5.百年の重み
六畳ほどの部屋。
テーブルの上にノートパソコン。
壁にはアニメキャラクターのポスター。
本棚にはコミックスがずらりと並ぶ。
床にもコミックスが散乱していた。
ベッドの上にもフィギュアが転がっている。
ザ・オタクな部屋。
そんな部屋に、シェミーみたいな美人さんを上げるのは、なんだか申し訳ない気がした。
だが、シェミーはイヤそうな顔一つしない。
むしろ、目を輝かせている。
「こんな部屋でごめん」
それでも申し訳なかったので、するりと詫びの言葉が口から出てしまった。
異端者は、世間から弾かれがちである。
今はオタク文化も受け入れられつつあるが、昔はひどかったらしい。迫害の対象になってしまうだとか、いろいろな噂をネットで仕入れた。
今だって、人によっては毛嫌いする人もいるくらいだ。
アニメや漫画の世界はとても甘いが、現実はひどくビターなものだ。
夢を語る。希望を持つ。前向きな言葉を胸に刻む。現実では、理想論だとかきれいごとだとか言われて、一蹴されてしまう場所だって少なくはない。
だから、現実にないものを、仮想の世界に求めようとしてしまう。
現実では弾かれてしまうような存在でも、アニメや漫画はそんな存在も受け入れてくれる。ような気がする。
俺はこの世界に必要とされていないのだ。自分がいかに醜い存在なのかと理解して、アニメや漫画の世界にダイブして逃げ場所をつくろうとする。
言ってしまえば、この部屋は自分の逃げ場所をたくさん用意した部屋なのだ。
人間は、順位をつけるのが好きだ。
人間は、他人を評価するのが好きだ。
人間は、自分と他人を比較するのが好きだ。
だから、必然的に俺みたいな人間は弾かれていく。
「ああ、こいつは、ランキング最下位だ」とか「こいつの評価は最悪だな」とか「こいつに比べれば私はマシだ」とか「最下位のこいつには何を言おうがどんなに追い詰めようが構わない。自分さえよければ、こいつがどんな気持ちになろうが知ったこっちゃない」とか。そういう人間の悪い部分を見てしまい、自分から勝手に社会をドロップアウトしてしまう。
でも、きっと、環境がちがえば、境遇がちがえば、場所がちがえば、俺という人間も、他人に順位をつけ他人を評価し俺のほうがマシだ、なんて思うような人間になっていたのだろう。
俺だって、人間なんだからな。
「おおおおお、このアニメ、懐かしいです」
壁に貼ってあるポスターを見て、感動しているシェミー。
「つい最近放映されたばかりのアニメだけど。ああ、そうか。シェミーは百年後の世界の人間なんだもんな」
シェミーからしたら、ここは百年前の世界なんだ。そういう反応にもなるか。
百年、か。俺からしたら、今から百年前は、千九百二十六年になるのか。
たしかに、今みたいに、パソコンやスマホがある文化ではないし、電車も汽車だった時代で、システムエンジニアなんて職業なんかおそらくなかっただろう。
それに世界情勢だって異なる。
今から百年前は、まだ第二次世界大戦が勃発していない。東京オリンピックも開催されていない。オイルショックだって起きていないし、コロナ禍なんてものは当然ない。
山陽新幹線だって通っていない。
そんな世界に、未来人が置き去りにされたらどうだろうか。
きっと、心細いはずだ。困ってしまうはずだ。
力になってやるべきだろう。
「何か、してほしいことがあったら言ってくれ。俺にできるだけのことはする。絶対に」
本当に、力になってやりたいと思う。
「なんでもいいんですか」
「なんでもいいぞ。遠慮せずに言ってくれ」
「では。頭を撫でてください」
シェミーの発言に俺は首を傾げた。
「それでいいのか?」
「ええ、それがいいのです」
「じゃあ、ええと」
近寄ってみる。
頭を撫でるのか。頭を撫でる、ね。
もっと贅沢を言ってもいいと思うのに。
さすがに豪邸を買うとか、宇宙旅行をするとか、そういうのはできないけれども。
「どうしました」
「いや、なんでもない」
シェミーの頭を撫で始める。
なんだろう。俺とシェミーは他人だし、年齢は俺と同じくらいに見えるが、まるで俺が父親でシェミーが娘みたいな感覚だ。
まあ、シェミーは未来人なわけだし。その未来に俺はもういないのだろうから。明らかに、シェミーより俺のほうが生まれた年は早いわけだが。
それでも、見た目で判断すると、俺が父親でシェミーが娘、とはならないわけで。
百年。百年、だ。
俺とシェミーは百歳差だとしよう。
俺が今、二十三歳。
そこから、晩年結婚をしたとして、二十年後に子どもを授かるとしよう。息子もしくは娘が生まれてきたときには四十三歳。まだ残り八十年。
息子もしくは娘も晩年結婚をしたとする。四十かそこらで結婚し、その後、子どもを授かるとしよう。そして、孫が二十歳になる。これでもまだ残り二十年、か。
俺がもし、百年後に生きていたとしたら、俺とシェミーはひいおじいちゃんとひ孫、くらいの年齢差となるのか。
考えたくないな。俺、生きていたとしても、超ヨボヨボじゃん。
「百年。百、年?」
俺の頭のなかで、疑問が浮かび上がってきた。
シェミーは、たしか、こう言っていた。
『今から百年後の、二千百二十六年からやって来ました』と。
どうして、今がシェミーの時代から百年前なのだとわかった。
どういう手段でそれを知った。
