい」


 ミオは少し黙った。


 村を浮かせたいから直すのではない。


 井戸を使うため。


 畑を守るため。


 倉庫を壊さないため。


 祠を欠けたままにしないため。


 東西の石で村が偏らないようにするため。


 そうやって直すと、村の底が軽くなる。


 順番が逆なのだ。


「白狐さん」

「はい」

「浮かせるためじゃなくて、直すためですね」

「はい」

「直したら、軽くなる」

「今のところは」

「困りますね」

「はい」

「でも、直さないと、もっと困りますね」

「はい」


 ミオは立ち上がった。


 透明の板を閉じようとして、やめる。


 閉じても、南側線の文字は頭に残る。


 空帰還鍵も。


「南側を見に行きます」

「はい」

「見るだけです」

「はい」

「本当に」

「はい」


 リタが村人たちへ声をかけた。


「ミオ様は、南側を確認されます。見るだけです。触りません。たぶん」

「リタさん」

「はい」

「最後」

「すみません」


 村人たちが笑った。


 その笑いの中で、広場の白い円が、ぽん、と小さく鳴った。


 南の方へ、細い白い線が一本、すうっと伸びた。

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