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6.見た目の話

 ショッピングセンターに寄った。

 ホームセンターに寄った。

 家電量販店に寄った。

 今すぐに必要そうなものと、今すぐに必要ではないものにわけて、物色した。


 アパートは狭い。六畳ほどの部屋、部屋と玄関をつなぐ短い通路、小さめのキッチン、お手洗い、お風呂場。一人暮らしをするには充分だが、二人で暮らすのは厳しいだろう。


 部屋にあるコミックスやアニメグッズは、実家に送るのがいいかもしれない。そうでもしないと、シェミーの生活スペースがなくなる。


 ベッドなんて置けないな。毛布でも買って、俺は床で寝るか。あのベッドはシェミーに譲ろう。

 他人が使っていたベッドで寝るのはイヤかもしれないが、掛け布団を洗って、枕も新しいものにして、ベッドまわりを清掃するので、それで我慢してほしいと思う。俺は床でも寝れるけれど、さすがにシェミーを床で寝させるのは避けるべきだろう。


 シェミーの着替え。さすがに、俺がシェミーの着替えを購入するためについていくのは気が引けるので、シェミーにお金を渡して俺は店の外で待った。


 女性用の下着が陳列されているスペースの前って、男の俺からすると、とても通りにくい。だから、早く通りすぎようとかそっちのスペースから目を背けようとかして、かえって挙動不審に見えてしまったりするんだよな。それに、ぼうっとしてしまい、意図せず変なところを見てしまっていると、他人の目に映る俺の姿は汚らわしい妄想をしている人として映るかもしれないし。


 人間は見た目を重視する。


 学生、社会人にかかわらず、性別にかかわらず、身だしなみを整えなければならない場というのは、非常に多い。


 美人なお姉さんが好きだ。イケメンなお兄さんが好きだ。そういう価値観を持つ人間は非常に多い。


 べつに、それはいいんだけども、俺みたいに見た目が醜いと、それだけで虐げられてしまう場がある。


 しかも、見た目が醜いからイコール気持ち悪い考えをしている、なんて発想をする人間もいる。


 顔を重視するか性格を重視するか、なんて議論はありがちだが、本心はみんな、顔も性格もどっちもいいのが一番だと思っているのではなかろうか、なんて思うときがある。


 これは俺の持論だが、顔がいい、で選ばれる人間は多いが、性格がいい、で選ばれる人間は多くはないのだと思う。


 なぜなら、顔はパッと見でわかるわけだが、性格はパッと見じゃわからないからだ。


 性格を知るためには、相手を知る必要がある。


 だから、顔で一目惚れ、は多くても、性格で一目惚れ、は難しいのではないのだろうか。


 顔も性格もどっちも求めている人間がいるとしよう。


 俺はまず、顔で弾かれるだろう。


 性格もべつにいいわけではないが、就職活動でたとえれば、俺はまず履歴書の段階で落とされるようなものなのだろう。


 落とされるだけならよかった。弾かれるだけならよかった。


 人間というのは、他人に『自分にとっての完璧』を求めがちだ。


 俺みたいに不完全な存在をとことん追い詰めようとする存在は、どこの世界にだって存在する。

 俺とは立場の異なる存在にだって、粗探しなるものが生じてしまう。


 自分の理想的なパートナー像を異性に求める人間はいるだろう。

 芸能人や名の知れている人間の名誉を失墜させるためにスキャンダルを探そうとする人間はいるだろう。

 スキャンダルを知って、好きだった芸能人を好きではなくなってしまう人間はいるだろう。

 チームプレーが重要なスポーツで同じチームの人間がミスすると、「何をやっているんだよ」と思う人間はいるだろう。


「完璧じゃなくてもいい」、というすばらしい言葉をよく耳にするが、それでも人間社会はやはり完璧を求めがちなのだと思ってしまう。


 そもそも、「完璧じゃなくてもいい」、というのは人間社会が完璧な人間を求めすぎているから生まれてきてしまった言葉なのではなかろうか。


 結局、人間社会は『完璧な見た目』を求めているのかもしれない。

 俺という人間も、きっと、他人に『俺にとっての完璧』を求めてしまっているのだろう。


「お待たせしました」


「ぼうっとしていたから、思いのほか時間がすぎるのが早いよ」


「次はどうしますか?」


「一旦、帰ろう。俺の車、軽だからそんなに乗らない」


 エンジンをかけた。


 いざってとき用に自動車免許は取得しているが、運転する自信はあまりない。

 電車とバスと自転車で充分だと思っていたが、まさか、運転する機会が来るとはね。


 正直、早く帰りたい。


 安全運転を努めるが、こちとらピカピカの初心者マークだ。


 自信がないのなら運転するのは避けるべきなのだろうし、だから、俺はなるべく避けてきた。


 だが、ベッドや棚などを買う可能性もあったし、そうじゃなくてもいろいろなものを買う必要があったから、さすがに自転車のカゴに乗せるのは無理があろう。持ち歩くのも厳しいだろう。


