16.お姫さまの接吻
太陽。水星。金星。火星。木星。土星。天王星。海王星。なのだろうか?
宇宙空間に飛ばされた経験がないので、わからない。
天体。俺に知識はない。
せいぜい子どものときに、プラネタリウムを見に行って、それで終わり。天体マニアではないので、まったくわからない。
オタク。たしかに俺、オタクではあるが、オタクはすべてのジャンルにおいてオタクというわけでもない。
アニメオタク、漫画オタク、アイドルオタク、ゲームオタク、鉄道オタク、料理オタク、健康オタク、宇宙オタク、サバイバルオタク、パソコンオタク、映画オタク、気象オタク、都市伝説オタク、プラモデルオタク、ミリタリーオタク、地理オタク、歴史オタク。この世のオタクは、実は多種多様であり、すべてを知り尽くしたオタクマスターというわけではない。
俺はオタクだが、アニメオタクとか漫画オタクとか、そういうオタクであって、しかもそこまでオタクってレベルにマスターしているわけでもないので、知識は浅い。
たぶん「え、これはこうでしょ。これ、常識だよ」って指摘されてしまうレベルには、オタクをマスターしていない俺なのである。
で、ただでさえ自分の領分であるアニメや漫画でもそのレベルなのに、自分の領分ではないジャンルを出題されたら、そりゃ答えられん。
土星には輪っかがあるけど、実は木星にも輪っかがあるらしい、くらいのレベルである。
ふむ。こんな宇宙空間に飛ばされてしまうのなら、以前からもっと宇宙について詳しく勉強するべきだった。
「零我ちゃん。ロ、ロマンチックだね」
「そうだね。星がきれいだね」
さすがにカナ姉もドン引きしているようである。
さて、ポンコツで芋でおバカさんな俺と、残念でちょけてしまいがちな暴走お姉さんのカナ姉と、自分のひいおじいさんに謎の信頼を置いていて消滅願望のある天然な女の子のシェミーの三人で、はたして何ができると言うのか。
シェミーは自分のひいおじいさんは信頼できる人物だと認識してから、ひいおじいさんこと俺にべったりとしすぎだ。
でも、祖父と父との関係性は劣悪だったのだろうから、父性みたいなものを自分のひいおじいさんに求めようとするのは、べつに自然な流れではあるのかもしれない。
父性、ねえ。独り身だけれどね、俺。
「ここが月なら、宇宙ステーションとかあるはずだし、地球の青い姿も拝めるはずだけど、全然見えんな」
キョロキョロと辺りを見回して言った。
勝手に月だと仮定して言ったが、ここは月じゃないのかもしれないな。
そもそも、アパートと宇宙がつながる意味がわからんので、考えてもムダかもしれない。
「カナさんを起こしてくれましたね」
「ああ、起こしたけど。でも、『で?』って感じじゃないか?」
すると、シェミーは「たしかに」といった顔をしていた。
おいおい。これじゃあ、三人して困り果てておしまいじゃないか。何も進展していない。
そもそも、なんで俺たち、呼吸できてんの。トンデモ宇宙空間じゃないか。
というのは、今さらか。もう何回も思った。
こんなところにいても、ロマンチックな言葉を吐くだけしかできない。一刻も早く、どうにかしなければ。
コンビニで揚げたてのチキンでも買って食べようと思っていたのに。
クソッ。なんかおかしなことになってしまっているぞ。揚げたてのチキンすら食えない状況になってしまっているのは、おかしすぎる。
どうやら、おかしくなっているのはここに宇宙が存在していることだけでなく、俺もまたそうみたいだった。
「まさか、タイムパラドックスでこんなにおかしくなってしまうとは思いませんでした」
「タイムパラドックスなんて単語、リアルじゃ使わないぞ」
「ふふ。ここはアニメの世界なのかもしれません」
「楽しんでいる場合か」
おかしくはなっているけども、それでも俺はシェミーにツッコミを入れた。
喜劇は嬉しいけれども、悲劇やピンチは創作の世界のなかだけでいい。創作のなかだけに閉じ込められていてくれ。
