98 事件
「ねぇ、アロイス……」
「どうかしたのか?フィオナ」
「どうかしたって……」
フィオナは今、アロイスに後ろから抱きしめられていた。
――それもベッドの上で。
(ど、どうしてこういう状況になったんだったかしら?)
湯浴みを終えた後にベッドで寝ていたら、気付いたときにはアロイスに抱きしめられていたのである。
アロイスは彼女の首元に顔をうずめながら、恍惚の表情で呟いた。
「良い香りがする」
「お、お風呂入ったばっかりだからね……」
アロイスとは既にキスまで済ませているものの、こんなふうにスキンシップをするのは初めてだった。
それもベッドで横になりながら。フィオナが気を抜けば、すぐにでもそのような展開になってしまいそうである。
「アロイス、明日のパーティーなんだけど……」
「今はそんなことどうでもいいじゃないか」
「ど、どうでも……!?」
明日命を賭けてまで望んでいたものがようやく手に入るというのに、どうでもいいだなんて。
冗談で言っているのかと思ったが、彼の目は本気だった。
熱っぽい眼差しのアロイスは、そのままフィオナの服に手を入れた。
彼女の着ているバスローブの中に、彼の熱い手が滑り込んだ。
「それより、今はフィオナ、お前と……」
完全にその気になっている彼は、そのまま愛する彼女との情熱的な夜へ持ち込もうとした。
しかし、フィオナが彼を押し返した。
「――そ、そろそろ寝よう!明日も早いし!今日は色んなことがあって疲れちゃったから!」
「……」
アロイスは不満を露わにしながらも、渋々身を引いた。
納得はいかなかったが、彼女の意に反するようなことをする気にはなれなかった。
「おやすみ、アロイス」
「ああ、おやすみ」
アロイスと距離を空けたフィオナは目を閉じた。
疲れが溜まっていた彼女は、横になってすぐ眠気に襲われた。
(目が覚めたら、問題が全部解決していたらいいな……)
そんなことあるわけがないのに、疲れているせいでついついそう願ってしまう。
不安げな気持ちが残っていたせいか、フィオナはその夜悪夢を見てしまった。
帝国が悪意ある者によって崩壊し、アロイスやキース、両親など大切な人たちが死んでしまう夢。まるで近いうちに起こる未来を見ているようで、寝ている彼女は苦痛に顔を歪ませた。
「フィオナ……」
そんなフィオナに気付いた彼は、再び彼女を抱きしめた。
彼の行動のおかげか、フィオナの見る夢に僅かな変化が訪れた。
***
翌日、フィオナはアロイスと共に二日目のパーティーに参加していた。
お揃いの色のドレスとモーニングで出席した二人は、会場の隅で並んで立っていた。
ちょうどダンスパーティーが行われていたが、フィオナ以外とは踊らないと宣言したアロイスは、らしくなく壁の花と化していた。
(前世ではセレシアだったのが、私になってるわ……)
彼の愛を嬉しく感じながらも、フィオナはニッコリ笑いながら声をかけた。
「昨日はよく眠れたみたい、久々にあんな熟睡できたわ」
「そうか、それはよかった」
アロイスはフィオナの見ていた夢の内容を尋ねたかったが、彼女はすっかり忘れていたようだった。
いちいち思い出させるまでもないと、彼はそっとしておくことを決めた。
遠くでは、アロイスに熱い視線を送る令嬢たちが複数人いた。
しかし、彼は彼女たちには見向きもしない。
アロイスの視線は、横にいるフィオナに固定されていた。
二人はまだ婚約こそしていなかったが、フィオナはフェンダル公爵邸では既に本妻のように扱われていた。
元々、あの場所でアロイスと住んでいたのだから使用人たちは彼女をすぐに受け入れた。
フィオナが正式に公爵夫人となる日も近いだろう。
そう考えると、何だか不思議な気分だった。
前世では公爵夫人になることができず、いつも苦しい思いをしながら彼の傍を守っていたというのに、今は妻として彼の横に立っている。
こんなにも幸せだと、いつか失ってしまうのではないかという恐怖心が湧き上がる。
「――あら、ドロシー殿下が皇帝陛下とダンスをしているわ!」
「……」
その声に顔を上げると、ホールの中央でドロシーが皇帝と手を取って踊っていた。
まだ皇女になって日が浅く、ダンス慣れしていないドロシーを皇帝が華麗にリードした。
「とっても仲の良い親子なのね」
「当然よ、ドロシー殿下は亡き皇后陛下の忘れ形見なんだから」
微笑みながらダンスをする二人を見て、フィオナはモヤモヤした気持ちになった。
皇帝にはドロシー以外にも多くの子がいるが、明らかに彼女を偏愛していた。生まれてから一度も得られなかった父の愛が、ポッと出の女に注がれているのだから他の皇子たちは内心穏やかではないだろう。
音楽が止まると、二人のダンスが終わり、会場に拍手の音が鳴り響いた。
皇帝はドロシーの手を引き、彼女を玉座までエスコートした。
そして皇太子しか座ることができないとされていた椅子に、彼女を座らせたのだった。
「……どうやら、皇帝陛下は本気で彼女を皇太子にしようとしているようね」
まだ就任式前で、今の皇太子は紛れもなくイザークだった。
大勢の貴族たちがいる場所でそんな行動を取ってしまえば、イザークの面目が潰れてしまうことなど誰にでもわかる。
皇帝は近くにいた侍女の一人からワインを受け取ると、自身とドロシーのグラスに注いだ。
気分が良かったのか、彼は中身を一気に呷った。
――その瞬間、異変が訪れた。
「グッ……!」
「へ、陛下!?」
突然、皇帝がうめき声を上げて苦しみ始めた。
彼は苦悶に満ちた表情で自身の喉に手を当てると、口から血を吐き出した。
そのまま前のめりになり、うつ伏せに地面に倒れてしまう。
「陛下!」
最側近であるスティンガー公爵が、彼に慌てて駆け寄った。
突然の出来事に人々は困惑し、キャーという悲鳴が会場に響き渡った。
「な、何が起きているの……!?」
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