18.魔界に住む男
新幹線に乗車する。
東京からどんどんと遠ざかっていく。
車窓は自然豊かな景色が流れていく。
目的地は広島。
俺の記憶が正しければ、あいつは広島の山のほうに住んでいたと記憶している。
「楽しみだねえ、宮島」
「カナ姉。宮島には行かないぞ」
「え、行かないの?」
「ああ」
カナ姉が、それならいったいどこに、といった顔をしていた。
旅行しているわけではないんだぞ、べつに。
本当だったら、そりゃ、旅行したいよ、俺も。
だが、今は旅行するよりも優先するべきものがある。
交通費を捻出するのだって、やっとだった。
俺が小さい頃から貯めていた小遣いでわざわざ新幹線の券を買っている。
ああ、本当だったら欲しいゲームソフトを買うために使う予定だったのに。
というのは本音ではあるが、実際は、困ったときのために使おうと思っていたので、特に問題なし。
特に問題はないんだ。ああ。決して強がりなんかではない。
ゲームソフト、買えたのになあ、なんてこれっぽっちも思っちゃいない。
「富士山、見えませんねえ」
「シェミー。富士山はこっち方面にはないよ。どんどん遠ざかっちゃっているから」
「そういうものなんですね」
「そういうものだよ」
姫路にいても、富士山見えないでしょ。姫路より東にある大阪もたぶん、富士山見えないだろうし。
俺たちは、姫路より西に向かっているからな。
「駅弁、食べなくていいんですか?」
「俺はコンビニのおにぎりで充分」
「そうですか、モグモグ。もったいないと、モグモグ、思います」
いいですか、シェミーちゃん。食べながら喋るのはあまりお行儀がいいとは言えませんよ。
これ、二人ともすっかり旅行気分だな。このあと、絶対地獄を見るぜ。
まあ、いいか。運動不足を解消できるし。
というか、アパートを出る前に伝えたんだけどな。山登りすることになるから、軽装はやめておきな、って。
まあ、軽装ではないけれども。俺たち、このあと山、登るんだぜ?
きっと、地獄を見るような顔をするだろうな。
先のことを考えると、頭が痛かった。
「それにしても、ひいおじいちゃんと新幹線に乗るのははじめてです」
「それ、あまり大きな声で言わないでね。どう見ても俺とシェミー、ひいおじいちゃんとひ孫の見た目をしていないから」
だいたい、シェミーが生まれた時点で俺ってたぶん生きていないだろう。まるで、ひいおじいちゃんこと未来の俺とは多少なりともすごしたことがあるかのような言い方だが、百年後は俺が百二十三歳なんだからさ。シェミーが二十歳くらいだとしても、俺、百歳すぎまで生きられるかねえ。
百歳すぎまで生きたとしたら、俺は長寿だな。メディアとかに長生きのコツ、って題で取材とかされていたりしてな。
健康に生きたいものだ。引きこもりだから運動不足はよくないけれども、納豆とかヨーグルトとか好んで食べるし、生活習慣見直せばここから長寿もありえるんじゃなかろうか。
いや。でも、昼夜逆転しているからなあ。一時的に生活サイクルを正常な状態に戻してみたけれども、また簡単に昼夜逆転してしまいそうである。
百歳かあ。足腰も耳も目も、全部今よりガタガタなんだろうなあ。想像したくないなあ。
シェミーが駅弁を食べる姿をぼうっと観察しながら、そんなことを思った。
「零我さん、そんなに見つめられると食べづらいのですが」
「ああ、悪い。通路側だから、外の景色、見づらくてな」
「明らかに私のこと見てましたよ」
「そうか。そりゃ、悪い」
思考がぼんやりとしていた。
ひいおじいさんらしく、何かしてやるべきなのだろうか、なんて。
とは言っても、気を遣われるのもシェミー的には勘弁願いたいのではないかと考えて、思うだけにとどまってしまう。
俺を家族みたいに思ってほしい、なんてセリフは俺からは吐けない。
そんなセリフを吐いたところで、普通はドン引きされるのが筋だろう。
ましてや、プー太郎で芋顔の挙動不審な男となると、ドン引きどころか下手したら不審者としてしかるべき機関に突き出されかねない。
はあ。俺がアイドル顔のイケメンお兄さんだったら、もっと自分に自信が持てただろうか。
もしくはアイドル顔のめっちゃきゃわわなお姉さんだったら、みんなに愛される存在になれただろうか。
「あの、零我さん」
「はあ」
「あのあの、零我さん」
「はあ」
「ちがうよ、シェミーちゃん。こうやるの。零我ちゃん、今、濃厚な口づけをしてあげるからね」
「拒否。で、どうした、シェミー」
「ほら、ね。零我ちゃんの扱いはお姉ちゃん、めちゃめちゃ得意なの」
「カナ姉のマネするなよ」
「善処します」
うーむ、不安だ。
「で?」
「『で?』とは?」
「いや、シェミーが俺を呼んだんじゃん」
「特にないですけど、また私のこと見つめていましたので。ダメですよ。私と零我さんは、あくまで、ひ孫に甘いひいおじいちゃんとひいおじいちゃん想いのひ孫。こういう関係でいきましょう」
「どういう関係にもなろうとしていないよ、俺は」
「それもいけません」
何がいけないんだよ。
「かわいい、かわいい、ひ孫の姿が見られて幸せですか。零我ひいおじいちゃん」
