第6房 異変の源流
----窓の外はいつもと変わらない殺風景なビル。ビル。ビル。
曇天の空はまるで俺の気持ちを映し出した様だった。
デスクの上のディスプレイには折れ線グラフと数字の羅列。これもお願いねーと軽い言葉とは裏腹に相当量の書類の束がどさっという音と共に机に積まれた。
あれ、俺一体何してたんだっけ?
...おい!おい!聞いてんのか?と男に怒鳴られる。
あれ?誰だっけ?なんで俺怒られてるんだっけ?
次の瞬間床が抜けて奈落の底へ落ちていく.-----
気がつくといつもの見慣れた天井。汗でぐっしょりと濡れたパジャマが気持ち悪かった。
ーーーなんだよ。夢か?どっちが?でも確かな感触は今もある。このドコドコとうるさい心臓も本物だ----
まだ空が白み始めた朝。少し早いけど起きるかとベッドから起き上がった。
服を着替え散歩に出る。早朝の街はまだ静かだった。無論、商人たちや働く者たちの音はするが忙しない日常とはかけ離れた澄んだ空気感だった。
空に彗星が現れて2週間が経った。あの彗星は"禍星"と呼ばれている。なんでも魔女の仕業で、魔女は地上に落とす気らしい。強力な磁場を放っておりその影響で地殻が反応し先日の地震が発生したとパイルランダーがマルーシャに説明していたのを盗み聞きしていた。シャバーニもダムの水量が不安定だということで家にいることが少なくなった。
はぁ...と幼きながらも世の中の変動に鬱鬱としていた。薄暗かった空もすっかり太陽がのぼり、コーヒーの香る時間になった。さてと帰るかと踵を返した。
家に帰ると朝ごはんがすでにできていた。マルーシャ、モリーに並びローニーも席に着く。シャバーニの姿は今日もない。
「だんままあわほうおんないんえふた?(旦那様は今日もいないんですか?)」と口いっぱいに頬張りながらモリーが訊ねる。
「そうなのよぉ。でもあなた達が寝静まった頃帰って来てるのよ。その時にお弁当を持たせるんだけど、昨日なんて量が多すぎる!って怒られちゃったわぁ」
この人たちは変わらなくていいなぁ。
「最近は水の影響かわからないけれど作物が不作だったり変形して売り物にならなかったりと農業区の方も大変みたいなのよ。今度そっちにも行くかもなんて言ってたわ」
シャバーニの責任者としての立場では仕方ないのかもしれないが、家族からすればあまり納得できるものではなかった。
朝ごはんの片付けをした後、モリーと今日の予定を話す。
「今日はダムの上流域に行こうと思うんだ。」とモリーに提案する。モリーもいいじゃん!あの辺はまだ行ったことないし面白そうだね!とノリノリだった。
川沿いの道を歩いていく。川の流量は変わった様には見えない。これもウェスト一族が身を粉にして働いているからだろう。
どんどん進んでいくとやがて大きな壁が見えてきた。あれがシャバーニの働くダム。来るのは2年ぶりだ。壁に近づくにつれてダァァアア!という激しい放流の音が近づいてくる。放流の水柱でキラキラと虹がかかっていた。
----ヒソヒソヒソ----ザワzワザzz----
バナの声もノイズ混じりであまり聞こえない。
虹と放流のダイナミックな情景に口を開けて見惚れるモリーの手を引き上流へ続く階段を登っていく。
長い長い階段終わりが見えない。シャバーニの口癖のようによく言われている言葉が不意によぎる。どこまでも続くように見える道でも一歩を踏み出さねば一生そのままだ。立ち止まることも大事だけど、立ち止まったままでは何も変えられない。その言葉を想いをより深く感じながら一段一段登っていく。
1時間ほどかけてようやく頂上に辿り着いた。
モリーはカラカラに干からびて道端で干物になっている。そっと水の入った革袋を差し出すとゴクリゴクリと喉を鳴らして水を頬張った。
ダムの水面は太陽の光を反射して眩しく波紋も立たないほどの静寂に包まれていた。
あれ?思っていたより安定しているけど---
しかしよく見ると水の色が濁っている。手で掬おうとした時「おい!やめとけ!」そう叫んで駆け寄ってきたのは少し細身のゴリラだった。まだ若そうである。「この水は毒だ。禍星のせいかはわからんが源泉から毒が混じってしまってんだ。今はその除染作業でみんな必死になってんだよ。」
切らせた息を整えながら若いゴリラが教えてくれた。
「毒?そうかそれで父様も帰れないのか」
----この濁りは...自然発生的なものか?----
ローニーは脳を巡らせる。モリーが続ける。
「この水のバナから草木と同じような匂いを感じるんだけどなにか毒のある草木から滲み出てるのかな?」
「なるほど!でもそれにしてはこのダム一杯の水となると...どうだろう」
ローニーとモリーはお互いの知性と感性をつなげようとするがいまいち合致しないようだ
「おいおいおい!置いてけぼりにすんなよ」と若いゴリラ
「あなたは?」とローニーが聞く
「俺はここで働くベンドラガーっていうもんだ」と腕を組んで名乗る。
「そういやさっき父様っつてたけどここで親父さんが働いているんか?」
「はい。シャバーニ・ウェストっていうんですが」
その名前を聞いてベンドラガーはギクリとした。
「あぁ親方のご子息であらせられて」
急に塩らしくなる。
「いいんです。偉いのは父様で僕が偉いわけじゃないし、普通に人として接してください」とローニーは応える。そして続ける