 今回は、仕方がなく運転せざるをえないわけだった。


「シートベルト、ちゃんと締めてるよね」


「はい、もちろんです」


「車間距離、これくらいで問題ないよね」


「たぶん問題ないと思います」


「エアコン、効いてる?」


「快適ですよ」


 同乗者をめちゃめちゃ不安にさせてしまうやり取りをしてしまう。

 こんなことなら、前から、交通量の少ない道で慣らしておけばよかった。


 バスやタクシーの運ちゃんってすごいなあ。これをお仕事にしているわけなんだから。本当、頭が上がらないよ。

 しかも、駅前とかを運転したりするんだろう。駅前って、標識とかめっちゃあるし、交通量や人通りもすごいし、俺には無理だわ。


 友人に、アイドルの握手会に参加するのが趣味で、東京から名古屋や大阪、仙台の会場に行くために車を走らせているヤツがいるのだが、本当、すげえと思う。

 高速道路を走れるのすげえと思うし、格好いいなと思う。


 まあ、俺は、高速道路を走るのは遠慮しておこう。


「零我。帰ったら、アニメ談義をしましょう」


「アニメ談義?」


「ええ。好きなアニメについて語り明かしましょう」


「それはいいね」


「幼児向けアニメ、深夜アニメ、なんでもいけますよ」


「ん」


「ファンタジーも青春ものもサイエンスフィクションもギャグもホラーも百合もビーとエルなものも魔法少女ものも哲学的なものもハーレムものも昼ドラものもアダルトなものも、なんだっていけます」


「え、もしかして、いわゆるガチ勢ってヤツ?」


「私は、アニメは浅く広くでも深く狭くでもなく、深く広く視聴しているのです」


 それはそれですごいな。

 たしかに俺はオタクだが、そこまでアニメに精通しているわけではないのだ。


 いわゆる、『にわか』ってやつ。それが俺だ。


 アニメは視聴しているし、どういうキャラがいるとかどういう世界観とか、そういうのはわかるけれど、このシーンはどこの何、と訊かれたら即答できるほどの熱狂的なファンではない。


「シェミーは今から百年後のアニメも知っているわけだろう」


「ええ、もちろんです」


「何本くらい視聴したことがあるの」


「ざっと、五千」


「五、五千」


 アニメが一話、コマーシャル抜きで二十五分くらいだとしよう。

 深夜アニメは、一クールだと、だいたい十話から十三話くらいだろうか。仮に十話としておく。


 一本あたり、二百五十分の時間を費やす計算になる。


 二百五十分を五千でかけると、百二十五万分となる。


 単位を時間換算にすると、約二万時間か。


 そう考えると、すごいな。


 しかも、同じアニメを何度も視聴したりするのだろう。

 普通にテレビで視聴しているのかサブスクかブルーレイディスクか配信か、未来人がどういう媒体で視聴しているのかは知らないが、シェミーのようにここまでアニメ文化を愛してくれる人間が後世にもいるのだと考えると、なんかまったく関係のない俺ではあるが、なぜか誇らしげな気持ちになってしまうな。


「五千。五千、か」


「五千ですよ」


「そこまでいくと、もうアニメ博士を名乗ってもいいかもしれないな」


「アニメの達人って呼び方のほうが格好よく聞こえます」


「アニメの達人って何」


「アニメの達人はアニメの達人です」


「な、なるほど」


 そんなこんな話しながら運転していたら、いつの間にかアパートに到着していた。


「疲れた。無事に帰れたぜ」


 とりあえず、買ったものをアパートに運び込もうとする。


 隣に見慣れない赤色の車があった。


「ん」


 このアパートに住んでいるだれかの、友人とか家族とかだろうか。

 ナンバープレートを見ると、この辺のナンバーではないことはわかった。


 ん。というか、これ、東京のほうのナンバーだよな。


「イヤな予感がするなあ」


 赤色の車から、運転手が出てくる。


「んんんんん。零我ちゃーん。ハロー」


 イヤな予感は的中していた。


 長い黒髪の女性。なぜかサングラスをかけていて、モデルみたいな格好をしている。そして、テンションが妙に高い。


 俺はこの女性を知っている。


「どうして、カナ姉がここにいる」


 この女性は、朝霧カナ。俺の姉的存在の幼馴染みだ。

 いや、姉的存在というか悪友みたいなものだろうか。


「頼む、帰ってくれ」


「え、イヤだ。就職祝いに駆けつけてやったんだぜ。お姉ちゃんからのお祝いに感謝しなさい」


「わかった。感謝するから帰って」


「帰る準備はできていないけど、同棲する準備はできているよ」


「その発言、冗談でもやめてくれ。はあ」


 俺の口から、ため息が溢れた。


「あれ、その女の子だれ」


「あ、えっと」


「もしかして、か、か、か、か、か、彼女」


 シェミーがどういう人間なのかを隠すために、俺は咄嗟の判断で、首を縦に振ってしまっていた。


 ごめん、シェミー。彼女ではないのに、彼女ってことにしてしまって。

 しかも、俺の彼女にされるのって、イヤだよなあ。


「はじめまして。零我の彼女のシェミーです」


 シェミーがペコリとお辞儀をした。

 俺に合わせてくれている。


「彼女できたんだねえ。しかも、外国人のべっぴんさん。くぅ、羨ましいね」


「羨ましいってなんだよ」


「だって、もうアレとかソレとか、いけないことだってしているんでしょ。お姉ちゃんの目はごまかせませんよ」


 やかましい。アレもソレもしてないわ。


「幸せにしてやるんだよ。うるうる。シェミーさん、零我ちゃんはアレだけど、ソレなところもあって悪くはないヤツだから、よろしく頼むよ。うるうる」


 明らかな嘘泣きだった。

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