「あまり公共の場でその呼び方しないでほしい」
「じゃあ、どう呼べばいいですか」
「前みたいに、零我とか零我さんとかでいいだろ」
「でも、特別な関係であるのは事実なので、特別な呼び方がいいじゃないですか」
「俺はそうは思いません」
すると、シェミーはプクッ、と頬を膨らませた。
フグみたい。
もういっそ、山口まで行ってフグ料理でも食べてくるかあ。お金、ないけど。
「牡蠣、食べたいねえ。お姉ちゃんと一杯、どうですか、旦那ぁ」
「だれが旦那だ。カナ姉は食べることとお酒を飲むことしか考えていないの?」
「うん」
めっちゃいい返事だった。
すごくいい返事だった。
こっちが呆れてしまうくらいにいい返事だった。
「酔ったらどさくさに紛れてハレンチ度マックスになっても、平気?」
「なわけないだろ」
カナ姉から意味のわからない耳打ちをされたので、睨むように言ってやった。
「般若の面だ」
「んなもん、つけてないよ」
「比喩だよーん」
「これが夫婦のやり取り、ですね」
「ちがうからね。シェミー」
そんなこんなでよくわからない会話をしていたら、いつの間にか、広島駅に到着していた。
中国地方最大の都市、広島。駅から見える外の景色やすれ違う人波からも、ここが都市であると感じられる。
さて。ここからはローカルな道のりとなる。
「あれ、お姉ちゃんたちって、どこ向かっているんだっけ」
「山」
「や、山?」
ローカル線の乗り場まで移動していく。
ここからもまた、数時間はかかるだろうか。
「宮島と言ったら、海じゃないの?」
「カナ姉。言ったじゃない。宮島には行かないぞ、って」
「えっと、今日はどうなるの」
「これからハイキングコース。がんばろうな」
「お姉ちゃん、キツいのヤ、ヤダ」
ローカル線になんとか乗り、ガタンゴトンと揺られて、ゆっくりと進んでいき、午後三時前にはなんとか目的地の最寄りの駅に到着する。
これなら、日没までには間に合いそうか。日が沈んでからの山登りはめちゃめちゃ危険だからな。
山登りを舐めてはいけない。遭難や滑落は多発している。絶対に見くびってはいけない。
「ん?」
駅のロータリーに、白いワゴンが停まっていた。
スイッ、と窓が開いて、運転手が俺たちに手招きをしている。
その人物は、邪悪なオーラを感じるピアスをしていて、だれだかわからない外国人の顔がプリントされたシャツを身に纏っていた。
見るからにヤバい人間であるのは間違いないが、一目で俺が会おうとしていた人物だとわかった。
「久しぶりだな、零我」
「あ、ああ、網干」
緊張感があった。
「こいつは網干凛成。俺が大学時代、まあ、英語のクラスか何かでいっしょだったヤツだ」
「友人でいいじゃねえかあ。あと、今は芸名を名乗ってんだ。網干水源だ。よろしく。お姉さんたち」
「よ、よろしくです。シェミーです」
「芸名って、何かされている方なの?」
「ああ、こいつは陰陽師とか祈祷師とか、そういう、まあ、なんか、そういうことやっているヤツだよ」
「ハハ。言葉を選んでくれているなあ。そんな評価になるのも仕方ねえかあ。まあ、立ち話もなんだし、乗っていきなよ」
「おう、悪いな」
「乗って、大丈夫なんでしょうか」
俺たちは白いワゴンに乗り込んだ。
「じゃあ、出発しますよ、っと。山道を走るから気持ち悪くなるかもしれねえけど、勘弁してな」
安全運転で走り出していく。
山、山、山。大自然が、すぐ目の前にある。
人家があるのは駅前だけで、少しすると、曲がりくねった細い舗装道路と、転落防止用のガードレール以外は人工物がほぼ見当たらない。
いや、電柱はなんとかあるか。
こんなところでも、電気は通っているらしい。
動物注意や落石注意の標識。東京都心じゃ、見ない標識だ。
俺たちは、まるで魔界に向かっているようだった。
「最寄りのコンビニまで車で数十分。どうだ、シティボーイには驚きかな」
「不便そうだな」
「住めばなんでも都だ」
車内には、なぜか宣教師の格好みたいな衣服があった。
サングラスもいっしょにあって、めちゃめちゃ異様な光景である。
今時、珍しいカセットテープなんかも散らばっていて、マジで謎すぎる車内である。
カセットテープの面には、昭和後期から平成初期くらいにヒットしていた曲のタイトルが手書きで書かれている。
俺が生まれる前にヒットしていた曲。
曲名やサビだけはギリギリ知っているが、フルは絶対にわからないだろう。
「親戚から譲り受けたんだ。オレにはさっぱりだが、一回、流して聴いてみるのも悪かねえ。いい機会だし、聴いてみるか」
「いや、運転に集中しろ」
「おっと、そいつは正論だな」
山道をどんどん進んでいく。
正直、めちゃめちゃ酔ってきた。
「袋あるから、吐きそうなら存分に吐いてくれていいぜえ」
「なるべく吐かないように気をつける」
ぐねぐね、ぐねぐねと進んでいく。
そして、ようやく目的地にたどり着いた。
古びた旅館、みたいな見た目をした建物。なんだか、異次元に飛ばされたかのようだ。
「さあ、いらっしゃい。ゆっくりと寛いでいってくれよな」
網干の犬歯が、まるで俺たちを威圧するかのようなギラギラとした怪しい輝きを見せていた。




