19.胡散臭い男の実力
十畳くらいの和室に案内される。
荷物を置いて、身軽になった。心身の疲れを感じる。
さて。網干から、ヒントを得なければ。
網干に伝えていいものと伝えてはいけないものを取捨選択しながら、俺たちの境遇などを話した。
網干は考え込む仕草をしたのち、やがて、口を開いた。
「ああ、今、世間で話題の宇宙新幹線に関わってたのか。そりゃあ、災難だったな」
網干は謎のお札をくるくると回しながら、テレビをつけた。
今時、珍しいブラウン管テレビ。
ブラウン管テレビって、まだ使えるのか?
「どこの局もこの話題で持ち切りだなあ。ご苦労なこって。まあ、オレにとっちゃ他人事なんだがな」
お札をくるくると回すのはやめない。
「転機が来たってことだろう。べつに、これは悪いことじゃあねえ。良し悪しを決めるのは、その後の行動次第だ」
それっぽいことを言われた。
スピリチュアル的な、よくある、なんちゃら占いみたいな感じの診断結果的な回答である。
「驚かないんだな」
「ん。何が?」
「未来から俺のひ孫がやってきた、とか、そのひ孫が魔法を使える、とか」
「人生、何があるかわかんねえんだ。そんなもんだろう。ある日、地球が宇宙人に侵略されるかもしれないし、ある日、アニメの世界に吸い込まれるかもしれないし、ある日、人間が口から炎を吐けるときが来るかもしれない。たしかに、こういうのはすべて仮想とか空想とかでひとまとめにされてしまうものだが、人間、だれしもが頭の片端程度には考えたりするだろう?」
「考えないヤツもいるんじゃないか?」
「じゃあ、人類全員、考える生き物であっててくれ」
「なんだそりゃ」
網干のヘンテコ理論が始まりそうである。
そうだった。こいつはそういうヤツだった。
網干は大学時代、当然、めちゃめちゃ浮いていた。異端者、みたいな扱いをされていた。
近寄ったら怪しい宗教の勧誘でもされるんじゃないか、と噂されていて、近寄るヤツはまあいなかったな。
英語だったか、第二外国語だったか、なんだったか忘れたが、当時は同じクラスだったとしても、俺からは積極的に関わろうとはしなかった。
大多数の人間は、何をされるかわからない、得体の知れないものに近づきたくはないわけだ。当然、俺も近づきたくなかった。
だが、俺は過去にいじめを受けた過去がある。いじめっ子の顔も思い出さないようにしているし、記憶から抹消しようとしているが、それでも真夜中、イヤな記憶がフラッシュバックして、一生苦しめられている。
網干はたしかに見た目がヘンテコなヤツだが、俺が意図的に網干を弾こうとする行為も、過去に俺が受けたものと同じなのではなかろうか。
そんなふうに考えて、何かの間違えで、俺は網干という人間を知ろうとしてしまった。
網干は幼少期は東北の山奥ですごし、中学は京都、高校は広島と、ずっと転々としてきたそうだ。
網干が高校生のとき、網干の親父さんがお酒が原因の事故を起こしたらしく、それ以来、網干は一生お酒を飲まないと心に決めたらしい。
網干は幼少期、お化けが苦手だったらしい。今はむしろ得意分野になったらしいが、どうしてそうなったのかはわからないそうだ。
心の拠りどころが必要だったとか。人間よりもお化けのほうがマシだったとか。俺的には、そういう理由なのではないかと思っている。
網干はヘンテコなヤツだが、知れば知るほど、どうしようもなくかわいそうなヤツだと思った。
でも、これは最低な同情の仕方なのだろう。だから、俺は網干とはあまりいっしょにいたくない。そう思う。
「魔法かあ。魔法ねえ」
「何か、引っかかるのか?」
「ああ、いや。魔法くらい、オレも使えるからなあ、と」
網干の口から衝撃的な言葉が漏れ出た。
普通、人間は魔法なんて使えない。魔法を使えるのは、漫画やアニメのなかだけである。
魔法使いなんて、ただの空想でしかない。この世に存在しない、幻的な何か。
炎魔法なんてありえない。水魔法なんてありえない。雷魔法なんてありえない。風魔法なんてありえない。氷魔法なんてありえない。光魔法なんてありえない。闇魔法なんてありえない。
エネルギー保存の法則とか、そういう物理的な話をすると、人間が魔法を使うなんて、ありえない話として断定されてしまうのだろう。
頭のなかではみんな、わかっている。魔法なんて、空想上のものでしかないんだって。
