第131話 旧い灯り場
旧い灯り場へ向かう朝、神官は北の小祠に先に礼をした。
大きな儀式ではない。豆三粒と塩少し、水一滴。昨日と同じだけを石皿の右側へ置き、灯りが立つのを待つ。白い点が奥で少し太くなり、小祠の裏手へ細い線を返した。
リタは布包みを閉じた。
「今日は、これで終わりですね」
「うん。追加なし」
「はい」
ミオは透明な板を開く。小祠の灯りは安定している。奥側敷石までの線も残っている。窪地の縁にずらした白い石も、表示の端に小さく出ていた。目印として登録したわけではない。けれど、見える場所に動かしたことで、次に足を置く位置が分かる。
[OLD LIGHT FIELD ACTION]
――――――――――
起点:北の小祠
小祠灯り:安定
奥側敷石:確認済
窪地:前回到達点
目的:旧い灯り場への接近
供物追加:なし
人数:少人数
――――――――――
「今日は灯り場まで」
「はい。ただし、祠かどうかは現地で確認です」
神官が言った。
白狐さんはもう小祠の裏手にいる。耳は北東へ向き、尾は草の上に低く伸びている。急いでいる顔ではない。だが、足が前へ出たがっているのは分かった。
「白狐さん」
「はい」
「走らない」
「走りません」
「荷運びの青年みたいに言った」
「私は急いでいません」
「ほんとに?」
「少しだけです」
リタが小さく笑った。
小祠の裏手から奥側敷石へ進む。
昨日より道が分かる。草は深いが、白い線が完全に隠れているわけではない。敷石の横を歩き、窪地の縁へ出る。白い石は昨日動かした場所にあった。そこから先、北東の草が低くなっている。
ミオは足を止めず、透明な板を一度だけ見た。
[INNER NORTH PAVEMENT]
――――――――――
奥側敷石:継続
窪地:通過
旧い灯り場:前方
灯り反応:断続
干渉:低
――――――――――
「前方」
「見えますか」
リタが聞く。
「まだ。でも反応は近い」
白狐さんが先へ出る。
草の背が低くなり、地面が少し固くなった。石の欠片が増える。敷石ではなく、丸い石や薄い石が混じっている。何かを囲んでいた跡のようだった。北の小祠の石組みとは違う。もっと低く、もっと広い。
風が抜ける。
草が左右に倒れた。
その奥に、円形の石場があった。
石で囲った低い場所。中央に灯り皿のような丸い窪みがあり、その周りに古い溝が四本伸びている。屋根はない。祠の形でもない。けれど、中央の窪みに白い縦灯りが一瞬立った。
神官が息を止めた。
「これは……」
「祠じゃないね」
「はい。祭壇でもありません。灯りを分ける場所に見えます」
透明な板に表示が入る。
[OLD LIGHT FIELD]
――――――――――
種別:灯り場
中央:灯り皿
溝:四方向
屋根:なし
接続:北の小祠/北東奥/東側不明/西側不明
状態:未起動
――――――――――
「四方向?」
「四つに分けていたのでしょうか」
神官が円形の石場へ近づく。
白狐さんが短く鳴いた。
「中央は踏まないでください」
「はい」
神官は足を止めた。
ミオは灯り場の縁に回った。中央の灯り皿は、土で半分埋まっている。水はない。供物皿とも違う。小祠の石皿が受ける場所なら、ここは分ける場所に見えた。四本の溝は浅く、草の根が入り込んでいる。一本は小祠の方へ。もう一本は北東の奥へ。残り二本は東と西へ薄く伸び、途中で見えなくなっている。
「ここ、道が分かれてる」
「はい」
白狐さんは中央を見ている。
「誰かが、ここで朝の灯りを分けました」
「さっきの記憶?」
「はい。小祠で息を継いで、ここへ来て、灯りを四つに分けたのだと思います」
「どこへ?」
「北東と、東と、西。小祠へ戻る分も」
ミオは透明な板を見る。
REN表示は出ていない。未分類でもない。けれど、板の端に一瞬だけノイズが走った。文字にならない。名前にもならない。すぐに消える。
ミオは追わなかった。
中央の灯り皿を見る。
「起こす?」
「少しだけ」
白狐さんの声は小さかった。
「起こしすぎると、どこかへ走ります」
「灯りが?」
「はい。今は、中央を拭くだけでよいです」
リタが布を取り出す。
ミオは灯り皿の土を指で少し払った。乾いた土が崩れ、白い石面が出る。リタが布で端を拭く。神官は手を合わせている。白狐さんは中央に近づかず、四本の溝を見ていた。
土が取れると、中央の窪みに細い白い線が現れた。
丸ではない。
