第2房 よりによってゴリラだった件
あれから2年が経過した。どうやら私は言わばゴリラに転生したらしい。名前はローランド。大人からはローニーと呼ばれている。ちょっぴりなんだかむず痒い。
最初はウホウホとしか聞き取れなかったものや荒い鼻息が言語であることを段々と理解してきた。
私が産まれたのはウェストという一族の宗家らしく決して裕福というわけではないが貧しくもない。父のシャバーニは国の水守をしている。今は一族として水守りを役割として担っているらしい。
母のマルーシャはいつも笑顔の絶えない女性だ。本は希少であるらしいが母方が裕福な家柄らしく家には本が多くあった。私は本を読み漁り文字もなんとなくだが分かってきた。1歳にして本を読む私を皆が天才児だと一族中に衝撃が走ったそうだ。身体的に未熟な幼児のため暇つぶしに本がちょうどよかった。
2歳の時、母にねだって国立図書館に連れていってもらった。母の目を盗んで禁書の棚に行こうとした。無論これは警備員によって阻止されるのだが、この事件をきっかけに国立図書館の特別学芸員として禁書以外なら読んでいいということになり、母は戸惑ったそうだ。
3歳の雨季にその後の猿生を左右する出来事が起こった。その日は雨季にもかかわらず10度ほど気温が低く22度くらいしかない曇天の日だった。
ローニーは母と共に父の仕事である水守の水壁門(水を堰き止めて水量を調整する門)へとやってきた。
水壁門は大きく高さが30m程あり、ギヤを猿力で回して開閉する。父のシャバーニはこの門の監督官として現場を指揮していた。
水が勢いよく流れていく最中で、ローニーは声を聞いた。まるで水が歌っているかの様な透き通った声---なんと言っているかはわからないが心地良かった。
帰りの道中でついに空が溢れ出した。雨季特有の猛烈なスコールである。馬車を一旦近くに停めて洞穴に避難した。しかし避難したのはローニーだけではない。中から大きな巨躯の獣が現れた。御者兼ボディガードのパイルランダーが前に出る。
「奥様!坊ちゃんを連れて馬車の中へお戻りください!」マルーシャはローニーを連れて馬車へ走った。
パイルランダーは胸を大きく膨らませて両手で交互に叩き威嚇する。ドコドコドコ!と轟音が響いた。
しかし獣も「ぎやぁぁいやぁ!」と大きく唸り声を上げ飛び上がった。身構えるパイルの腕を喰らいちぎった。...!!?痛みに耐えながらも次の手を考えていた最中にことは起こった。
ローニーは必死に考えていた。何かないか策は。頼むよ神でも仏でもこの状況から救ってくれ!
ドゴォオオオオオンという音と共に雷が獣めがけて落ち、獣はそのまま絶命した。
パイルも出血がひどく座り込んだ。
「あぁパイルしっかりして!」
ローニーとマルーシャが慌てて馬車の中から駆け寄った。大丈夫ですと力なくパイルが応えた。
ローニーはまた歌の様なものを聞いた。今度はなんだか少し理解できるぞ!
ーーーーさぁ腕を取りなさいーーーーそして主の元へ戻しなさいーーーー
ローニーは慌てて辺りを見渡す。あった!巨大な黒焦げの亡骸の横に腕をみつけた。
それを持ち上げようとするが、大人のゴリラの腕である。とてつもなく重い。引きずりながらもなんとかパイルのところまで運んできた。
マルーシャはパニックで叫んでいる。パイルも意識がかろうじてある程度だ。
腕を元の場所に戻すがくっつかない。当たり前だ。
ーーーどうする?どうしよう?
するとまた声が聞こえる。----願って!あとはバナが助けてくれるわ----
戸惑いながらも傷口に手をかざした。するとまるで血液が歌い踊る様に動き始め、腕が接合していく。
甘く黄色に光るローニーの手。
ーーーーもう大丈夫------
そこでローニーはまるで全身のエネルギーが無くなったかの様に気を失った。
ーーー………???
甘ったるい果樹の匂いとふわふわした浮遊感
意識だけがここにある様な世界
あれは一体何が起こったんだ?必死に考えるが到底説明できない。俺は必死だった。必死に願ったらまるで周りにいる何かが俺を通して流れていく様な----
まるでゲームで言う魔法の様な。バナ?バナってなんだ?
事象と考えがリンクせずにパニック状態になっていた。バナーーー遠い記憶...そう図書館の禁書の棚....背表紙.....
目を覚ますと知っている天井だった。どうやら家に帰って自分のベッドに運ばれたらしい。物凄くカロリーを使った様な倦怠感で身体が異様に重かった。
それからローニーは数日ベッドで過ごした。マルーシャは献身的に介抱してくれた。それがなんだか照れ臭くむず痒く、でも幸せだなぁと感じた。
ようやく動ける様になった。
ローニーはあの時の液体が踊る感触を忘れられなかった。
「母様!お庭で遊んでますね」マルーシャは遠くに行っちゃダメよぉと微笑んだ。
さてと...バケツとたっぷりの水
バナを感じる....手を水にかざして目を閉じる
..........何も感じない
バナ....ってなんだ?
