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11.最大の過ち

 目をぱちくりとさせるカナ姉。

 状況をよく飲み込めていないらしい。


「えっと、これ、どういう状況」


 俺とシェミーを交互に見て、訊ねる。


「あー、どう説明したらいいものやら」


 俺はめちゃめちゃ困っていた。


 カナ姉はシェミーが未来人だということを知らない。

 百年後の日本から、俺とカナ姉をくっつけさせるためにやって来たらしい、だなんて言ったところで信じてもらえるかどうか。


 そして、シェミーは俺とカナ姉が結ばれない未来での俺のひ孫らしい、だなんて言ったらどういう反応をするかもわからない。


 カナ姉がウェディングドレス姿になっている説明もしなければならないが、俺もべつにこの状況がどういう状況なのかいまいち理解できていないので、非常に困惑している。


 一言で片づけるなら、シェミーの暴走、か。

 でも、一言じゃ、絶対に説明はできない。今だって、俺の頭のなかは疑問と疑問のカーニバル状態なのだ。


 俺のひ孫。いや、俺とシェミーの年齢は同じくらいだし。いきなり俺のひ孫を自称されても困る。

 おじいちゃんと孫、という関係でもおかしいし、なんならお父さんと娘でもおかしいだろう。

 未来から会いに来たと言っているが、普通、ひいおじいちゃんとひ孫って関係がそんなに深いものなのだろうか。年齢的に、そのときにはもう俺生きていないだろうし。


 未来から会いに来たくて来たと言うのであれば、せめて、おじいちゃんと孫じゃないか。亡くなったおじいちゃんに会いたくて孫娘が未来から過去へ時間を遡って会いに来る、とするならまだわかる。


