第128話 奥の祠道線
北の小祠の灯りは、翌朝も残っていた。
第三標識の前から見ると、草の奥に小さな白い点が浮いている。昨日より強いわけではない。けれど、消えていない。途中の祠石も、北側の線も、薄くつながったままだ。村人たちは朝の仕事の前に足を止め、北の方を見てから畑や水路へ散っていった。
リタが小さな包みを持ってきた。麦を固めた薄い焼き菓子と、水袋だけだ。
「朝の分です。歩くなら、先に少しだけ」
「ありがとう」
ミオは焼き菓子を半分だけ食べた。固い。甘くはない。けれど、口の中で麦の匂いが広がる。白狐さんは横で見ていたが、何も言わなかった。油揚げの話もしない。今日の白狐さんは、最初から北を見ている。
「白狐さん、食べる?」
「少しだけ」
リタが小さく割って差し出すと、白狐さんは一欠片だけ食べた。
「悪くありません」
「よかったです」
「油揚げではありませんが」
「言いましたね」
「確認です」
ミオは笑って、水を一口飲んだ。そこまでで十分だった。食事のために集まったわけではない。北の小祠が、朝を越えた。それを確かめに行く。
[MORNING NORTH STATUS]
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北の入口:維持
途中祠石:微光
北の小祠:灯り残存
奥の祠道線:未確認
供物:小祠分のみ準備
人数:少人数
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「灯り残ってる」
「はい。夜を越えました」
神官の声は落ち着いていた。昨日の震えはもうない。その代わり、杖を握る手に力が入っている。喜びよりも、次の段取りを考えている顔だった。
「今日は、小祠の灯りを乱さず、その奥を見ます」
「供物は?」
「小祠に、昨日と同じだけ。増やしません」
「豆三粒、塩少し、水一滴」
「はい」
リタが布包みを胸に抱える。昨日のような緊張はある。だが、手つきは昨日より早い。
ミオたちは北の入口を越えた。
白い輪は薄いままだが、石は足を受ける。途中の祠石では、神官が短く礼をした。供物は置かない。祠石の細い線が、小祠へ向かって一度だけ光る。昨日見つけた場所が、もう途中の点になっている。
北の小祠へ着くと、灯りは小さな石室の奥で立っていた。
豆三粒の跡は残っていない。塩も見えない。水の跡だけが、石皿の端にうっすら残っていた。石皿は昨日直した向きのままだ。蔓は屋根に絡んでいるが、灯りを邪魔してはいない。
[NORTH SMALL SHRINE MORNING]
――――――――――
小祠灯り:維持
石皿:向き維持
蔓:干渉なし
供物跡:消化済
奥線:微弱
――――――――――
「消化済って出た」
「食べたみたいですね」
「リタ、それは違うと思う」
「でも、少しそう見えます」
ミオは少し笑った。白狐さんも、口元だけ動かした。
神官が小祠の前で膝を折る。リタが豆三粒を石皿の右側へ置き、塩を少し添えた。昨日と同じ。白狐さんが位置を見て、うなずく。水はまだ入れない。
「今日は奥を見ます」
「はい」
ミオは透明な板を開く。
昨日は、小祠からさらに奥へ細い線が出たところで止めた。今はその線が、小祠の奥の石室から草の下へ伸びている。まだ弱い。だが、消えていない。
[INNER NORTH LINE]
――――――――――
起点:北の小祠
線:微弱継続
方向:北東寄り
途中反応:未確定
干渉:低
推奨:小祠前から目視確認
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「北東寄り」
「北へまっすぐではないのですね」
神官が言う。
「うん。少し曲がってる。草の奥に、反応がある」
「小祠のさらに先ですか」
「たぶん」
ミオは小祠の裏手へ回り込んだ。
そこは草が深い。入口から小祠までの草道よりも、さらに手が入っていない。けれど、石の欠片がある。道として残っているのではなく、ところどころに白い面が見えるだけだ。祠道というより、線の跡に近い。
白狐さんが横へ来る。
「ミオ、足を置くなら、灯りの上ではありません」
