9.人生はお好み焼き
ここか。
神戸の某所。俺はインターフォンを押す。
「おお、ヨシユキ。久しいな」
「おい、待て。俺はヨシユキじゃないぞ。ヨシユキってだれだよ」
「あれ、ヨシユキじゃなかったっけ」
「零我な。舞子零我だ」
「ああ、零我か。うんうん、零我だな」
漫才でもやっているのか、ってくらい変なやり取りをしている。
この変な男は、魚住雷将。見た目は塩顔のイケメンだが、中身はとてもおかしなヤツなので、俺はこいつを『うおやん』と呼んでいる。
雷将だと、名前格好よすぎだろ。名前負けしている。
だから、平凡な呼び名にしてやっているのさ。
「あれ、で、なんで零我はウチに来たんだ」
「お前が呼んだんだろ」
「あれ、そうだっけ」
「おう」
「おれが呼んだの?」
「うおやんが呼んだんだよ」
「そっか、そっか。で、神戸まで何しに来たのさ。遊覧船にでも乗りに来たのか?」
「だから、俺を呼んだのうおやんだって」
「そうだっけ」
まずい。同じ話が無限に続いてしまう。
「まあ、ウチ入れよ」
「おう」
ドカドカドカ、と邪魔した。
俺のアパートと変わらない。玄関上がったら、すぐに部屋があって、それでおしまい。
どこの物件もこんな感じなのだろうか。
一軒家でもないんだし、こんなもんか。
「うおやんはなんで神戸にいるの」
「仕事、仕事」
「ふーん、大変そうだな」
「そろそろ東京帰りてえよ。アキバでオタ活三昧したいぜ」
「神戸もいいところじゃん」
「声優ライブとかアニメのイベントとかだいたい東京か大阪か名古屋なんだよ。やっぱ、東京が一番オタ活しやすいぜ?」
「神戸から大阪は近いだろ」
「東京換算だと横浜とか大宮くらいはあるじゃん。神戸」
「充分じゃね」
「社会人になって、仕事しながらだと、クタクタになっちゃって近場じゃないと活動できないようになっちゃったよ」
「そういうもんか」
「そういうもんだ。年齢が一つずつ大きくなっていくのって、本当、残酷やね」
「お前、『やね』なんて言わないだろ」
「なんか関西来ると、言いたくならん?」
「関西弁?」
「おん」
「いやー?」
「ええ。零我はアレじゃん。ネットの掲示板とかで『【初見さん大歓迎】筋トレをしている二十代独身のワイとおまいらで好きな美少女キャラを布教してオタ活エネルギーを高めていこう』なんてページを立ち上げて盛り上がってるタイプだろう?」
「そもそも、ネットの掲示板で書き込みをしたことがないんだよなあ。たしかに、ネットの掲示板って関西弁みたいな話し方で交流しているイメージはあるけども」
「ええ、そうなん。書き込んだことないの」
「どういうイメージ持たれてんの。なんかさ、ネットの掲示板って、治安悪そうじゃない?」
「たとえば?」
「実際、俺はとあるゲームでランカーだったんだけど、気に食わないって理由でめちゃめちゃ叩かれたことあるぜ。しかも、俺が悪くて、ネット私刑が行われるのは当然のことだ、っていう前提で叩きは止まらなかったからな」
「生々しいな」
うおやんの顔が引き攣った。
「んでさ、『どんな人間にも叩くヤツは現れるんだから、あなたが叩かれるのは仕方がない』みたいな論調の人まで現れるんよ。でも、俺からしたら登場人物全員知らない人なわけ。面識がないわけだよ。『いや、お前らだれやねん』って話よ」
「ぐおお。もう、お腹いっぱいだ」
「世の中、面識のない一人の人間を追い詰めることに幸福を覚えるヤツってのもいるんだな、って思ったよ。しかも、相手がどんなに苦しもうがどんなに傷つこうが自分さえよければどうでもいい、なんなら自分が絶対正義で、自分の目をつけた人間は悪って考えで動くヤツもいるんだな、って思って、俺はあまりネットの掲示板にいいイメージはない」