四つに割れた印だ。
[LIGHT FIELD CORE]
――――――――――
中央灯り皿:露出
分岐印:四方向
供物:不要
水:不要
推奨:清掃のみ
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「供物、いらない」
「水もですか」
「うん。清掃だけ」
リタは水袋を閉じた。
神官が深く息を吐く。
「場所によって、作法が違うのですね」
「たぶん。ここは受ける場所じゃなくて、分ける場所だから」
ミオがそう言うと、白狐さんがうなずいた。
「はい。ここに置くと、行き場を間違えます」
「怖いこと言うね」
「怖いので、置きません」
リタが布包みをしっかり抱え直した。
中央の分岐印が、ふっと光る。
四本の溝へ、白い線が短く走った。
小祠側。
北東側。
東側。
西側。
全部が同じ強さではない。小祠側がいちばん安定している。北東側は短く、急ぐように光る。東側と西側は、ほんの一瞬だけだった。
ミオの板に、新しい表示が走る。
[LIGHT FIELD CONNECTION]
――――――――――
小祠側:接続安定
北東側:反応強
東側:微弱
西側:微弱
灯り場:清掃で再反応
次候補:北東側線
――――――――――
「北東側が強い」
「やはり、そちらですか」
神官が北東を見た。
そこには、さらに草の低い帯が続いている。遠くは見えない。けれど、今までより線が太い。灯り場を起点にすると、北東へ向かう祠道が分かりやすくなる。
白狐さんの耳がぴんと立った。
「ミオ」
「うん」
「北東は、走る道です」
「走る?」
「祈りを持って走る道です。人が急ぐのではなく、灯りが急ぎます」
「そこに、残った用事がある?」
「はい」
ミオは北東の線を見た。
草の奥へ、白い筋が伸びている。小祠から見た時より、ずっとはっきりしていた。灯り場を通ったことで、線が分かれた。村の北側は、また一段広がった。
[NORTH ROUTE EXPANSION]
――――――――――
北の小祠:中継点
旧い灯り場:分岐点
北東側線:優先反応
東西線:保留
次回目的:北東側線の走行確認
――――――――――
「走行確認って出た」
「走るのですか」
リタが驚いた顔をする。
「たぶん、歩き方の話じゃない。灯りの流れが速いんだと思う」
「でも、急ぐ場所なのですね」
「うん」
白狐さんが灯り場の縁に座る。
「今日は、ここまででよいです」
「白狐さんが言うなら、そうだね」
ミオは北東の線をもう一度見た。
今は、そこへ踏み込まない。言葉にしなくても、足元で分かる。灯り場の中央を清掃したばかりだ。四方向の線も出たばかりだ。北東側が強い。東西にも何かある。情報が一気に増えた。
ここで全部を追うより、灯り場を村へ持ち帰る必要がある。
神官が村へ戻る前に、灯り場の縁で手を合わせた。
「ここには何も置かず、清めるだけ。その作法を覚えます」
「はい」
リタも頷く。
帰り道、小祠へ戻ると、小祠の灯りは少し太く見えた。灯り場との線がつながったからだろうか。第三標識へ戻ると、村人たちは北の小祠だけでなく、そのさらに奥を見ようとしていた。
神官が報告する。
「北の小祠の奥に、旧い灯り場がありました。祠ではありません。灯りを四方へ分ける場所です。供物も水も置かず、清掃だけで反応しました」
村人たちはざわめいた。
「四方へ?」
「北東だけではなく?」
「東と西にも?」
ミオは透明な板を開いた。
[NORTH ROUTE CHAIN UPDATE]
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第三標識
→ 古い祠
→ 北の入口
→ 途中祠石
→ 北の小祠
→ 旧い灯り場
→ 北東側線/東西微弱線
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「北の道、分かれた」
「はい」
リタが息を呑む。
白狐さんは第三標識の横で、北東を向いたままだ。
「白狐さん」
「はい」
「次は北東?」
「はい。急いでいるのは、そちらです」
ミオは北を見た。
小祠の白い灯りの奥に、灯り場がある。
そこから北東へ、速い線が伸びている。
村の北側は、一本の道ではなかった。
分岐した。
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