魔法があったら。魔法があれば。
あくまで、魔法というものも、一種の拠りどころ的なものなのかもしれない。
魔法は、実在しないのだ。
「嘘をつけ」
「嘘じゃあ、ねえよお。よっしゃ。特別に今、使ってやろう」
網干から謎の自信が満ち溢れていた。
「なあ、零我。ちょっと、窓のほうを向いてくれよ」
言われて、俺は窓のほうを向いた。
「ほらな。オレは魔法を使える」
「はあ。どこがだよ」
「『窓のほうを向いてくれ』と言ったら、実際に零我は窓のほうを向いてくれただろう?」
「それのどこが魔法だと言うんだ」
「いやいや、魔法だって。人を操れる魔法さ」
自信たっぷりのご様子だった。
「この人、胡散臭いね」
と、カナ姉が。
「すごいです。もっと見せてください」
と、シェミーが。
どうやら、カナ姉とシェミーで反応がまったくちがうようだ。
「おっと、これ以上はこっちも商売なんでね。料金プランがある。いくつかのコースから選択してお支払いをしてもらいますよ、っと」
扇子かハリセンかよくわからないものでペンペンと床を叩く網干。
非常に胡散臭いことこの上ない。
「人間はみんな魔法使いなんだよ。知らず知らずに魔法を使っている。無意識に、本当にちょっとした場面で使ってしまっているんだ。問題は、その魔法をどういうふうに使うか。薬と同じだ。薬も、摂取のしすぎは身体によくない。しかし、身体の悪い部分を治すためには、現代において、よく薬を用いるわけだ。用法・用量を守る。それくらいはわかるだろう?」
ウインク、一つ。
なぜ、ウインクをしたのかは知らない。
「お酒だってそうだ。お酒も飲みすぎはよくないが、適切な場所で適切な量を飲むぶんには何も悪いこたぁ、ねえ」
網干は立ち上がって、天井を指差した。
「結論。人間万事塞翁が馬、ってこたぁ、なんにも気にする必要はねえ」
荒波が押し寄せるような背景が一瞬見えるかのような、そんな錯覚だった。
「自分を消滅させるために過去に来て、曾祖父の人生を変えに来た?」
「は、はい。そう、です」
「ハッ、笑止。お姉さんに魔法を使う素質はねえよ」
ビシッ、とシェミーを指差す網干おじさん二十三歳。
「お姉さんがやっていることは自分のためなんかじゃねえ。世間から自分がどう見られるか、悪印象を持たれないためにはどうするべきか、そんなクソどうでもいいことに命賭けようとする人間に、魔法を扱わせていいわけがねえ」
「そ、そこまで言うことはないじゃないですか」
シェミーも立ち上がって、網干を睨んだ。
「だから、嫌いにはなれねえな」
ニヤッと笑みを浮かべる、不審な男、網干。
「オレも、クソどうでもいいことに命賭けるタイプなんだわ」
言いながら、すたすたと歩き、小さなケージの前で止まる。
ハムスター、が一匹いた。網干は屈みながら、ケージを開き、そのハムスターを指でちょんちょんと優しく撫でた。
ヤンキーが野良猫拾う、みたいなシーンを見せつけているな、こいつ。
俺は、「ああ、網干ってこういうヤツだったな」と思った。
「ちゃんと聞いてやったけど、お姉さんが命を投げ出す意味も、この時代にやってきて、零我とそこのもう一人のスレンダーなお姉さんの人生を変える意味も、まったくと言っていいほどない。未来も過去も簡単に変わるもんだ。以前はこういう説が有力だったのに、今はその説が否定されている、なんて歴史は珍しくないだろう?」
ハムスターにエサをやりながら、そう返してくる。
ハムスターにエサをやるか、俺たちにヒントを与えてくれるか、どっちか一つに絞ってくれよ、なんて思う俺。
「だいたい、お姉さんが話す未来と今、もうすでにちがっちゃっているわけじゃないか。宇宙新幹線は企画ごと木っ端微塵、お姉さんはこの時代にいることがありえない。過去や未来を変えようとしたら、きっと、とんでもないことが起きるぜ」
ハムスターにエサを与え終わったらしく、くるりと振り返った。
「だから、お二人さん、結婚しちまえばいいんじゃねえの?」
「ん?」
待て。どういう結論でそうなった。
今まで、そんな話はしていなかったじゃないか。
結婚するとか結婚しないとか、まったく触れていなかったじゃん。
カナ姉については、ノータッチだったじゃん、お前。
え、今って、結婚相談とか、そういうことをしていたのか?