「灯りの上?」
「見えるところを踏むと、細くなります」
「じゃあ、横?」
「はい。横を歩きます」
ミオは線のすぐ横を歩いた。足元は頼りない。草を踏むたび、湿った音がする。線の上には乗らない。けれど、線から離れすぎると道が分からない。白狐さんが少し前で耳を動かし、ミオがその後ろに続く。
神官とリタ、見届け役の村人は小祠の前に残った。
今日は全員で奥へ入らない。小祠から見える範囲で、奥線の向きを確かめる。遠くへ行くより、線がどこへ向かうかをつかむ方が大事だった。
草の切れ目まで進むと、奥に白い点が一瞬だけ見えた。
「見えた」
「はい」
白狐さんも同じ方を見ている。
小さな点だ。祠石の灯りよりも細い。小祠の灯りよりも遠い。点というより、草の向こうで何かが反射したような白だ。だが、透明な板にも反応が出た。
[DISTANT OLD LIGHT]
――――――――――
種別:未確定
位置:北東奥
反応:瞬間
接続:小祠奥線と一致
名称:未登録
推奨:追跡せず、方向保存
――――――――――
「未登録」
「名前のない灯りですか」
「うん。まだ遠い」
ミオはその場で止まり、透明な板に方向だけを残した。追わない、と言う必要はなかった。足元がまだ弱い。小祠の灯りも入ったばかりだ。奥の点を見た。それで十分だった。
小祠の前へ戻ると、リタが水袋を差し出した。
「一滴、入れますか」
「うん。昨日と同じ」
リタが水を一滴、石皿の右側へ落とす。
小祠の灯りが少しだけ太くなった。草の奥へ伸びる線も、短く白を返す。遠くの未登録の点は、もう見えない。けれど、方向は残っている。
[NORTH SMALL SHRINE UPDATE]
――――――――――
灯り:維持強化
奥線:方向保存
北東奥:未登録灯り反応
供物:基準量
次回:奥線方向の再確認
――――――――――
「北東奥か」
「さらに村から離れますね」
神官が小祠の裏を見た。
「でも、もう線がある」
「はい」
ミオはうなずく。
線がある。小祠の奥に、名前のない白い点がある。そこまで行けるかはまだ分からない。でも、北の小祠は終点ではなくなった。村の北側には、さらに奥がある。
第三標識へ戻ると、村人たちは小祠の灯りが残っているかを気にしていた。ミオたちの報告を聞く前に、何人かが北を見ている。
神官が説明する。
「北の小祠の灯りは、朝を越えて残っていました。昨日と同じだけ供物を置き、奥へ続く祠道線の向きを確認しました。北東の奥に、未登録の古い灯りがあります」
「未登録……?」
「まだ名の分からぬ灯りです。追うのは次以降です」
村人たちはざわめいた。
恐れではない。小祠で終わらなかったことへの驚きだ。第三標識の前にいるのに、視線はさらに北へ、さらに奥へ伸びている。小祠の白い点が、その視線を受けるように草の奥で残っていた。
ミオは透明な板を開いた。
[NORTH ROUTE CHAIN]
――――――――――
第三標識
→ 古い祠
→ 北の入口
→ 途中祠石
→ 北の小祠
→ 奥の祠道線
→ 北東奥の未登録灯り
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「こうして見ると、けっこう進んだね」
「はい。村の北側が、広くなりました」
リタが言った。
ミオは頷いた。
広くなった。
ただし、地図に名前を増やしたからではない。入口を踏み、祠石に礼をし、小祠に灯りを入れ、奥に白い点を見た。村人もそれを見ている。北側はもう、誰かの話だけではない。
白狐さんが第三標識の横で、耳を北東へ向けていた。
「白狐さん」
「はい」
「あの灯り、何か分かる?」
「まだ分かりません」
「怖い?」
「いいえ」
「じゃあ?」
「少し、急いでいます」
ミオは白狐さんを見た。
「灯りが?」
「たぶん」
白狐さんは、草の奥を見たまま答える。
北の小祠の灯りが、風の中で小さく揺れる。
その奥に、名前のない古い灯りがある。
村の北側は、まだ終わっていなかった。
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