93 セレシアの裏切り
ドロシーは何とか言い訳をしようとしたが、何の言葉も出てこなかった。
金色の瞳はオランジュ帝国の皇族の象徴。皇妃として皇宮にいるセレシアがそのことを知らないはずがない。
「同じ魔女だからかしら……秘薬で瞳の色を変えているあなたのことは怪しいと思っていた」
「ど、どうしてそれを……!」
「さぁ、私もわからないわ。魔女の血筋にだけ見えるものなのかしらね」
他の者たちには平凡な色に見えていたドロシーの瞳が、セレシアにだけは怪しく光って見えた。魔女が作った秘薬は、魔女の一族である彼女の前では意味を成さなかった。
「あなた、どうやら前皇后の子のようね」
「……」
セレシアは現皇帝が皇太子だった頃に住んでいた別宮に何度か足を運んだことがあった。
あそこは彼女の実母が死ぬ直前に配属されていた場所だった。そのとき目にしたのは、自分の母親に似ている女性。
髪や瞳の色はそっくりで、その女性が皇帝が深く愛した前皇后だと一目でわかった。
そして、今目の前にいる女は皇后に瓜二つ。
瞳の色を除けば生き写しだ。弁論の余地すらなかった。
「……私は皇帝の座など望んではおりません。ただ、マレア王国に帰りたいだけなんです」
「……」
セレシアはドロシーの訴えを、つまらなさそうに聞いていた。
彼女自身、何の考えもなくドロシーを誘拐してきたわけではなかった。
セレシアにはセレシアなりに成し遂げなければならない目的があり、彼女の全ての行動には意味がある。
そして、近頃彼女の計画には綻びが生じ始めていた。
「最近になってイザークは思い通りにならなくなっているし……早めに見限るってのもアリかもしれないわね……」
「……殿下?」
ドロシーはセレシアの呟きの意味が理解できず、きょとんと首をかたむけた。
その瞬間、セレシアの目が鋭く光った。
「――黙れ」
「……ッ!」
ドロシーはビクリと肩を上げた。
思考回路が支配されてしまったかのように、何も考えられなくなった。
セレシアはそんな彼女に顔を近づけると、細い首を掴んで囁いた。
「いいか、お前は今日から私の下僕。お前が使えなくなったあの男の代わりに皇位を狙うんだ。そして、傀儡の皇帝になれ」
「……はい………セレシア殿下……」
――ドロシーはセレシアの魔術により、あっという間に彼女の言いなりになってしまった。
セレシアは彼女の縄を解き、ニヤリと口角を上げた。
新しく使い物になる下僕ができたのは良いことだ。
しかし、あれだけイザークを愛していた彼女がなぜ突然彼を裏切ったのか。
「イザーク……あなたは知らないでしょうけど……」
それは、魔女の一族として生まれた者特有の歪んだ執着心だった。
「――私、自分の思い通りにならない男が大嫌いなの」
自分に冷たくしてくる男はもっと嫌い。
だけど、あなたに対する愛がなくなったわけじゃない。
あなたはこの世でたった一人の私の弟で、長い間苦楽を共にした大切な存在。
そんなあなたが、どこの馬の骨ともわからない女に心を奪われるなんて、許せるわけがないでしょう?
――他の女のものになるくらいなら、いっそあなたを殺してしまいたい。
セレシアの脳裏に、イザークとは別に、一人の男が浮かび上がった。もちろん、対象にはあなたも入っているわとセレシアは醜く笑った。
「ほら、早く行きましょう。皇帝陛下にあなたの姿を見てもらうのよ」
「はい……殿下……」
この後、帝国中を揺るがす大事件が起きることを、フィオナたちはまだ気付いていなかった――
***
カイルへの最後の挨拶を終えたフィオナは、公爵邸に帰るため馬車に乗っていた。そんな彼女は今、新しく婚約者となるアロイスの腕の中にいた。
前世の経験を考えると、自分が彼と一緒になるだなんてとても信じられなかった。
「夢みたいだ、お前が俺の元に戻ってきてくれるだなんて」
「ええ……私も予想していなかったわ」
アロイスは逞しい腕でフィオナをギュッと抱きしめた。
右腕はまだ使えないため、左腕のみだが、それでも彼の愛がよく伝わってくる。
アロイスはフィオナのおでこにそっとキスをした。
「んっ……」
驚いたフィオナは彼の腕から逃れようとするが、アロイスはガッチリ抱きしめたまま離さない。
いくら婚約者になる関係とはいえ、これ以上先はよろしくないだろう。
しかし、彼の手は止まらなかった。
片腕でフィオナを抱き上げて膝の上に座らせると、今度は唇にキスをした。
彼とのキスは初めてではなかったが、あまりにも突然の出来事にフィオナは慌てふためいた。
「ア、アロイス……」
「フィオナ……」
今まで我慢してきた思いをぶつけるかのように、アロイスはフィオナに深く口付けた。
逃さない――というように、後頭部を押さえつけた。
(ア、アロイスったら……)
そのまま流されそうになっていたそのとき、下へ移った彼の手がフィオナの服の中に入り込んだ。
そこで、彼女はようやく我に返って彼を押し退けた。
「こ、ここから先は右腕が治ってから!ね!?」
「……」
いくら何でも、未婚の状態で身体の関係を持つのはマズい。婚前交渉は貴族間において褒められたことではないからだ。
アロイスは不機嫌そうにフィオナを見ながらも、渋々受け入れた。
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