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7.お姉ちゃんと弟分

 そんなこんながあって、俺はなぜかカナ姉にまとわりつかれながら床で寝ている。


 どういう状況だ、これ。


 シェミーはすうすうとベッドで寝ていた。

 二人でも狭いと言うのに、三人となったらより狭く感じてしまう。


 三人も入れるスペースなんてないだろう。

 これがあるんだな。でなければ、こんな状況にはならない。


 なんだこれ。大家族の空間みたいになっている。


 カナ姉が泊まらせてくれ、と頼んできた。頭を相当深く下げて頼んできていた。

 何か事情がありそうなのは理解したので、仕方なく了承したのだが、三人でアパート生活を送るのは不可能なはずだ。


 だから、俺のみ一夜だけネットカフェかカラオケボックスを利用して、シェミーとカナ姉に好き勝手させるべきかと考えた。


 しかし、シェミーを置き去りにしていいのだろうか、と思いとどまった。

 きっと、カナ姉はシェミーがどういう人間か根掘り葉掘り訊こうとするだろう。シェミーの立場からすると、それはまずいのではないかと思った。助け船を出してやらなければ、と思ったのだ。


 窮屈ではあるが、三人でアパート生活を送るのが不可能かどうか試してみるか。

 と、半ば強引に試してみたら、いけてしまったのだ。


 だが、これは間違いだったかもしれない。


 シェミーをアパートに一人残して、俺とカナ姉ではしご酒するなり、カラオケでドンチャン騒ぐなりすればよかったのではないのか、と。


 でも、それはシェミーが楽しくなさすぎるよな。


 シェミーもいっしょにはしご酒すると言っても、お酒の勢いでほろりと言ってはならない情報を語らせてもアレだし。


 それに俺、お酒、そんなに飲めないからな。シェミーだって、お酒が苦手だったり飲めなかったりする可能性はある。


 カナ姉も酔っぱらうと、暴走してしまうタイプの人間だし。


 だる絡みで済めばいいが、カナ姉はお酒が入ると服を脱ぐクセがある。加えて、突然大泣きしたり、酒飲みしている仲間に抱きついたりするクセもあるらしい。

 俺やシェミーが相手ならまだ許容範囲だが、他のお客さんに抱きついてそのままゲロでも吐いてしまったら大問題だ。


 それに服を脱ぐクセは倫理的によろしくない。

 宅飲みではなく、外飲みだぞ。服を脱がれたら、めちゃめちゃ困ってしまう。

 それで目立ってしまうと、同行している俺やシェミーも目立ってしまう。俺だけならまだ許容範囲だが、シェミーを目立たせるのはまずい。


 だから、これでいいのだろう。


 ただ、こんなにまとわりつかれると、さすがに暑い。離れてほしい。


 それに、俺とカナ姉は一応、男女だ。異性同士なのだ。実の姉と弟、なんて関係でもなく、単純に近所に住んでいたから遊ぶことが多かった、というだけなのだ。

 そのため、俺は一応、カナ姉を異性として認識しているので、一応、離れてくれると助かる。


 二次元の女の子に夢中な俺には、三次元の女性と恋愛したりアダルトな関係になったりすることには興味がない。

 妄想で充分だ。二次元はありえない展開でも許される世界だが、三次元では許されないからだ。


 アダルトな関係になろうとしたら相手には男がいたとか、なんなら既婚者だったとか、よく聞く話だ。

 それに俺みたいな男が、道端で困っている女性と出会して「どうしたんですか」なんて声かけをしたら、通報されました、なんてのも現実では起こり得る展開だろう。


 つまり、俺みたいな普段から挙動不審で容姿も冴えない見た目をしている男は、困っている女性を発見しても助けにはなってやれないかもしれない。

 助けようとしたら、逆に不審者扱いされかねない。


 不審者扱いされかねないんだけどなあ。どうして、俺はシェミーに話しかけてしまったのだろうか。


 二次元は男女の関係を自由に妄想できるが、三次元は制約が多い。