「治安悪そう、というかそれ、体験談なんだなあ。でも、いい人たちもいるぜ。ネットの掲示板も全部が全部悪いってわけじゃあない。玉石混淆ってだけだよ。それか、きっと、みんな社会に疲れちゃってんのさ。もしくは、道を踏み外したくなる気持ちをだれかに止めてほしいのかもしれない。みんな、心のエスオーエスを発信してんのさ」
「そういうもんかねえ」
「お好み焼き食べれば、全部忘れられるさ」
一応、うおやんなりにはフォローしてくれているらしい。
「人生ってのはお好み焼きなんだよ」
「はじめて聞いたぞ」
「豚肉もあるし、キャベツもあるし、生姜もあるし、チーズもあるし、明太もあるし、餅もあるし、青のりもあるし、鰹節もあるわけ」
「お、おう」
「でも、生姜が苦手な人はいるだろう?」
「まあ、いるな」
「ときには、明太だけは絶対入れてくれないとそれはお好み焼きとは認めない、ってレベルの人もいる」
「うん、まあ」
「みんな、それぞれのおいしいお好み焼きを食べるのに必死なんだよ。だから、まわりが見えなくなる」
「でも、迷惑かけていいわけではないだろ」
「それはそうだな。まあ、だから、アレだ。お酒を飲むのはほどほどに、ってことだ」
「おい。お好み焼きの話から突然お酒の話に変わったぞ」
「というわけで、お好み焼きでも食べに行くか」
「どういうわけだよ」
うおやんの理論がまったくわからなかった。
「あ」
「どうした、突然」
「なんで零我を呼んだか思い出した」
「どういう理由で呼ばれた」
「いっしょに同人イベント出ねえ?」
「おお、いいな」
「ちがうよ。一般参加のほうじゃないぜ」
「ん」
「同人誌つくろうや」
「俺、絵なんて描けないし、ストーリーも書けないぞ」
「プロじゃねえんだから、大丈夫だって。出来がひどくても、笑い話にはなるぜ」
「なればまだいいけどなあ」
ぼんやりと俺たちがサークル出展している様子を想像した。
人気漫画家とかになっちゃったり。
なんて、シンデレラストーリーにはならないのが現実だ。
そもそも、どうやってサークル出展するのだろうか。
どうやって、漫画って描くの。どうやって、同人誌ってつくるの。
俺、コミュニケーション力ゼロだぞ。おそらく、お隣のブースの人に挨拶とかしなきゃいけないだろう。無理だ。
「こういうのは、やれるときにやったほうがいい。人生ってのは、適当なもんだからな。人生ってものを与えた神様も、きっと、適当なのさ」
「めっちゃ名言みたいな迷言じゃん」
「いいか、零我。おにぎりの具は明太子でもいい。明太子でも、だぞ。明太子じゃなきゃダメ、じゃなくて、明太子でもいいんだよ」
「腹減るから、食べ物でたとえるのやめて」
「え、そんなあ」
「あと、明太推しすぎじゃない?」
「お好み焼きは明太絶対入れてくれないと、ってアレ、おれの話だからな」
「お前の話かよ」
「お好み焼きに明太入れるのって、めちゃめちゃおいしくないか?」
「もうそこまで食べたいなら早く食べに行こうぜ」
「おう。行こう、行こう。よーし、ダッシュだ、零我」
俺たちはお好み焼き屋へ向かった。
◇
鉄板の上にお好み焼きが乗っている。
それを小皿に移す。
うおやんはお好み焼きをおいしそうに頬張った。
「うーん」
悩む、俺。
シェミーとカナ姉を置いてきてしまったが、二人はうまくやれているだろうか。
女同士だし、変なことは起こらないだろうけれど、不安はいっぱいだ。
カナ姉は明るく振る舞おうとしているが、ああ見えて、心はガラスでできている。すでにヒビが入ってしまっている。