 いや、わからないよ。まったくわからん。


 まあ、わかる、としておこう。


 ひいおじいちゃんに会いに未来から過去へ時間を遡ろうとはしないだろうよ。たぶん。

 俺って、そんなに下の代と交流を持とうとしていた人物なの。


 未来の俺って、どんなヤツなのだろう。

 結婚しているということは、俺の相手だれなんだ。

 というか、シェミーはいかにも外国人って見た目をしているのだから、どこかの代で国際結婚しているよな、これ。


 うわ。超気になる。未来が気になりすぎる。


「カナ姉。落ち着いて聞いてくれ」


「う、うん」


「俺のひ孫が未来からやって来た」


 もう、事実をありのままに伝えるしかなかった。


 こんなの信じてもらえるわけないよな。

 どうするんだよ、これ。


「えっと、シェミーさんが、ひ孫?」


「シェミー曰く、そうらしい」


「零我ちゃんとお姉ちゃんのひ孫なの?」


「いや、俺のひ孫らしい。カナ姉は無関係だ」


「ワッツ?」


 そうだよな。カナ姉はそういう反応をするよな。


「未来から私は零我さんとカナさんをくっつけさせるために来ました。いわば、恋のキューピッドです」


「シェミーさん。いえ、シェミーちゃん」


「はい」


「とてもとても非常にベリースペシャルナイス」


 状況をすんなりとすぐに受け入れてしまうカナ姉。


「じゃあ、零我ちゃん」


「な、なんだよ」


「今日は乱れまくった大人な夜を過ごすしかないよね。手始めにまずは」


 そう言って、カナ姉は口づけされる準備をしている。


 やめろ。頬を赤らめるな。

 俺を男として認識してんじゃないよ。


 カナ姉はこの調子だし、シェミーも暴走し始めた。


 まず、未来人がいる、ってのに驚いてくれ。

 未来人、普通いないよ。


 シェミーも自身の目を手で覆い隠そうとしているけれども、指と指の隙間が大きいぞ。それ、隠せてない。

 口づけシーンを凝視する気満々じゃん。


「わあ、これが大人なんだ」みたいな顔しないで、シェミー。

 ちがうよ。カナ姉の頭のネジがいろいろと抜けてしまっているだけだからね。


 それに、このアパート、おそらく壁薄いだろうから変な声とか出さないでくれよ。ご近所さんにご迷惑をかけてしまうから。

 入居して早々、追い出されたりしたらたまったもんじゃない。


「んっ」


 カナ姉。色っぽい声を出さないでくれ。

 クソ。だれか助けてくれ。俺は逃げたい。


「あ、でも待って」


「どうした、カナ姉」


「この格好だと、大人の激しい夜は過ごせないよね。ウェディングドレスは高いからなあ」


 そこは重要じゃないけど、助かった。一旦、片方の暴走列車が停止してくれそうだ。


 よかったね。オーバーランはしたけど、事故ってないよ。


「大人の激しい夜を楽しむ零我さんとカナさん、と」


 待て、シェミー。突然、メモ帳を取り出して、何を書いている。


 おいおい、ここはツッコミ不在の空間か。


 ちょっと。あなたのひいおじいちゃん困ってますよ。ひいおじいちゃんを困らせるために百年前にやって来たのか。ねえ。自称ひ孫がいじわるすぎるんだけど。


 だいたいさ、未来も過去も好き勝手変えていいものではないでしょうに。

 好き勝手変えていいんだったら、俺は、小学生の頃から神童と呼ばれていて、高校生で天才アーティストとしてデビューし、大学は一流の大学に通って、卒業後は起業家として名を馳せながら、サンフランシスコに豪邸を建て、世界的に有名な女優と結婚して子を授かり、幸せな生涯を終える、なんて人生に改変しているところだぞ。


 全人類がそんなふうに過去と未来を改変してみろ。この世界は神童まみれになるし、天才アーティストまみれになるし、サンフランシスコは豪邸で溢れてしまう。

 というか、神童まみれになったら、神童は神童と呼ばれなくなってしまうのでは。神童が普通の存在と化してしまうわけなのだし。


「なあ、シェミー」


「なんでしょう」


「やはり、過去を変えようとするのはよくないことだ。諦めてくれ」


「イヤです」


 シェミーの大声が響いた。


「どうして、俺とカナ姉をそんなに必死にくっつけようとする。未来で何があった」


「最大の過ちです」


 シェミーの目からハイライトが消えた。


「あなたの息子と孫は、極刑となりました」


「は?」


「舞子家は、崩壊します」


 何を言っているのか、何を伝えたいのか、理解できなかった。


「まず、宇宙新幹線の事業は成功します。そしてあなたは、あなたの名前が公に広まるほどの大活躍を成し遂げます」


 なぜ、それを知っている。

 宇宙新幹線の話は、公にはまだされていないのだ。

 シェミーは、本当に未来人なのか。本当に、本当に、未来人だったのか。


「私の祖父と父。あなたの息子と孫にあたる人物は、この事業とあなたの名前を悪用して、作為的に事故を発生させました。たくさんの人たちが被害を受け――十六両の宇宙新幹線は無限に宇宙をさまよい続けるのです。私は――大罪を犯した人間の家族として今を生きています。こんなむごい歴史になってしまうのなら――過去を書き換えてしまえばいい。だから、あなたとカナさんをくっつけさせるために、この時代にやって来たのです」