確かにあの時には何かしらのエネルギーが生じていた。そのエネルギーで腕を元に戻すことができたはずなんだ。
どこかにあるタンクから俺の身体を介して放出している様な感覚だった。それこそ液体や空気が身体を通って流れていく様な....
心を空にして自分は器で虚無.....
ザワザワザワ........という音
ヌメっとしたものが自分の中に入り込んでくる...
やばい!!...持ってかれる
そこで目を開けた。冷や汗でびっしょりだった。バケツの水はたゆたんでいる。
これは危険だと本能が信号を出したのを感じた。
コンコンコンと玄関からノック音がした。
パイルランダーと上官らしきゴリラが玄関に立っていた。
パイルランダーはローニーを見て微笑んだ。
「やぁ君がローランドだね?」筋骨隆々とはこの人の為の言葉かと言うほど大きなゴリラだった。
「私はレズモンド。レズモンド・マウンテン。政府の警備部隊の支局長官だ。」
さっと握手を求めた右手はローニーの頭よりずっと大きかった。
「さて、今回は我が部下のパイルランダーの窮地を救ってくれたそうでありがとう。その時の話しを聞きたいんだが?お母様も一緒によろしいですか?」
ええ?なんですの?
マルーシャに当時の状況を確認する。マルーシャは淡々と状況を話す。落雷のあと助けを求めたこと。幸い近くに住む住民の手を借りて帝都まで戻ったことを話した。
レズモンドは聞く。パイルランダーの腕については?
ーーーー 腕ですか?大きな怪我はなかったと記憶していますが?
マルーシャが嘘を言っている様子はない。
では、ローランド君はどうだい?
内心ドキドキしていた。言うべきか言わざるべきか...
「あのー。僕はおじちゃんの腕がお空と同じ様にピカピカ光ってるのを見ました。」
と幼児らしく答えてみた。
レズモンドの鋭い眼光がローニーに突き刺さる。
んーわかりました。ありがとうございます。どうもお邪魔しました。と言い残し2人の男は家を後にした。
それから半年経ちローニー4歳の誕生日
ゴリラ帝国では4歳は一つの節目らしい。4歳からは自らの選択で生き方を決めていいらしい。人間で言うところの小学校入学といったところだろうか?とは言いつつも学校というものはないので相変わらず本漬けの日々を送っていた。
あの出来事以来ずっと心にはバナのことが引っかかっていた。禁書の棚.....
ローニーは特別学芸員である。それを利用すれば4歳からは禁書庫の第1〜13番の棚を見ることができる。しかしローニーは4歳である為保護者の許可が必要である。
うーん母様は許してくださるか....
マルーシャの元へ向かった。
「母様!少しよろしいでしょうか?」
ん?何かしらとマルーシャは編みかけの帽子を置きこちらへやってきた。
「実は...調べたいことがあって、でもそれに関することがなかなか見つからなくて。4歳になったし一度禁書庫をみてみたいのですが....」
マルーシャは突然のことに驚いた顔をしたが、すぐにやわらかい顔になった。--ええ、わかっていましたよ--と物語る様な表情だった。
禁書庫は王立図書館の地下にあり、入り口はロープがされている程度で警備員がひとり立っていた。階段を降り通路進むと1〜14番棚の部屋がある。ここには禁書のランクでも1番低い第5級までの禁書が蔵書されていた。中は蝋燭の灯りのみで薄暗くツンとしたカビ臭さと革の匂いがした。一応、大人同伴を条件に入ることを許されたので、司書のロガールが同行している。
ロガールはあまり喋らない初老の女性だった。何度か母と訪れた際に顔を合わせたことはあるがその程度の面識だった。
部屋の入り口の扉には翼の生えた象の様な動物のレリーフがあった。ロガールがレリーフに触れて唱える。「ノフェルト」と腹の奥まで響く様な重音だった。そして全身の毛が逆立つのを感じた。
ロガールの手は黄色に発光しレリーフの動物が動いた。----ガチャリ-----扉の鍵が開く音がした。
今のはなんですか?と聞きたかった。
単に好奇心だけではなく、あの体験の記憶と重なったからだ。しかし恐怖が確かにあった。
それを察してか、ロガールが口を開いた。
「今のは「ノフェルト」つまり開示せよという意味よ。セキュリティのために登録された者のバナにしか反応しないの。」
「!!」バナという単語にも驚いたが、ロガールの声が予想以上に甲高くまるでヘリウムガスを吸ったかの様な声にも驚いた。ついに核心に迫る
「あ、あの...。バナってなんですか?」
「あら、バナを見るのは初めて?バナっていうのは。全ての物質に宿る自然エネルギーの事よ。精神的な影響を受けやすいから精神が未成熟な10歳以下は原則的に扱えないの。まぁ例外はあるけどね。」
心臓の回転数が上がるのを感じる。
「じゃ、じゃあ。怪我を治したり、空飛んだりとかできるの?」
ここで心臓が飛び出るかと思うほど豪快にロガールが笑った。
「がっはっはっは!魔法じゃないんだからそんなことはできないわよ。あくまで個体を識別するためのものって感じかしら?」
そういって扉を開けて禁書庫の中へ入って行った。




