96 まさかの協力関係
「フィオナ……大丈夫か?」
「ええ……平気よ」
セレシアが去った後、フィオナはアロイスに支えられながら何とか自力で立ち上がった。
未だに平常心を保てずにいるけれど、セレシアと向き合っていたさっきと比べればだいぶマシになった。
「アロイス……セレシアは……何らかの術を使えるの?」
「……おそらく、そのようだな」
フィオナはドロシーの後ろでまるで従者のように控えているセレシアをじっと見つめた。
おそらく彼女は皇帝にも、ドロシーにも魔術をかけたのだろう。
そうでなければ、あのドロシーが皇位を狙って皇帝の元を訪れるわけがなかった。
ドロシーは貪欲な人間ではない。
ただ、実の父親に会いたいという願いを持って生きてきただけである。
「――フィオナ嬢、フェンダル公爵」
「……イザーク殿下?」
フィオナとアロイスの元を訪れたのは、しばらく傍観に徹していたイザークだった。
彼は深刻な面持ちで、アデライトを引き連れた状態で二人に声をかけた。
「……皇太子殿下が一体何のご用でしょうか」
「……フェンダル公爵、剣術大会優勝おめでとう」
イザークはニッコリ笑いながら、大会で優勝を勝ち取ったアロイスに祝辞を述べた。
しかし、その表情を見るにただ彼を祝うためだけに話しかけたわけではないということは一目瞭然だ。
心の内をわざわざ隠しているのは、きっと公衆の面前では言えないようなことだからだろう。
「そうだ、お祝いの品を用意したから……二人とも、俺と一緒に来てくれるか?」
「……ええ、わかりました」
フィオナとアロイスは彼の提案を受け入れ、会場を出た先にある別室へと入って行った。
皇族のみが使える部屋の中で、イザークとアデライト、フィオナとアロイスはソファに座って向かい合っていた。
先に口を開いたのはアロイスだった。
「皇太子殿下、無礼を承知でお聞きしますが……今回の件は一体どういうことでしょうか?」
「……」
イザークは尋ねられてもすぐには答えなかった。
答えないのではなく、答えられないのだ。
アデライトは動揺している様子のイザークの肩に手を置いた。彼女が彼の安定剤になっていたことを、フィオナは今知った。
「俺にも何が何だかさっぱりわからない。俺が介入していたとしたら、あの女が皇太女になるなんてことあり得ないだろう」
「そ、それはそうですね……」
彼の言う通りだった。
イザークがドロシーの存在を事前に知っていたとしたら、公の場で披露される前にきっと何かしらの対策をしていただろう。
何もしていないこと、それが彼がドロシーを知らなかった証拠だった。
(セレシアとイザークは不貞関係という噂があるけれど……)
フィオナは正面に座るイザークとアデライトの二人を見た。
アデライトからは不仲だと聞いていたが、今の二人はお互いを深く信頼し合っているように見える。
彼女が横にいる今ならと思い、フィオナは口を開いた。
「失礼ですが……皇太子殿下はセレシア殿下とは……」
「……」
気を損ねてしまってもおかしくはない質問だった。
しかし、状況が状況であるせいか、イザークは不快感を露わにすることなくあっさりと真実を口にした。
「俺は……セレシアとは異父姉弟なんだ。父親は違うけど、母親が同じで……」
「い、異父姉弟!?」
サラリと衝撃的な事実を放った彼に、アロイスもフィオナも驚きを隠せない。
アデライトだけは知っていたのか、特に反応することはなかった。
「俺の母は前皇后陛下亡き後、皇帝に気に入られて愛人になった。だけど最後には捨てられ……失意のまま命を絶ってしまった」
イザークはフィオナたちに自身やセレシアが生まれた経緯、そして両親のことまでを詳しく語り始めた。
初めて知る真実、皇帝の残酷な仕打ちにフィオナは絶句した。
「そ、そんな……ミラリアさんは……」
「ああ、母のことは好きではないが……彼女もまた、横暴な皇帝の犠牲者だといえるだろう」
ミラリアは幼い子供を二人残してこの世から去ってしまった。
子供に対する接し方はともかく、自ら死を選んだ彼女のことを思うとやるせない気持ちになった。
「母が亡くなり、俺は父親違いの姉が存在していることを知った。セレシアに出会ったのはお前よりも前だ、公爵」
「俺よりも……」
イザークとセレシアは母親の仇を討つことを誓い、協力関係を結んだ。
つまり、二人は不貞関係にあったのではなく、ただ同じ志を持つ同士だったというわけだ。
「俺は皇帝を父親だと思ったことはない。セレシアは俺にとって唯一残された家族で……大切にしていたつもりだった」
最初はセレシアを駒として見ていたイザークだったが、いつの間にか彼女には姉弟の絆を感じるようになった。
彼女が皇宮で辛い思いをしないように裏で手を回したり、望むものを何でも買い与えていたのは事実なわけで。
彼はそんな彼女に裏切られたことが信じられないようだった。何か自分に不満があったのか、理由さえわからない。
フィオナは落ち込んだ様子のイザークを、複雑な感情で見つめていた。
(前世で血の粛清を起こした暴君とは思えないような姿ね……)
ふと、彼女の中に疑問が浮かび上がる。
本当に彼は凶暴な暴君なのだろうか、と。
セレシアがドロシーを傀儡の皇帝にしようとしている今、阻止するには皇家の血を持つ彼の力が必要だった。
「――殿下、私たちと手を組みませんか」
「……フィオナ嬢?」
その一言に、イザークだけでなくアロイスとアデライトまでもが目を見開いた。
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