95 セレシアの企み
扉から会場へ入ってきたのは、マレア王国へ帰ったはずのドロシーだった。
皇族の証である黄金色の瞳に、会場中が大パニックに陥っていた。
「皇女とは……一体どういうことだ……!?」
「しかし、あの顔は間違いなく前皇后陛下の……」
「瞳の色も皇族のものだし……陛下の御子であることは間違いなさそうだな……」
全員が新たな皇族の登場に驚きを隠せない中、フィオナは信じられないという感情で壇上に上がるドロシーを見つめていた。
前に見たときと顔つきが違うように感じるのは気のせいだろうか。
「フィオナ……ドロシー嬢は家に帰したのではなかったのか?」
「ええ、お兄様やお父様がきちんと見送ったはずだわ。どうしてここにいるのか、私にもわからない」
ドロシーは皇位に興味なんてなかった。
彼女はただ、父親に会いたかっただけだ。その目的を果たし、マレア王国へ帰ったはずだった。
(あ、あれだけ徹底してドロシーを隠したのに……!)
自身の努力が全て水の泡になったと知ったフィオナは、後ろによろめいた。そんな彼女を、アロイスが慌てて抱き留めた。
「フィオナ!しっかりしろ!」
薄っすらと開いた目から見えたのは、嬉しそうにドロシーの肩を抱く皇帝の姿だった。
イザークやリラたち他の子供には一度も向けられたことのない、優しい笑顔だ。
人の心を持たない皇帝だが、唯一本気で愛した女性の子にはそんな顔を見せるのか。
会場の隅で身を寄せ合っていたフィオナとアロイスの元に、ゆっくりと近づく影があった。
「――あら、ずいぶん顔色が悪いようですが……どうかなさったのですか?」
「……セレシア?」
フィオナが顔を上げると、珍しくパーティーに出席したセレシアの姿が視界に入る。
この状況を予想していたかのような笑みに、フィオナとアロイスは瞬時に察した。
「あなたが……ドロシーさんを皇帝陛下に会わせたんですか……?」
「どうしてそんな目で私を見るのですか?」
セレシアはわざとらしく首をかしげた。
「ドロシー殿下が皇帝陛下の御子である以上、陛下の元へ連れてくるのは正しいことではありませんか?彼女はとても父親に会いたがっていたようですし」
「それは……」
セレシアの言っていることはごもっともだった。
ドロシーが皇帝陛下の子供である以上、彼女がいるべき場所はマレア王国の市井ではなく、オランジュ帝国の皇宮だ。
そんなことはフィオナもわかっている。しかし、ドロシーは皇宮で暮らすことなど望んでいない。
「……ドロシーさんに何をしたのですか?」
「何をしただなんて、私を疑っているのですか?」
セレシアの美しい青い瞳が、妖しく光った。
その瞳に映し出されたフィオナは、不思議な感覚に襲われた。頭がボーッとしてしまって、何も考えられない。
(……私ったら、何をしているの?)
慌てて首を横に振ると、ようやく正気に戻ることができた。
そんなフィオナの異変に、アロイスはセレシアの秘密に気付いたようだった。
「セレシア……君は……」
「――アロイス、それ以上は言わないで」
セレシアは人差し指を唇に当てると、アロイスに向かって微笑んだ。
一線を越えるな――彼女は今、アロイスに警告をしていた。
「それ以上言ったら……あなたの無事は保証できないわ」
「セレシア、なぜ……」
一度は愛した女性の変貌に、アロイスは呆気に取られていた。
***
セレシアは完璧な恋人同士となった二人から背を向け、ドロシーの元へと足を進めた。
「アロイス、もう私を愛してはいないのね……でもいいわ……余計な情は抱かないほうがいいもの」
そんなことを呟きながら、彼女は自身の持つ魔女の魔力を発動させた。
半径三メートル以内にいた男たちが術にかけられ、彼女から目が離せなくなった。
なぜアロイスやフィオナには効かなかったのかわからないが、あの二人がかからなかったところでセレシアには何の問題もなかった。
ふと会場を見渡すと、イザークと目が合った。なぜだ――とでも言いたそうな疑いの視線。
彼の隣には、フロランティア公爵家のアデライトがいる。
あの女を罠に嵌めて二人を仲違いさせることに成功したと思っていたが、どうやら失敗したようだ。
イザークは今でもアデライトを大切にしている。
彼ら二人を見ていると、セレシアの心の奥に醜い感情が湧き上がる。
(……まだ気付いていないようね、自分の愚かな行動に)
だからそうやって、信じていた人に裏切られてしまうのだ。
あなたの隣にいるのは私だけでよかったのに、あなたが勝手に他の女に思いを寄せたから。
皇帝とドロシーの元へやって来たセレシアは、二人の前でゆっくりと膝を折り曲げた。
「――未来の皇帝陛下であり……皇太女殿下となられるドロシー・オランジュ殿下にご挨拶申し上げます」
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