第130話 小祠の奥へ
北の小祠を起点にすると、村の距離感が変わった。
第三標識から北を見れば、草の奥の白い点はまだ遠い。けれど、実際に小祠まで歩けることを村人が確かめたあとでは、その点はもう外れではなかった。途中の祠石で礼をし、北の入口の右の石を踏み、小祠の前で急がず足を止める。その手順が村の中に残り始めている。
ミオは小祠の前で透明な板を開いた。
[NORTH SMALL SHRINE BASE]
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北の小祠:灯り維持
村人到達:成立
石皿:維持
奥線:微弱継続
本日目的:奥線の実地確認
人数:ミオ/白狐さん/神官/リタ
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「今日は村の見届け役なし?」
「はい。奥線はまだ細いので、まずは小祠の周りだけを見ます」
神官が答えた。
リタは布包みを持っているが、供物は小祠分だけだ。豆三粒、塩少し、水一滴。それ以上はない。余分なものを持つと、置きたくなる。リタがそう言って、最初から袋をひとつにしてきた。
「増やさない準備ですね」
「はい。増やさないための準備です」
「いいと思う」
白狐さんは小祠の裏手に回っている。
昨日、北東奥に一瞬だけ見えた未登録の古い灯り。その方向へ、白狐さんの耳が向いていた。草は深い。小祠までの道とは違い、人の足が入った跡はほとんどない。石も線としては残っていない。ところどころ、草の下で白い面が見えるだけだ。
「白狐さん」
「はい」
「今日はどこまで?」
「小祠の灯りが届くところまでです」
「届かなくなったら?」
「戻ります」
「分かりやすい」
ミオは板を下げた。
この「戻る」は、説明ではない。実際に小祠の灯りが途切れる場所を見に行く。そこで次の線が見えるかどうかを確かめる。北東奥の灯りを追いかけるのではなく、小祠からどこまで足が届くかを見る。
白狐さんが一歩進む。
ミオも続いた。
小祠の裏手は、草が腰近くまで伸びている場所もあった。根が絡み、土が柔らかい。線の上を踏まないように歩く、というより、線の横に見える石の欠片を拾って進む。白狐さんが先に耳で探り、ミオが足を置く。神官とリタは小祠の前に残り、灯りを見ている。
[INNER LINE FIELD]
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起点:北の小祠
歩行:小祠灯り範囲内
石面:断続
草根:深い
未登録灯り:方向のみ
干渉:低
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「石、少ないね」
「はい。でも、消えてはいません」
「白狐さんには見える?」
「見えるというより、足が避けます」
「足が」
「変な言い方です」
「でも、分かる」
白狐さんの足は迷っていない。急いではいないが、止まりもしない。草の中で、細い石の端を選ぶように進む。ミオはその後ろを歩きながら、透明な板の表示を見すぎないようにした。板を見ると、足元がおろそかになる。
小祠から十数歩。
草の高さが少し下がる。
そこに、細長い石が倒れていた。
標識ではない。祠石でもない。古い敷石の一部だろう。けれど、石の上に白い線がかすかに残っていた。北東へ向かっている。
「これ、奥線?」
「はい。小祠から先の道です」
白狐さんが石の横に座った。
ミオは透明な板をかざす。
[INNER NORTH PAVEMENT]
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種別:奥側敷石
接続:小祠奥線
方向:北東
灯り:微弱
状態:断続
次反応:前方にあり
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「次反応あり」
「近いですか」
「たぶん、もう少し」
ミオが言うと、小祠の前にいたリタが背伸びした。
「こちらからは見えません」
「うん。草で隠れてる」
神官の声が届く。
「灯りはまだ見えています」
「じゃあ、もう少し」
ミオは白狐さんと一緒に進んだ。
草の奥で、空気が変わる。
大げさなものではない。風の流れが少し抜ける。草が切れて、低い窪地があるのだ。そこに、小さな石の輪が半分だけ出ていた。祠ではない。井戸でもない。何かの基礎の跡だ。
白狐さんが足を止める。
