13.ゲレンチの感情
テレビの電源を入れる。
ニュース番組がやっていた。
宇宙新幹線の事業の頓挫について、メインニュースレベルの扱いで報道されている。
公には秘密だった話が、ここまで大きく報道されてしまっている。
アナウンサーにコメンテーター、専門家。みんな、この内容について語っている。
で?
これに関わるはずだった人間の一人である俺は、何もわからないのだが。
ぽかんとしているだけ。
無職だ。また、無職に戻ってしまう。
無職に戻ってどうするんだよ。
東京から姫路までアパートの一室借りて、なんの成果も残せなかった、だなんて。
俺の人生だぞ。俺の人生が狂ってしまうんだ。
そんな、一般人の人生がどうなるか、だなんてアナウンサーやコメンテーター、専門家が保証してくれるわけではない。
だから、怒りをぶつけるのはお門ちがいなのだろう。
でも。俺の、俺の、俺の人生がぶっ壊されたことよりも、宇宙新幹線の事業の頓挫がどう社会に影響してくるのか、を議論するほうが世間的には大事らしい。俺の人生をバックアップするための議論は行われない。
それで、なぜか俺の心のなかに怒りみたいな感情がボトンと溜まっていってしまうのだ。
この怒りは、正当性があるものではない。
一旦、落ち着こう。落ち着いて、現状の整理を行わなければ。
まず、宇宙新幹線の事業は失敗したらしい。俺は、おそらく解雇されるだろう。解雇というか、勤めようとしていた会社が倒産するのかもしれない。
次。となると、俺は姫路に残る理由はなくなる。このままアパート暮らしをしても、光熱費や家賃などがムダにかかるだけだ。アパートを引き払って東京にある実家に戻るのが最善策だろう。
が、しかし。シェミーはどうなる。どうすればいい。
シェミー。シェミーの語る歴史と俺の生きる今は、どこかちがうぞ。
宇宙新幹線は、俺が携わることもなく頓挫してしまった。
このままだと、シェミーの祖父や父の悪行は未来の歴史から消えてしまう。
つまり、その悪行によってシェミーの祖父や父は大罪人となることはなくなるわけだ。
いろいろと、おかしな話になってきてしまう。
もしかして。もしかすると。
本来、俺とシェミーは出会わないはずなんだ。
しかし、俺とシェミーが出会ってしまった結果、未来が変わってしまったのではなかろうか。
俺とシェミーは、出会ってはいけなかったのかもしれない。
「零我さん。思っていたのとちがいましたが、これで未来が変わって、私という存在は消滅できますよね?」
「何を言っているんだ、バカ。歴史がちょっと変わっただけだろう」
「でも、これで、私は悪人の家族としてすごさなくてよくなります」
「そんな都合よく話が進むわけがない」
俺は断言してやった。
「これは、あくまで、俺が宇宙新幹線の事業に携わらなくなった、ってだけだ。シェミーの祖父や父にあたる人物は生まれてきてしまう可能性はあるし、そいつらはまたべつの何かで事件を起こす可能性がある。シェミーだって、普通に生まれてきてくれる可能性はある」
「そう、でしょうか」
「そうだよ。今、ここでシェミーが消えずに俺と普通に会話できてしまっていることが何よりの証拠なんじゃないか?」
言うと、シェミーはハッとした顔をした。
「未来がちょっと変わっただけにすぎないんですね」
「俺にとってはめちゃめちゃ変わってしまったみたいだけどな」
「ごめんなさい」
「謝ることじゃないよ。俺が無職になるのはこの際どうだっていい。それより、俺はシェミーには消えてほしくないと思っている」
「え」
「だからさ、シェミーが消えずに、なおかつ、シェミーが幸せな普通の生活を送れる未来にするにはどうしたらいいか、考える必要があるだろ」
シェミーは顔を隠して、後ろにひょいひょいと下がった。
こんな狭い部屋でそんな下がると、壁にぶつかるぞ。
「あの、零我さん」
「なんだ」
「私のこと、口説いてはなりませんよ。じ、実のひ孫を口説くだなんて、ハレンチを通り越してゲレンチですよ。ゲレンチ」
「なんだ、ゲレンチって」
「下劣なハレンチで、ゲレンチです」
「口説いてないわ。それから、ゲレンチでもない」
いくらなんでも、俺はそんなことはしない。
そもそも、俺、ヘタレだ。めちゃめちゃヘタレだ。
シェミーに手を出すような性格ではない。断じてない。そこはきっぱりと否定しなければならない。
たしかに、シェミーは美人さんだ。だれがどう見ようが美人さんだというのは間違いない。
だからと言って、つき合いたいとか欲望を満たしたいとか、俺にそういうのはまったくない。
なぜなら、現実は怖いからだ。
俺がオタクになった理由。シンプルに現実の人間社会や人間というものに拒否感を覚えたから。
俺という人間は世界から弾かれるのが当然とされる社会だ。
まあ、なかにはその結果、過激な行動に移るヤツもいるのだろう。
俺は、そうじゃない。
逃げるクセがついた。
美人な女性。でも、俺なんてそもそも相手にされないだろう。相手だって、「こんなスーパーの残り物の惣菜にすらなれず、棚に陳列される前に廃棄処分されてしまうようなヤツ、シッシッ。あっちいけ」なんて俺のことを思っているかもしれない。