躁状態と鬱状態を繰り返す。ヤンデレ、ではないけれども、何か突然、危ないことをしでかすんじゃないかとヒヤヒヤだ。
シェミーもシェミーで、素性をよく知らない。
シェミーは未来人だ。
未来人のシェミーがここで息絶えてしまったとしよう。
歴史は変わってしまう。何が起こってしまうか、わからない。
ダメだ。シェミーを放置して、のんきにお好み焼きを頬張っている場合ではないような気がする。
「食べないのか」
「ちょっと気がかりがあってな」
「大丈夫だって。きっと、杞憂だよ」
「だといいがな」
「相手は女か?」
「どうしてわかる」
「なんとなくだよ。女難の相が出てた」
「お前、占い師じゃないだろ」
「こういうの信じるタイプ?」
「いんや、まったく」
「じゃあ、杞憂で終わるよ」
「どうしてだよ」
「占いは占いだ、って思うタイプなのなら、そんなに思い詰めなくてもいいんじゃないか」
「んー、それとこれとはちがう」
「焦ると、余計に心がダメになるぜ。さ、お好み焼き食べちまえよ。こいつが欲しいんだろぉ」
その言い方は誤解される言い方なのでやめてくれ。
「うおやんってさ」
「ん」
「彼女いる?」
「残念ながらいないねえ」
「俺は告白みたいなことされたよ」
「なんだ。自慢か。自慢はもっと自信満々にするもんだぜ」
バクバクとお好み焼きを食べていくうおやん。
「俺は、どうしていいかわからねえんだ」
「そっかあ」
「そっかあ、って」
「相手のこと嫌いなのか?」
「いや」
「なら、いいじゃん。抱けば」
「言い方どうにかならん?」
焦げてはいけないので、俺もお好み焼きを小皿に移す。
「まあ、たくさん悩むがいいよ、青年」
「うおやんも年齢同じだろ」
「残念。おれのほうが誕生日早いので、もう年齢ちがうぜー。お前より一つおじさんだ」
「がきんちょかよ」
「やーい、バーカバーカ」
「がきんちょすぎかよ」
「お好み焼きうめぇ」
生ビールまで頼んでやがる。
俺は麦茶でいいわ。このあと運転するかもしれねえし。
「今日、電車で来たん?」
「うん」
「今、姫路だっけ」
「姫路だな」
「ほな、新快速ですぐじゃん」
「あっちとこっちじゃ電車の色がちがうな」
「エスカレータも左と右、ちがうしな」
「テレビ局もちがうからさ。チャンネルがまったくいっしょじゃないんだよ」
「兵庫は深夜アニメ放映してるほうじゃない?」
「まあ、ね」
「なら、いいじゃん。零我もおれもどうせ深夜アニメしか見ないんだし」
「社会人になったらニュースとか見るもんなんじゃないの」
「それは固定観念だよ。仕事でくたくたになって、なんで家にいてまで、世界情勢を憂いたり物価の高騰に頭を抱えたりしなきゃアカンねん。そんなことより、二次元の美少女に『結婚して』ってラブな言葉を言われるほうがよっぽどいいわ」
「そうだなあ」
俺もお好み焼きをちびちびと食べ始めた。
「同士、零我よ」
「ん」
「水着姿のお姉さんと浴衣姿のお姉さんならどっち派?」
「どっちが好きなんだ?」
「実はおれ、どっちも好きなんよ」
「そうか」
「来月くらいにでも彼女に、水着姿と浴衣姿どっちも見たい、ってお願いしてみれば?」
「俺、まだつき合うって言ってないぞ」
「あ、そうだっけか」
「うん」
いつの間にか、お互いにお好み焼きをペロリと平らげていた。
「あれまあ。もう食べてしまった」
「だな」
「ああ、待て待て」
「ん。どうした、うおやん」
「今日はおれのおごりだから、おれが払ってやるぜ」
「そりゃありがたい」
「今度、惚気話聞かせてな?」
「断る」
お好み焼き屋をあとにした。




