第145話 古い祠の白砂
古い祠は、広場の端にあった。
大きなものではない。腰くらいの高さの石祠で、屋根も小さく、角は少し丸い。村の人たちは、昔からそこにあるものとして扱っていた。何を祀っているのか、はっきり覚えている者は少ない。ただ、畑の前を通る時に少し頭を下げたり、子どもが石を蹴りそうになると大人が止めたりする。
その祠の石の隙間から、白い灯りがちょん、ちょん、と跳ねていた。
広場の白い円へ行きたいのに、途中で止まっている。
そんな動きだった。
「白狐さん」
「はい」
「祠の灯り、届いてないですね」
「届いていませんね」
「届かないなら、来なくてもいいのに」
「来たいのでしょう」
「祠の灯りに、意思を持たせないでください」
「すみません」
ミオは透明の板を持って、祠の前にしゃがんだ。
板には、中央受け場の表示が薄く残っている。そこから古い祠へ細い線が伸びていた。だが、祠の手前で、線がぷつぷつ切れている。
[SHRINE LINK]
――――――――――
古い祠:未接続
中央受け場:仮接続
東西係留:接続
井戸・倉庫・畑:接続
不足:祠側の白砂
確認:石の隙間
――――――――――
「石の隙間」
「ミオ様?」
「祠の隙間に白砂が詰まっているみたいです」
「払うのですか」
「たぶん」
「ミオ様が払うと」
「何か起きますね」
「はい」
「言わなくても分かるようになってきました」
リタは少し申し訳なさそうにした。
村人たちは、祠の周りを遠巻きに囲んでいる。中央の白い円を見た後なので、もう誰も気軽に近づかない。ミオが透明の板を祠へ向けると、何人かが手を合わせた。
「聖女様が、古い祠をお開きになる」
「開きません」
「では、お清めに」
「掃除です」
「聖なる掃除」
「増やさないでください」
白狐が祠の屋根に手をかざした。
「石は崩れていません」
「よかったです」
「ですが、隙間に白い砂が多いですね」
「見えます?」
「はい。屋根の下と、台座の横です」
「そこを払えばよさそうですね」
「少しずつです」
ミオは布を出した。
北、井戸、畑、東西の石。何度も白い砂を払ったせいで、布はもうかなり白い。普通の布だと言い張るには、少し無理がある。村人たちが見ている前で取り出すと、ざわっとした。
「聖布だ」
「普通の布です」
「東の石を鎮めた布だ」
「普通の布が、たまたま役に立ちました」
「聖女様の普通は、普通ではない」
「言い返しにくいです」
ミオは布の端を細く折った。
祠の屋根の下、石と石の間に、そっと入れる。
ぱふ。
白い砂が細く舞った。
祠の中で、ちょん、と灯りが跳ねる。
広場の白い円も、ふわ、と一度だけ光った。
ミオは手を止めた。
「今、円も光りました」
「はい」
「祠だけじゃないです」
「中央とつながりかけていますね」
「かけている、で止めたいです」
「止まりますか」
「止まらない気がします」
白狐は答えなかった。
ミオは、もう少しだけ砂を払った。
さらさら。
石の隙間から、細い白線が出る。
その線は、祠の台座を回り、土の上へ降り、広場の白い円へ向かった。だが、途中でまだ切れている。あと少し。ほんの手のひら一枚分くらいの距離だ。
透明の板の表示が変わる。
[SHRINE WHITE SAND]
――――――――――
白砂:除去中
祠線:一部露出
中央受け場:反応
灯り:移動準備
不足:台座下
――――――――――
「台座下」
「ミオ様?」
「下です」
「また下ですか」
「はい。最近、下ばかりです」
「村の下に、いろいろありますね」
「ありすぎです」
ミオは祠の台座を見た。
動かせる大きさではない。石でできているし、古い。下に手を入れる隙間も少ない。そこに白い砂がたまっている。どう見ても、やりにくい場所だった。
「白狐さん」
「はい」
「台座下を払うには」
「細い枝か、平たい板が必要ですね」
「ありますか」
「村の方に頼みましょう」
村人の一人が、すぐに細い木片を持ってきた。別の人が薄い木べらを持ってきた。誰かが布も持ってきた。集まるのが早い。
「準備がいいですね」