けれども、悲劇もピンチも現実にだって、起こり得るものである。それは、受け入れるしかない。
だが。だが、だが、だが、だからと言って、これは受け入れられるものではない。これは、現実では起こってはいけないことである。
何を間違えてしまったのか。どうしたらこうなってしまうのか。どうすれば元に戻るのか。それすらもわからないような状況や空間に放り込まれて、どうしろと。俺にはどうにもできない。
本当にどうしよう。このまま、俺たちは宇宙というある意味虚無な空間で、餓死していくのを待つだけなのか。
三人寄っても、何かできるような状況じゃねえ。
「仮説を立てましょう」
不安になっている俺の様子を見てか、シェミーが大きな声でそう言った。
仮説。立てて、何になると言うのだろうか。
でも、何もしないままでは何も変わらないので、やってみるしかない。
「んとさ、お姉ちゃんも参加するべき?」
「ぜひ。お願いします」
カナ姉に向かって、シェミーは頭を下げた。
「わ、わかった。だから、シェミーちゃん、頭上げて、上げて」
カナ姉が戸惑っている姿を見て、どこかおかしく思い、俺の口から「フッ」と声が出た。
「あ、零我ちゃん、笑ったな」
「笑ってないよ」
「お姉ちゃんの、渾身の、好き好きキスマーク五十連発を食らわせちゃうぞ」
「な、なんだそれ。や、やめてくれ」
カナ姉のせいで、俺も戸惑うことになってしまった。
「それです」
「うん?」
「それですよ、零我さん。カナさん」
シェミーの発言の意味がまったくわからず、俺とカナ姉はお互いに顔を見合わせた。
「それ、とは」
「それ、はそれです。零我さん」
「それ、ってキスマーク?」
「そうです。カナさん」
「うん?」
俺たちは再び顔を見合わせた。
キスマークの何がそれだと言うのだろうか。キスマークはべつに、何かを救うための伝説の武器とか伝説の予言の書とか、そんな大層なものではない。
キスマークはアレだ。どちらかというと、浮気だとか、悪いイメージの単語といっしょに連想される場合も多い。
伝説なんかじゃなくて、俗物的な何かである。
この世界を救う鍵にはなりえない。
「あのなあ。キスマークは普通、昼ドラくらいにしか出てこないんだぜ。あとはそういうキャラが登場する回とかさ。あまりいいイメージとして使われるものじゃないし。まあ、いいイメージとして使われるときもあるけども」
「ちがいますよ。おとぎ話です」
「おとぎ話?」
何を言っているのだろう、と思ってしまった。
「えっと、どういうことだ」
「王子さまのキスでお姫さまは永遠の眠りから目覚める、的なアレですよ」
また、何を言っているのだろう、と思ってしまった。
「それとこれとは関係なくないか?」
「あります。たぶん」
「いやいや。あれは、お姫さまが眠りについたけど、王子さまのキスで起きた、ってわけじゃん。ここに、王子さまもお姫さまもいないし、それに、どう間違えれば王子さまとお姫さまがキスして、この宇宙空間から解放される、って言うんだよ。いや、そもそも、このアパートから出たら即宇宙空間、という状況自体がおかしいんだけどさあ」
「それです」
「ど、どれ?」
「零我さん。それですよ。この世界はおかしいんです」
うん。それは知っているから。
「これは、私が立てた仮説ですが。つまり、この世界はおとぎ話みたいな状態になってしまったのです」
「ストップ」
「零我さん。まだ、話の途中です」
「うん。じゃあ、わかった。どうぞ?」
「この世界はおとぎ話みたいな状態になってしまったのです」
「それはさっき聞いた」
「つまり、おとぎ話みたいな状態から解放されるためには、おとぎ話みたいな条件が課されているはずです」
「そうかなあ?」
「そして、私はこう思いました。結論。零我さんとカナさんが幸せなキスをすることで、元に戻るのではないかと」
ふむふむ。
「うん。ちょっと待て、シェミー。お前まで暴走してどうする」