 特に、俺はいわゆる、ブ男とか言うカテゴリーに当てはまる人間だ。


 夢のなかでは、いくらでもスーパーヒーローになれる。


 しかし、現実はちがう。


 顔がシュッとしたイケメン、愛くるしい見た目のイケメンには、恋慕を抱いて集う異性は多い。


 でも、俺はオタクだ。見た目がお芋さんと呼ばれてしまうレベルだ。おまけに鼻垂れクソガキッズだ。いや、もうキッズなんて呼ばれる年齢ではないけれども。

 オタクでお芋で鼻垂れた男に異性が集う展開なんて、よほどの才能がない限り存在しないだろうな。


 それに、コミュニケーションを取るのが苦手だ。俺を好いてくれる運命の相手が現れたとしても、たぶん、俺には相手を幸せにしてやれる自信はない。


 だから、これでいいのだ。独り身でいいのだ。


 二次元で、もう満足。妄想の世界なら、俺がいくらコミュニケーションを取るのが苦手だろうが、相手を幸せにしてやれることができるからだ。


 カナ姉。あなたの弟分は、こんな卑屈な考えを持っているのだ。そろそろ離れてもらえるかな。


「零我ちゃーん。お酒が足りないよお」


 夢に溺れているカナ姉なのだった。やかましい寝言だ。


 てか、お酒クサッ。


 寝る前にチューハイの缶あんなに飲んでいたもんな。

 やめてよ。その辺に転がっている俺のオタクグッズにヨダレとかつけないでくれよ。頼むから。

 まったく。俺と同じくらいダメ人間じゃねえか。


 ダメ人間がダメ人間を見て「まずい、俺がなんとかしなきゃ」なんて思っている状況が一番まずい。危機感を覚える。


「んん。お酒、お酒」


 どういう寝言だ。

 俺に抱きつきながらお酒を求めている。

 悪いが、俺はお酒ではないぞ。俺は人間だ。お酒の妖精とかお酒の化け物とか、そういうわけでもない。


「ん」


 カナ姉がいきなりガバッ、と起きた。

 目がぼんやりとしている。

 カナ姉は目を擦りながら、俺を見ていた。


「おはよう。深夜の二時です」


「零我ちゃん、おはよう」


 カナ姉が微笑んだ。


「ごめんねえ」


「いや、べつに」


「お姉ちゃん、寝相悪かったよねえ」


「とても悪かった」


「そこは『悪くなかったよ』って言ってよ」


「ワルクナカッタヨ」


 棒読みで返してやった。


「寝れないから、ちょっと俺、散歩行ってくる」


「あ、夜の散歩なんて悪い子だ」


「もう、大人だよ」


「お姉ちゃんもいっしょに行く」


 シェミーが寝ているので、静かに抜け出した。


「なあ」


「うん?」


「どうしたんだよ」


「何が?」


「様子がおかしいぞ」


「おかしいかな」


「おかしいよ」


「そっか」


 手を繋いできた。


「また男にでも騙されたりした?」


「そういうわけじゃないよ」


「それならいいんだけどさ」


 だが、浮かない顔をしている。


「別れた相手の赤ちゃんができました」


 沈黙した。


「お酒、飲んで大丈夫なの?」


 俺の口からやっと出せた言葉がそれだった。


「嘘だよ。騙されてやんの」


「本当に嘘?」


「うん」


「そりゃ、よかった」


「どういう意味」


「赤ちゃんに罪はないけれど。別れた相手の、って、とても複雑だと思ったから」


 言葉を選んで発言していた。


「本当に嘘だよ?」


「うん」


「嘘だからね」


「うん。嘘じゃなくても、俺にできることはするからね」


「だから、本当に嘘なんだって」


「うん。俺も嘘ついてるから」


「そうなの?」


「うん」


 話題を変えようと思った。


「どんな嘘ついてるの」


「大喜利?」


「男はだれにも言えない嘘をついていた。どんな嘘?」


「大喜利かよ」


「大喜利です」


「待ってね。考えるから」


「考えちゃダメじゃん」


「いや、大喜利は考えるものでしょ」


「嘘ついてるんでしょ」


「うん」


「あー、嘘つきだ。嘘つきはいけないんだぞ」


「カナ姉も嘘ついたんでしょ」