「聖女様のお清めだからな」
「掃除です」
「掃除でも、聖女様の掃除だ」
「もう勝てない気がします」
リタが、小さくうなずいた。
「ミオ様」
「はい」
「今日は、勝たなくてもよいと思います」
「何にですか」
「呼び方に」
「負けたくないです」
ミオは木べらの先に布を巻き、祠の台座下へそっと差し込んだ。
こすらない。
押さない。
ただ、白い砂を引っかけるように、ゆっくり動かす。
さら。
さらさら。
台座の下から、白い砂が出てくる。
思ったより多い。
小さな山になって、祠の前に落ちた。
灯りが、ちょん、とその山を飛び越えた。
広場の白い円へ、一歩近づく。
「動きました」
「動きましたね」
「あと少しです」
「はい」
ミオはもう一度、木べらを差し込んだ。
さら。
今度は、白い砂と一緒に、小さな石片が出てきた。
欠けた石だ。
祠の台座の一部だろうか。丸く削れていて、表面に白い線が一本入っている。ミオが拾うと、透明の板の表示が濃くなった。
[SHRINE KEY PIECE]
――――――――――
欠け石:検出
祠線:断線
中央受け場:待機
作業:欠け石を戻す
注意:押し込み不可
――――――――――
「戻す」
「ミオ様?」
「この石を戻すみたいです」
「押し込んではいけないのですか」
「はい。押し込み不可って出ています」
「では、置くのですか」
「たぶん、そうです」
ミオは祠の台座をよく見た。
右下の角に、小さな欠けがある。そこへ石片を近づけると、白い線がふわっと浮いた。ぴったりではない。少し向きを変える。もう少し。角度を変える。白い線がつながる。
カチ、とは鳴らなかった。
ただ、ふわ、と石片が吸い寄せられ、台座の欠けへおさまった。
村人たちが声を出す。
「石が戻った」
「ミオ様が戻された」
「置いただけです」
「置いて戻るのが、聖女様です」
「そういうことにしないでください」
祠の中の白い灯りが、今度は大きく跳ねた。
ちょん。
ちょん。
ちょん。
祠から広場へ向かう白い線が、最後の隙間をつないだ。
広場の白い円が、ふわりと明るくなる。
東側の石。
西側の石。
井戸。
地下倉庫。
畑。
古い祠。
それぞれが、小さく一度ずつ鳴った。
こつん。
こつん。
こぽん。
ことん。
ぱた。
ちょん。
最後に、広場の円が、ぽん、と低く鳴った。
透明の板の表示が変わった。
[CENTER LINK COMPLETE]
――――――――――
中央受け場:仮接続
東西係留:接続
井戸水重心:接続
倉庫荷重:接続
畑風受け:接続
古い祠:接続
状態:中央確認待ち
――――――――――
「つながりました」
「ミオ様」
「はい」
「全部ですか」
「今、見えている分は」
「今、見えている分」
「はい。そこが怖いです」
村人たちは、祠と広場の円を見比べていた。
聖女様が古い祠を清め、欠けた石を戻し、村の中心へ光を通した。
たぶん、そう見えている。
ミオとしては、砂を払って、石を戻しただけだ。
だが、祠から広場へ白い線が伸びているので、やっぱり否定が弱い。
「白狐さん」
「はい」
「中央へ戻るんですよね」
「はい」
「円の中には」
「まだ入らない方がよいでしょう」
「よかったです」
「ですが、外から確認は必要です」
「ですよね」
リタが、そっと祠へ頭を下げた。
村人たちも、つられて頭を下げる。
ミオも、なんとなく下げた。
祠の白い灯りは、もう跳ねていない。石の中に戻ったのか、見えなくなっている。ただ、台座の欠けに戻した石片だけが、うっすら白い。
広場の方で、ぽん、と音がした。
さっきより低い。
さっきより近い。
透明の板の端で、中央確認待ちの文字が濃くなる。
「行きましょう」
「はい、ミオ」
「ミオ様」
「はい」
「中央が、また鳴りました」
「聞こえました」
「行きますか」
「行きます」
ミオは透明の板を持ち直した。
祠から広場へ、白い線がすうっと伸びている。
その線の先で、白い円が、薄く、丸く、待っていた。
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