第129話 小祠までの道
北の小祠へ向かう道を、村人が初めて歩いた。
全員ではない。神官が選んだ三人だけだ。水路番の男、畑仕事をまとめている女、それから若い荷運びの青年。小祠へ供物を置きに行くためではなく、村の者がどこまで歩けるかを見るためだった。
ミオは第三標識の前で、透明な板を開く。
[VILLAGE WALK CHECK]
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目的:村人による小祠前到達確認
人数:三人
供物:なし
手順:入口石/途中祠石/小祠前
注意:線上を踏まない
白狐さん同行:あり
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「今日は村の人が歩く」
「はい。見ているだけでは、道になりませんから」
神官は静かに答えた。
白狐さんは第三標識の横で、三人を順に見ていた。少し厳しい顔だ。いや、狐の顔でどこまで厳しいのかは分からない。けれど、尾がまっすぐ草の上に伸びている。
「白狐さん、どう?」
「急ぐ人は向きません」
「急ぎそうな人いる?」
「荷運びの方は足が早いです」
「俺ですか」
荷運びの青年が自分を指さした。
「足が早いのはいいことだと思ってました」
「今日は、少し悪いことです」
「気をつけます」
村人たちの間から小さな笑いが起きた。硬さが少し取れる。ミオはそれを見て、悪くないと思った。北へ向かう道が、怖いだけの場所になっていない。
第三標識から古い祠へ向かう。
そこまでは、もう村人も何度か見ている。問題は、その先だ。北の入口。途中の祠石。北の小祠。昨日まで、ミオたちだけが踏んだ場所を、今日は村の人が歩く。
入口の白い輪は、薄いままだが消えていない。
「右の石です」
「中央ではなく?」
「はい。中央はまだ踏みません」
白狐さんが先に示す。水路番の男が慎重に足を置いた。石が白く返る。次に畑仕事の女。最後に荷運びの青年。青年は一歩が大きくなりかけ、白狐さんに見られて足を縮めた。
「今のは」
「すみません」
「よいです。縮めましたので」
「はい」
ミオは少し笑った。
北の入口を越えたあと、白い筋の横を歩く。線の上には乗らない。草道は昨日より分かりやすい。三人の足が入ると草が少し倒れ、石の端が見えた。道を作るというより、道だった場所を見つけ直している感じだった。
途中の祠石で、神官が止まる。
「ここでは礼だけです」
「供物は置かない」
「はい」
三人が順に頭を下げる。祠石の細い線が、北の小祠へ向かって光った。水路番の男が、草の先を見て息を吐く。
「本当に、返るんですね」
「はい。礼だけで十分な場所です」
神官の声は落ち着いている。村の人に説明する声だ。昨日の驚きは、もう手順に変わり始めていた。
[WAYSTONE PASSAGE]
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途中祠石:礼成立
村人通過:三人
供物:なし
北側線:維持
小祠灯り:視認
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北の小祠の灯りが見えた時、三人は自然に足を止めた。
草の奥に、小さな白い点がある。近づくと、石組みの屋根が見え、蔓をよけた石皿が見えた。昨日置いた供物の跡はもうない。灯りだけが奥に立っている。
畑仕事の女が、手を合わせた。
「小さい祠ですね」
「はい。でも、北の道には大きいです」
神官が答えた。
ミオは透明な板をかざした。
[NORTH SMALL SHRINE ACCESS]
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村人到達:成立
石皿:維持
小祠灯り:安定
奥線:微弱
手順:再現可能
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「再現可能」
「村の者だけでも、ここまでは来られますか」
神官が聞く。
「少人数なら。白狐さんの手順を覚えれば」
「中央を踏まない。祠石では礼だけ。小祠では右側」
「あと、急がない」
荷運びの青年が自分で言った。
白狐さんがうなずく。
「大事です」
その言い方に、また少し笑いが起きた。
小祠の前で、供物は置かない。今日は歩けるかを見る日だ。ミオがそれを言う前に、リタが布包みを開かずに持ち直した。小祠の灯りはすでに入っている。毎回何かを足せばいいわけではない。
白狐さんが小祠の裏手を見た。
北東奥の未登録の灯りは、今日は見えない。けれど、奥線は細く残っている。小祠を起点に、さらに先へ伸びている。
「ミオ」
「うん」
「村の人がここまで来られるなら、次は奥を少し見られます」
「小祠が起点になる?」
「はい。入口ではなく、ここから始められます」
ミオはその言葉を聞いて、板の表示を切り替えた。
[NORTH ROUTE BASE]
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第三標識:村側起点
北の小祠:北側中継点
村人到達:成立
奥線確認:次回候補
未登録灯り:保留
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「北側中継点」
「中継点、ですか」
リタが小祠を見た。
「うん。ここまで来られるなら、次はここから奥を見る」
ミオは小祠の灯りを見た。
この小さな祠が、北側の端ではなくなった。村の人が歩ける。手順を覚えられる。礼だけで済む場所と、供物を置く場所の違いも見えてきた。ここを中継点にすれば、奥の祠道線を無理に第三標識から引っ張らなくていい。
村へ戻ると、三人がそれぞれ自分の言葉で報告した。
「入口は右の石」
「祠石は礼だけ」
「小祠は、急がない」
最後の青年の言葉に、村人たちが笑った。
笑いが出たことで、北の道は少し村のものになった。
神官がそれを静かに聞き、最後にまとめる。
「明日から、北の小祠へ向かう者は、必ず二人以上。供物は神官が定めた時だけ。途中の祠石に物は置かない。草を刈る時は、白い筋の上を避けます」
村人たちはうなずいた。
ミオは透明な板に、それを長く記録しなかった。細かい規則を増やすためではない。村の人が、実際に見て歩いた。それで十分だった。
板には短く残す。
[VILLAGE ROUTE RESULT]
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北の小祠まで:村人到達成立
手順:共有済
北側中継点:成立
次回:小祠起点で奥線確認
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白狐さんが第三標識の前で、荷運びの青年を見上げた。
「足は早くてもよいです」
「本当ですか」
「急がなければ」
「難しいですね」
「練習です」
青年は真面目にうなずいた。
ミオはそのやり取りを聞きながら、北の白い点を見た。
村人が歩いたことで、道は一段変わった。
もう、ミオと白狐さんだけが知っている場所ではない。
第三標識から北の小祠まで、村の足が届いた。
その先に、まだ名前のない古い灯りがある。
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