「でも...もし可能であればこの先の源流までの道案内をお願いしたいのですが...」
ベンドラガーの顔が晴れて飛び跳ねる。
「そんなことお安いご要だぜぃ」と腕まくりをしてペロリと舌を出す。
こうして新たにベンドラガーを加えて一行は源流に向かった。
道中の川は確かに異変だらけだった。藻のような深緑色のヌルヌルが至る所にあり流れを堰き止めたりしていた。
---まるで植物プランクトンのようだな---ヌルヌルを観察しながらローニーは分析する。
「師匠!これ植物系なら師匠のバナで干渉できますか?」
モリーは手をかざしながら「やってるんだけどダメだよ。これはもう死骸になってる。急激なバナの増殖で内側から細胞ごと破壊されちゃってるみたい。」
ーーー!?じゃあ原因はバナの活性化...やはり禍星の影響か?----
「ベンドラガーさん。異変が起こる前に何か変わったことはありませんでしたか?」
ベンドラガーが指を顎に当てて考える。
「んー.....。」あっ!と目を丸くする「そういやぁダルカスの奴が言ってたなぁ。あダルカスってのは同僚なんですがね、いやぁあいつが頭が固くてですね」
ローニーとモリーの冷ややかな視線がベンドラガーに突き刺さる。
「あぁあすんません。んでダルカスが言うにはなんでもほんの一瞬だったそうですが空に向かって紫色の光の柱を見たっちゅんです。冗談とか作り話をするような奴じゃないんでみんなで変だなって話してたんすわ。」
ローニーとモリーは顔を見合わせる。
「とにかく急ぎましょう!」3人は足早に源流を目指す。
源流に近づくに連れて川の藻と強烈な臭気が漂ってくる。うっと鼻を押さえながら3人は進んだ。
源流には清水の湧く泉があると聞いていた。しかしその場所は泉というより沼である。水は深緑色に淀み強烈な匂いを発する。そして水が湧いていたであろう場所には2メートルはあろうかという大きな毒々しい鮮やかな紫色の花のそのツルが四方八方に伸びている。
一目でそれが原因だとわかる。
どうすべきかをローニーが考えている最中、突然ビクッと泡を吹いてベンドラガーが倒れた。どうやらバナを吸収されるらしい。
「師匠!一旦離れて態勢を整えましょう!」
ベンドラガーを引きずり岩陰へ運ぶ。
「ローニー。いい?あれは植物。元々は小さな花...おそらくヨーゲルの花だと思う。この辺に普通にはえて昔は花弁の油を食用でつかってたの。禍星の磁場の影響でバナが過剰に集まってしまって普通なら爆散しちゃうんだけど、耐性があったのか死と再生を高速で繰り返しているんだと思う。」
「なるほど、だからその死骸が溢れて下流に流れ腐って毒になってると?」
「そういうこと!」とモリーはベンドラガーにバナ少しだけ渡しながらもう大丈夫と教え子にウィンクする。そして続ける。
「私のマキノトで成長の抑制をする。その間にあれをやろう」ローニーの顔が強張る。
「大丈夫。練習通りすれば!バナの声を聞いて。もう奪うだけの君じゃない」
ローニーは覚悟を決め ーーー行きましょう!ーーー
2人は岩陰から飛び出した。
まず前に出たのはローニー水面全体に圧力をかける。そして2人とは逆方向に一点に圧力の穴を開ける。沼の水がジュルジュルと音を立てて飛んでいく。
足場ができたところでモリーが花に駆け寄る。成長抑制。これで生死の高速ループが一時的に遅くなる。
「師匠離れて」ローニーは叫んだ後、目を閉じてバナの声を聞く---zzz...助けて----ノイズの中にはっきりと聞こえる。ローニーは目を開けて大きく手を開く。
そして一気に胸の前にボールを潰すようなポーズをとった。その瞬間、花の周りの空気が圧縮され高温になる。そして花弁から搾り出された油が発火点に到達した瞬間。ローニーは手を胸の前から一気に上に向かって放つ。
ドゴオオオオオン!!!という轟音と共に爆炎の柱が空へ上がった。花本体は爆発と共に消滅した。
残ったのはダレたツルと藻の残骸だった。
ローニーはやった...やった!やった!と歓喜しモリーの方を見る。モリーは辛うじて意識を保ち立っているのがやっとと言う状態だった。
「師匠!大丈夫ですか?」すかさず2本の指を立ててピースで応える。
「あとはやるので、少し休んでください」とベンドラガーの隣に寝かせる。
後のことはただの掃除だ。
泉の汚れた水を全て吐き出して清水が出るまで繰り返す。ポコポコと湧く水の声はありがとうと歌っていた。もうノイズは無くなった。
途中の川も全て吸い出しながらフィルターを通して死骸を除去していった。
流石にダムは大変だった。一度本流を堰き止め。ダム内の浄化を手伝い放流。湖底の死骸を全て取り除いた。
こうしてダムの異変を解決し帰路に着く。
すっかり元気になったベンドラガーは帰り際には「俺はなんて不甲斐ねぇ。情けねぇと泣いていた。」
家に着くとマルーシャとシャバーニが笑顔で待っていた。マルーシャは潰されるかと思うほどローニーとモリーを抱きしめた。シャバーニは拳と拳をコツンとぶつけて誇らしげに息子を見ていた。
久しぶりに家族全員が揃っての夕食。
豪華な料理と楽しい話で盛り上がっていた。
---コンコンコン--夜分遅くに申し訳ない
少しよろしいでしょうか?
突然、玄関から声して、雰囲気はいっぺん静寂が食卓を包んだ。