「うん。そうだけど」


「じゃあカナ姉もいけないじゃん」


「本当だ。じゃあ、嘘つき同士、くっついてみる?」


「じゃあ、の意味がわからん」


「零我」


「ん」


 真剣な声だった。


「お姉ちゃんを愛人にしてくれない?」


 昼ドラ的発言だった。


「寝言は寝て言え」


「本気だよ」


「はあ」


 愛人にしてくれだなんて言われても、困る。

 俺は、そもそも男女の色恋沙汰にあまり興味はない。

 興味があるんだったら、もう行動に移している。


「騙されたあとに、表面上は優しくしてくれる人間と出会ったら、吊り橋効果で美化されてしまうものだ。また、失敗するよ」


「自分のこと、優しいと思ってるの?」


「いや、まったく」


「じゃあ、大丈夫だ」


 頭を抱えた。


「俺はカナ姉のことをそんなふうに見ていない」


「昔はお姉ちゃんをお嫁さんにするって言ってくれたじゃん」


「大昔な。俺は独り身で生きていくつもりだから。彼女もつくらないし、愛人もつくらない」


「ん」


 カナ姉が不思議そうな顔をした。


 しまった。感情的になって、ボロを出してしまった。


「シェミーさんは彼女じゃないの?」


 さて、ここからどう切り抜けるべきか。

 上手に言い訳を思いつけばいいが、俺は言い訳がヘタクソな人間だ。

 嘘をついても、すぐバレる。


「ワケありなんだよ。頼むからだれにも言わないでくれ。頼む」


 今度は俺が深く頭を下げる番だった。


「どうしよっかな」


「頼む」


「わかった。それだけ、秘密にしたいことなんだもんね」


「ああ」


「うん。もう触れないでおくね、この話題」


「助かる」


 ひと安心だった。


「シェミーさんが彼女じゃないなら、お姉ちゃんを彼女にしてよ」


「カナ姉はオタクじゃないじゃん」


「オタクじゃないと何か不都合があるの?」


「ある」


 きっぱりと言ってやった。


「そっか」


「趣味が合わないのはきっとつらいよ」


「いっしょに楽しめばいいのでは」


「オタクライフ、たぶん苦手でしょ」


「ううん。全然」


「それに俺とカナ姉がくっついたとして、別れたらその後が相当気まずくなるよ。だから、やめとこう」


「別れる前提なの?」


「うん」


「でも、こっちは一生添い遂げる前提だよ」


 冗談ではなく、本気で言っているようだった。


 異性から恋愛感情を向けられたのは、はじめてだ。


 だと言うのに、俺はべつに嬉しくない。

 どうしてだろう。まったく嬉しくないのだ。


 べつに、カナ姉がイヤというわけではない。

 むしろ、好意的には見ている。


 しかし、俺のこれは恋愛感情ではない。


 家族といるとホッとする、みたいなそういう感情なのだ。

 おふくろといるとホッとするとか、おばあちゃんといるとホッとするとか、娘といるとホッとするとか、そういう感情だ。これを恋愛感情とは呼ばない。


「バレンタインデー、毎年手づくりチョコつくるよ」


「いらん。俺はすぐ虫歯になるから」


「温泉、混浴で入れるよ」


「やめとけ。俺は温泉旅行あまり好きじゃない」


「いっしょに砂浜でいちゃいちゃしたり、海でいちゃいちゃしたりできるよ」


「どうでもいい。俺は海で遊ぶより家で引きこもっているほうが好きなんだ」


「クリスマス、毎年サンタコスしてあげるよ」


「興味ないな。大阪とか東京とか、街を歩けばサンタコスしてるバイトのお兄さんお姉さん、結構いるぞ」


「おうちデートしよう。膝枕してあげる」


「勘弁してくれ。自由にグータラしていたい」


 猛烈にアピールしてくるカナ姉を、適当に受け流してやった。


「考えといてね」


 ボソッ、と言うカナ姉。


「書類落ちだ、帰ってくれ。貴殿のますますのご発展をお祈り申し上げます」

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