ちなみに、俺はシェミーに今が二千二十六年なのだと一言も言っていない。
どうして、それを知っている。
「なあ、シェミー」
「なんでしょう」
「一つ、訊いていいか。どうして、今が百年前だってわかったんだ」
シェミーは「むむむ」と唸りながら、考え込み始めた。
考え込む必要があるのか。
話したくない秘密があると言うのか。
秘密だとしたら、わざわざ深掘りするのも悪い。
秘密は秘密だ。他人の秘密を暴こうとするのは、とても身勝手な振る舞いだろう。嫌がらせ、とも捉えられかねないはずだ。
やめておくか。
「ただの、ふとした疑問なんだ。なんでもない。気にしないでくれ」
でも、シェミーはまだ考え込んでいる。
余計な発言だった。シェミーを困らせてしまった。
俺は何も考えずに訊いてしまったことを悔いていた。
「懐かしさで、そうなのかな、と。それに、ちょうど百年前だったとしたら、キリがいい気がしたので」
シェミーがそう言った。
「なんとなくで、ピタリと当たったのか」
また余計な発言をしてしまった。
なんとなく、で当てられると思わなかったからだ。それに、あのときのシェミーの発言は、知っていたうえで出た発言なのだと思われるからだ。
しかし、よく考えてみれば、シェミーが理由をぼかそうとしているのはわかる。これ以上、この話を進めるのはよくないと、わかってしまった。
なのに、心の声がこうも容易く漏れ出てしまった。
詮索するべきじゃない。やめよう。
だが、俺の口は止まらない。
「俺が今から百年前の千九百二十六年にタイムスリップしたとして、当てずっぽうで千九百二十六年を当てられる自信はない。だって、自分の知らない時代にいるわけだし、知っている時代だとしても当てずっぽうで当てるのは不可能だ。だれかから聞いたとか、自分の知っているニュースを聞いたとか、そういうのじゃなければね」
止まれよ、俺の口。
「ここが百年前だとわかる、要素があったんです」
シェミーが大きく息を吐いてから、そう言った。
「その要素は、ナイショでもいいですか」
シェミーは鼻頭に人差し指の側面を当てて、ウインクをした。
「悪い」
ようやく我に返った俺は、なんとかその一言だけを呟いた。
「頭を撫でる手、止まっていますよ。もっと撫でてください」
「お、おう」
不服そうに言われた。
リクエストがあったので、もう一度、シェミーの頭を撫でてやる。
シェミーの鼻歌が俺の耳に入る。
知らない歌だ。
なのに、どうしてだろう。なぜか、この歌がアニソンなのだとわかってしまう。
オタク文化は、おそらく、百年後も変わらないのだろう。
百年の重み。ジェネレーションギャップなんて余裕で感じる。
でも、アニメを愛する気持ちは百年後の人間も同じなのかもしれない。
「あれ」
「どうしました、零我」
「シェミーって、このまましばらくはウチに住むんだよね」
「はい。居候させていただきたく思います。ふつつか者ですが、よろしくお願いします」
「ああ、うん。よろしく。それはいいんだけど、ベッド一つしかないし、それに着替えとかもどうしよう」
問題は山ほどあった。
どうしよう。絶対に、目のやり場に困る場面がやって来るはずだ。
洗濯とかさ。お風呂とかさ。どうするんだよ。
やはり、男女が寝食をともにするのは、そういう関係かあるいは家族とかでもない限り、ダメなんじゃなかろうか。
シェミー的には、問題ないのか?
俺が女の子になったとして、女の子の気持ちになったら、イヤの気持ちでしかないだろう。
だって、知らない男だよ。しかも、容姿がお世辞にもいいとは言えなくて、アニメキャラクターの女の子に「くぅ、かんわいいなあ。やはり、ナントカちゃんは最高だぜ」なんて感想を抱く人間だよ。
自分で思っていて悲しくなってくるんだが、女の子からしたらそういうのってイヤなんじゃなかろうか。
俺、かつて、同級生の女子に「気持ち悪い」と言われた経験があるし。
俺的には「え、だれ?」という気持ちだった。
自分の知らない人に「気持ち悪い」と言われるのはめちゃめちゃ傷つく。
いや、「気持ち悪い」なんて言われて、気分が悪くならない人間は少ないと思うが。
でも、俺を見て、そういう感想を抱く人間が普通なのかもしれないな、なんて思うと、余計に悲しくなった。
だから、俺を見て「気持ち悪い」と思うのは、きっとマイノリティではないのだろう。
シェミーだって、イヤなはずだ。
どうにかして、アパートをもう一部屋借りるべきだろうか。
しかし、当然、そんな資金は俺にはない。
「零我」
「うん」
「ファイト」
なぜか応援された。
「とりあえず、服屋行くか」
思考放棄した。
できるだけ、俺はシェミーのことを意識しないようにしよう。
俺は、虚無。俺は、霞。
男女だと認識するな。
俺は俺で、シェミーはシェミーだ。
そう。なら、何も問題ないな。
いや、俺が問題なくても、シェミーからしたら問題大ありかもしれないし。
考えるな、考えるな。
いや、むしろ考えろ、俺。
仕切りをつくるとか、そういうシェミーが俺をイヤがらずに済むような方法を考えろ。
仕切り、か。ホームセンターに行く必要もあるな。ベッドも必要だし。
あ、ベッドか。この部屋に、もう一つベッド、入るのか?
入らなくね?
このアパート、一人暮らし用だぞ。
マジでどうするの。
ええい、どうにかなれ。
ガチャリ、と扉を開け、外に出た。