「ここで、急いでいたのだと思います」
「朝の記憶?」
「はい。誰かが、小祠からここへ走って、北東を見ました」
ミオは窪地の縁に立った。
北東の草の奥で、白い点がもう一度光った。
昨日より長い。
点というより、短い縦の灯りだった。遠い。けれど、今度は目で追える。草の間で一瞬だけ立ち上がり、すぐに細くなる。
透明な板に表示が入る。
[UNREGISTERED OLD LIGHT]
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位置:北東奥
反応:再検出
形状:縦灯り
接続:奥側敷石と一致
距離:中
名称:未登録
次候補:旧い灯り場
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「旧い灯り場」
「祠ではないのですか」
リタが小祠前から声をかける。
「まだ分からない。祠じゃなくて、灯り場って出てる」
「灯り場……」
神官がその言葉を繰り返した。
白狐さんは北東を見ていた。
「白狐さん、あれは急いでる?」
「はい。昨日より、はっきりしています」
「呼んでる?」
「呼ぶというより、待ち切れないのだと思います」
「灯りが?」
「そこに残った用事が」
ミオはその言い方を、今度は少しだけ板に残した。
残った用事。
祠道の奥に、まだ終わっていないものがある。小祠はそのための中継点だったのかもしれない。誰かが朝に走った。小祠に手を置き、この窪地まで来て、北東を見た。その先に、旧い灯り場がある。
ミオは窪地の縁に、小さな白い石を置いた。
目印ではない。石を置いたというより、足元で転がっていたものを、見えるところへずらしただけだ。次に来る時、ここが小祠の灯りの届く端だと分かる。
白狐さんがそれを見て、うなずいた。
「それでよいです」
「置きすぎてない?」
「はい。動かしただけです」
ミオは少し笑った。
小祠へ戻る。
戻る途中、敷石の白い線はさっきより見えやすくなっていた。強くなったというより、目が慣れたのかもしれない。小祠の灯りが背中側から草を照らしている。神官は石皿の前で待っていた。リタは水袋を閉じている。
「見えましたか」
「うん。北東奥に、旧い灯り場。祠かどうかはまだ分からない」
「旧い灯り場……」
「そこに残った用事があるって、白狐さんが」
白狐さんは小祠の前に戻ると、灯りを見た。
「小祠は、そこへ行く前の場所です」
「中継点?」
「はい。ここで息を継いで、奥へ行きます」
リタが石皿を見た。
「では、小祠の灯りを保つことが、奥へ行く準備になるのですね」
「うん」
ミオは透明な板を開いた。
[NORTH INNER UPDATE]
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北の小祠:北側中継点
奥側敷石:確認
小祠灯り範囲:窪地まで
未登録灯り:再検出
仮称:旧い灯り場
次回目的:灯り場への接近
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「灯り場への接近」
「次は、そこまで行くのですか」
リタの声には、怖さと期待が混じっている。
「たぶん。小祠の灯りが残っていれば」
神官がうなずいた。
「ならば、まず小祠の灯りを保ちましょう。村の者にも、小祠までの手順を崩さぬよう伝えます」
「お願いします」
ミオは小祠の灯りを見た。
北の入口から小祠まで。
小祠から奥側敷石へ。
奥側敷石から、旧い灯り場へ。
草の中で、北側の道が線ではなく、いくつかの場所として見え始めている。
第三標識へ戻ると、村人たちが北の小祠の白い点を見ていた。ミオたちが戻る前から、灯りが残っているかを確かめていたらしい。
神官が報告する。
「小祠の奥に、敷石が残っていました。その先、北東に旧い灯り場と思われる反応があります。まだ祠とは分かりません」
村人たちはざわめいた。
「小祠の先にも」
「北東……」
「灯り場って何だ」
誰かが言う。
ミオもまだ知らない。
ただ、見た。
草の奥で縦に立つ白い灯りを。
白狐さんは第三標識の横に座り、北東を見たまま言った。
「急いでいます」
「うん」
「でも、今度は場所が分かりました」
「次は、そこへ行ける」
白狐さんはうなずいた。
村の北側は、小祠で止まらなかった。
草の奥に、旧い灯り場が見えた。
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