人間には表と裏の顔がある。
俺は、裏の顔が怖いんだ。相手の裏の顔を勝手に想像してしまって、恐怖で何もできなくなるんだ。
もちろん、顔がいい人物をポジティブに捉える人間はいる。それを恋愛対象のルールとして語る人間もいる。
でも、俺はちがうというだけの話。
顔がよくて、裏の顔がないというのであれば、「それ、二次元のキャラクターでよくない?」と思ってしまう俺なのであった。
二次元のキャラクターなら、好きに妄想できる。
こんな性格、こんな趣味、こんな人間。
自分のことを全肯定してくれるような存在だって、妄想のなかでつくり出すことができるだろう。
俺がオタクになるのは、必然だったのかもしれない。
「それより、どうしようマジで」
「わ、私を口説こうとしたことを『それより』で済ませようとするおつもりですか」
「いや、口説いてないし」
「待って、零我ちゃん。お姉ちゃんを口説いて。口説いていいよ」
「カナ姉は話がややこしくなるので、お口にチャックをすることを推奨されたし」
「浮気をしようとした夫を前にした妻の気持ちって、こんな感じなんだね」
「まず、つき合ってすらいないでしょ」
話をややこしくしないでくれ。
「シェミーちゃんとお姉ちゃん、どっちが大事なの」
「どっちも」
「どっちも好きってこと?」
「ああ。もうじゃあ、それでいいや」
適当に対応した。
「零我ちゃん」
カナ姉が抱きついてきた。
抱きつくのはやめよう。
「一人の女性を一途に愛しなさい」
「いででででででででで」
カナ姉に耳を引っ張られた。
「私も抱きついていいですか」
シェミー。ダメです。
理由は、俺は今それどころじゃないからです。
「冷静に考えたら、いろいろとおかしいんだよな」
「何が?」
「何がおかしいのでしょうか?」
「カナ姉とシェミーがここにいることがおかしいんだよ」
こんな醜悪な容姿をした俺みたいなオタク人間の部屋に、美人がしかも二人もドカドカと居座っているのは、普通、ありえないことなのである。
格好いいイケメンじゃなくて本当にごめんね。
アイドル系のかわいい感じのイケメンとか、もしくはシュッとした小綺麗な俳優系のイケメンとか、そういう人間がよかったよな。
本当にごめん。でも、容姿は変えられないし、望んで変えようとは思わないので。
まあ、親父やおふくろから貰い受けた顔だ。貰い受けた身体だ。
イケメンじゃなくても、たとえ、人生がベリーハードモードレベルだったとしても、俺はこの顔とこの身体で生きるよ。
ご飯が普通に食べられる。運動能力は低いけど、身体を自由に動かすことができる。頭もべつによくないが、日常生活に不自由はしていない。すばらしいことじゃないか。
どうやら、俺はポジティブなのかネガティブなのか、たまにわからなかったりするときがあるらしい。
「とりあえず、私もカナさんみたいに抱きついていいですか」
「ダメダメのダメです。本当は、カナ姉も許していません」
「でも、私は零我さんのひ孫ですよ」
「だからイズ何」
「つまり、かわいいかわいいひ孫はかわいがるべきだと思います」
いやあ、二十三歳の男と二十歳くらいの女で抱き合うのは、家族でもしないんじゃなかろうか。
まあ、でも、外国の文化だと、出会ったらハグするのがどうとかって、なんか聞いたこともあるような。
だが、ここはしっかりと「ダメ」と言っておくべきだろう。
シェミーは俺のひ孫なのかもしれない。
けれども、距離感というのは大事だ。ああ、大事なんだよ。
「んおおおおっ」
突然、シェミーが抱きついてきたので、思わず俺の口から変な声が発せられた。
めっちゃ情けない声。
やめてくれ。これ以上、俺を辱めないでくれ。
ねえ、シェミー。あなたのひいおじいちゃんが情けない声を上げて困っていますよ。ひいおじいちゃんをこれ以上困らせるのは、やめてあげたらいいんじゃないでしょうか。
「あのさ、めっちゃ重いんだけど」
二人に抱きつかれて、ポロッと本音が溢れる。
「女の子に『重い』は失礼じゃありませんか」
「そうだよね、シェミーちゃん」
「失礼じゃありません。なぜなら、現在進行形で二人に失礼をされているからです」
「ワーオ、なんのことでしょう」
シェミーはすっとぼけるつもりらしい。
もう、いいか。何を言っても、これはダメ。
諦める俺。
「私のひいおじいちゃんはいい人でした」
「そうか。そりゃ、よかったな」
「後世に語り継ごうと思います」
語り継ごうと思うのなら、存在ごと消滅しようだなんて思うなよ。
ひいおじいちゃんの人柄を後世に語り継げないじゃないか。
めちゃめちゃ美化してくれよ。もう、盛りに盛ってくれていいからな。
「元気になりましたか」
「何が、だ」
「いえ」
心配されているのだとわかった。
この抱きつきは、シェミーなりの気遣いなのだろうか。
なら、甘んじて受け入れるべきか。
「グラマラスな人がよかったですか」
「ん?」
「アニメだと、胸の大きい女性に抱きつかれて喜ぶ男性キャラクターは少なくないはずです」
「そんなこと一瞬たりとも考えてなかったんだが」
俺、そんなふうに思われてんの。
ため息が出そうだった。