「ぼ、暴走していませんよ。至ってまじめに考えた仮説です」
「そんな仮説はばっさり捨ててもらって。恋愛ものの漫画やアニメの見すぎだ」
俺がそう言ってやると、シェミーがプクッ、と頬を膨らませた。
どうやら、不満があると頬を膨らませるのはシェミーのクセらしい。
あざとすぎないか、このひ孫。いや、俺のひ孫だと自称しているだけにすぎないんだけども。
まあ。当然、この仮説は却下するとして、俺も何か仮説を立ててみるとするか。シェミーみたいに、おとぎ話チックな仮説ではなく、まじめな仮説をな。
仮説というか、解決策だな。こうなった原因は、タイムパラドックスだ、という結論で終えているわけだし。本来、この時代にいないはずのシェミーが、ここにいることによってこうなってしまっているんじゃないか、ということすらも明らかになっているわけだし。
それなら、あとは点と点を結んでいくだけだな。
「やはり、マウストゥマウスではありませんか?」
「マウストゥマウスはしません。あなたのひいおじいさんはマウストゥマウスをしないと決めています」
「ええ、どうしてですか」
不服そうに言うなよ。
「したところで、変わらないのが目に見えているから」
「でも、やっていないのだから、わからないじゃありませんか」
「マウストゥマウスというのはね、好きな人同士でやるものなんだよ。いいかい、シェミーくん」
「零我ひいおじいちゃん、シェミーくん、ではなく、シェミーちゃん、と呼んでください」
そこは関係ないだろ。
「じゃあ、シェミー」
「シェミーちゃんです」
「シェミー」
「いじっぱりはいけませんよ」
「シェミー。俺はカナ姉とマウストゥマウスはしない」
「しょぼん。お姉ちゃん、悲しい」
なぜか、シェミーではなくカナ姉が反応した。
「さあ。べつの解決策を考えよう」
「でも、お互い好きそうに見えますよ?」
「どこが」
「零我さんだって、本当は居心地よく思っているはずです」
「うーん」
それについては、すぐに否定できない俺であった。
そりゃ、そうだ。俺はカナ姉を姉貴分として慕ってはいる。
ダメダメな姉貴分をどうにかしなきゃと考えるダメダメな弟分。お互いに波長が似ているのだから、そりゃ居心地はよくなる。
しかし、それが恋愛的な意味での好きにつながるとは限らない。
好き、にも多種多様な好き、が存在しているのだから。
「もういいだろう、シェミー」
「無理強いするのも、たしかによく、ありません、ね」
引き下がってくれるシェミー。
そうだ、それでいい。
今の時代は令和だ。だれを好きになるとかだれと結ばれるとか、自由でいいんだ。
無理にお見合いする必要もない。無理に相手の気持ちに応える必要もない。それが認められつつあるのが今の世。
でも、その反動なのかな。結婚願望が心のどこかしらにはある人間でも、一生涯を孤独のまま終えてしまう人間もいる。
まあ、めんどうくさいしな。いろいろと。
お互いに相性のいい相手を見つけるなんて、とても難しい話だ。
実は相手が腹黒かもしれない。実は相手は自分の容姿しか見てくれていなかったのかもしれない。実は相手の家族がいろいろと難しい問題を抱えているかもしれない。
そういうめんどうくさいが重なって、自由であるがゆえに、何もできなくなってしまう場合もあるのだろうか。
「うん。うん?」
俺の正面にシェミーの顔があった。
たったコンマ数秒の間――俺はシェミーから接吻された。
すると、宇宙空間は一気に消滅。
俺たちはなぜかアパートの前の駐車場にいて、隣近所に住んでいるお兄さんに俺がシェミーに接吻されている現場を目撃されてしまった。
「いや、どういうこと?」
【あとがき】
この話の前半部分を執筆してから、二週間くらい執筆するのをサボってしまったので、たぶん、途中で読み味が変になっているかもしれません。更新滞ってしまったら申し訳ないのですが、あと十話以内には完結させるつもりです。