「なんだよ、それ」


 どう返したらいいのか、わからなかった。


「私は、自分の死に場所を探していました。死ぬなら、だれかの役に立ってから死ねたらいいなと。そう思っていました」


 シェミーが俺の手を取った。


「だから、私は――あなたの役に立ちたい。あなたの役に立って証明するのです。私は父や祖父とはちがう。あなたも私も必死に生きてきただけの人間なんだって」


 シェミーの顔は本気だった。

 冗談でも茶化しているわけでもない。

 本気で、本気で、そう思っているようだった。

 覚悟が決まっている。

 境遇を聞いたら、同情できてしまう。どうにかしてやらないと、なんて思ってしまう。


 でも。だからって、自分の存在が消滅してしまうのも承知で過去を変えるだなんて、俺はそんなの認めたくない。


 たしかに、つらかったのだろう。逃げ出したかったのだろう。終わりにしたかったのだろう。


 だから、時を遡って、俺に会いに来た。


 だが、逃げたって、すでにマイナスになっているものがプラスに変わることはないんだ。

 逃げるのは、これ以上の負債を増やさないためであって、魔法のように不思議な現象が起きるわけではない。


 力になってやりたいよ。そりゃ。

 俺はダメ人間ではあるが、自分を悪人だとは思いたくないから。決して、結果的にダメ人間になっていたとしても、だれかを助けられるような人間ではありたいとは思うから。


 しかし、無理なものは無理なのである。

 俺は、弱い。


「ねえ、シェミーちゃん」


「はい?」


「零我ちゃん」


「ん?」


「ジジ抜きしよう」


「んん?」


 カナ姉が意味不明なことを言い始めた。

 ごそごそとその辺を漁り、俺がこの前買ったアニメのキャラクターが描かれているトランプを手にするカナ姉。それをチャッチャッ、と切って、ほぼ同じ枚数のカードを俺たちに手渡す。


「ええっと、これは?」


「ジジ抜きだよ」


「そういうことじゃなくて、なぜジジ抜きを急にしなければならない」


「負けた人は罰ゲームで一発ギャグね」


「え、マジでやるの?」


 カナ姉はニヤッと笑った。


「正直、何を言っているのかさっぱりなんだけど、過去とか未来とかさ、考えるからつらくなるのかなって。だったらいっしょにバカになろうよ」


「それで、なぜ、ジジ抜きなんだ」


「祖父とか父とか言ってたから、ジジを抜いて、シェミーちゃんの苦しみを取り除く的なスピリチュアル的な思考です。これはおまじないだ」


「意味わからん」


「零我ちゃんが負けたら、お姉ちゃんへの愛を瀬戸内海に向けて叫んでもらうから」


「どういうことだよ」


 思わず大声が出てしまった。


「楽しみだねえ」


「楽しみじゃないよ」


「しっぽりどっぷり愛を叫んでくれていいからね」


「しっぽりってなんだよ。どっぷりってなんだよ。絶対、言葉の使い方間違ってる」


「零我ちゃんに愛されて、お姉ちゃんは今日も幸せだ」


「そいつはよかったね。でも、罰ゲームだけはやらんからな」


「ええ、それはダメだよ。あ、それとも零我ちゃんはあっちのほうがいいの?」


「あっち、って何」


 訊いてはいけない気がするのに、訊いてしまった。


「まず、お姉ちゃんがアイスを舐めます」


「うん」


「それを零我ちゃんに口移しします」


「ちょっと待て」


「ああ、ダメ。零我ちゃん、それ以上は、求めすぎ。んもう、大胆なんだから」


「変な妄想しないでくれ」


 暴走列車が暴走を再開していた。


 だれか、この人にブレーキというものを教えてやってくれ。


 アクセルとブレーキを間違えているんじゃなかろうか。


 ブレーキをかけても、電車も自動車もなんだってすぐに停止できるわけではない。予測して動く必要がある。


 まあ、大暴走しているカナ姉に、予測なんて不可能な話か。


 俺がブレーキをかけてやるしかないらしい。


 こんなことカナ姉に言ったら、カナ姉はもっと暴走するだろうな。


 まったく。反応に困るでしょうが。


 カナ姉はつき合ったら、絶対、ペアルックとか求めてくるタイプだぞ。

 首にキスマークとかつけてくるタイプだろうし、ご飯かお風呂か私かみたいな問答を毎日やってくるタイプなんだろうな。


 うん、まあ、二次元の世界でそういう展開があったら興奮するけれども、やっぱ、現実でそれやられるとめんどうくさそうじゃね。たまにならまだいいが、毎日はちょっとなあ。


「ふふふっ」


 いつの間にか、シェミーが笑っていた。

 笑ってもらえたのはよかった。


「じゃあ、ジジ抜きバトル、スタートね」


 俺たちは、全力のジジ抜きを始めるのであった。

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