俺の記憶がたしかなら、結婚相談をしに広島まで来たわけではないのだが。
うん?
何か、話が食いちがってしまっているのだろうか。だとしたら、話す内容を修正してやらなければならない。
たしかに、網干から見たら俺とカナ姉の関係性はそういうふうに見えてしまうのかもしれないが、だからと言って、結婚相談がしたかったわけではないのだ。
あと、どう見てもそういう流れになる雰囲気ではなかっただろう。
おいおい、網干。冗談はキツいぞ。もう、冗談はカナ姉からたらふく摂取しているからなあ。
「零我とそこのスレンダーお姉さんが結婚して、パツキンお姉さんが誕生する幸せもふもふな未来だって、たぶん、あるだろう?」
もふもふ、て。その擬音は合っているのか?
「胡散臭いと思っていたけど、やっぱり、見る目ある。見る目あるね。そうだよね、お姉ちゃんと零我ちゃんは【結婚】するべきだよね」
おい。手のひら返すな。あと、結婚、だけ強調すんな。
「あのなあ」
チラッ、と網干の手を見ると、薬指に指輪がはまっていた。
ずっと、気がつかなかったが、なぜか、指輪がはまっていた。
そういえば、この建物に入るとき、カナ姉とシェミー以外の女物の靴があった。
旅館みたいな見た目をしているから、てっきり他の宿泊客的な人の靴かと思っていた。
まさか。
「えっ、お前、結婚してたの?」
「ん。おお、そう」
網干の鼻が伸びた。もちろん、比喩だ。
「えっ、お前、が?」
「おいおい、失礼だな」
だって、網干から女の話だとか恋愛の話だとか、そんなのはまったく聞いたことがなかった。
というか、恋愛とか興味ない人間だと、勝手に思ってしまっていた。決めつけてしまっていた。
こいつ、めちゃめちゃ自由人じゃん?
めっちゃ重たい過去を抱えているヤツじゃん?
めちゃめちゃ、めちゃめちゃ、めちゃめちゃめちゃめちゃ胡散臭いヤツじゃん?
恋愛とかよりも、スピリチュアルを追い求める人間だと思っていたのに。まさか、既婚者だったなんて。
「結婚、詐偽に引っかかったのか?」
「超失礼だな。あまりオレのカミさんの悪口言うなよなあ。さすがに、怒るぜえ?」
網干にため息を吐かれた。
「えっ、出会いは。どう出会った?」
「落ち着け、落ち着け。出会いか。まあ、それは言えねえなあ。ちょっと、いろいろとディープすぎるからな」
わけありであるのは、間違いなさそうだ。
「結婚式、いけなくてごめんな。マジで」
「ああ、待て。式はやってないんだわ」
「あ、そうなん?」
「いろいろと忙しかったからなあ」
マジで謎すぎる。
「そっかあ。網干、結婚してたのかあ。末永く幸せにな」
「どうも」
「あれ。すると、かなりのスピード婚なんじゃないか?」
「まあ、早かったな。ちなみに、尻に敷かれてる」
網干より奥さんのほうが力関係的には上らしい。
「でもな、夜の時間はしおらしいんだ。そのギャップが好きなんよ。夜の時間は逆にオレが尻を撫で回して――」
ボカン、という凄まじい音が響いた。
気がつくと、網干の頭が床にあり、網干はフニャフニャと気絶寸前の状態である。
こ、怖え。
「うふふ。お気になさらず」
「アッ、ハイ」
網干の奥さんだった。
とてもかわいらしい見た目だったが、パワーはすごそうだ。
俺もカナ姉もシェミーも、衝撃的すぎて、片言で返してしまったほどである。
「ひゃい、オレのカミさんでした」
「網干。うん。がんばれ」
俺はトントン、と優しく網干の肩を叩いてやった。




