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他に愛する人のいる彼の元を去ったら、何故か彼が追いかけてきます  作者: 春乃りぜ(ましゅぺちーの)


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92/107

92 婚約解消と事件

その後、フィオナはアロイスと共にカイルのいるリリアーン侯爵邸を訪れていた。



「と、いうことなの……ごめんなさい、カイル……」

「……」



室内には重苦しい空気が流れている。

たった今、フィオナはカイルに婚約を解消したいという旨を伝えていた。



フィオナから婚約の解消を告げられたカイルは、悲しそうに俯いていた。

そんな彼の表情に、フィオナもアロイスも罪悪感でいっぱいになった。



「リリアーン侯爵令息……すまない……」

「フェンダル公爵閣下……」



深く頭を下げるアロイスに、カイルは微笑んだ。



「――顔を上げてください、閣下」

「リリアーン令息……?」



アロイスは驚いて目を見開いた。

罵倒されるのも覚悟でここへ訪れていた彼だったが、カイルはアロイスを決して責めなかった。



「婚約解消の件、承りました。出来るだけ早いほうがいいかと思われます。すぐにでも手続きを進めましょう」

「れ、令息……良いのか……?」



カイルはコクリと小さく頷くと、横に控えていたフィオナに視線を移した。

晴れてアロイスと結ばれたフィオナは、以前にも増して美しかった。



「フィオナ、前に言っただろう。俺と君はとてもよく似ていると。どうやら俺も……気持ちを捨てきれていなかったようだ」

「カイル……」



フィオナはアロイスを、カイルはミランダを。

お互いに婚約していながらも、心の中では別の人間を想い続けていた。

二人だけが知っている秘密である。



「いい加減、自分の気持ちに素直になったほうが良さそうですね。私も――フィオナとフェンダル公爵閣下のおかげで勇気が出ました」



カイルもまた、フィオナと同じようにミランダを忘れることができなかった。

別の人間を想っている状態で結婚しても、絶対に上手くはいかない。

カイルはフィオナの親友として、彼女の幸せを心から願っていた。



「ありがとう、カイル。短い間だったけど……あなたと出会えてよかったわ」

「ああ、俺もだ、フィオナ。たとえ別々の道へ進もうと、俺たちはずっと親友だ」



カイルとフィオナは、最後に固く握手を交わした。

今日を以て、二人の関係は終わることとなる。しかし、悲しくはない。



それぞれ、新しいパートナーと共に歩んでいく。結婚しても二人が友人同士であることに変わりはない。

――いつかまた、きっと会えるだろう。



***



フィオナとアロイスが侯爵邸を訪れていた頃、ドロシーはフィオナの兄キースや世話になった公爵夫妻に挨拶をしていた。



「皆さん、本当にありがとうございました」

「いえいえ、ドロシーさん。気にしないでください」



父親を一目見たいというドロシーの願いは、あの剣術大会で叶えられた。

本当は近くに行って話したいという思いもあったが、とてもそんなことができるような相手ではなかった。



(きっと、これ以上は踏み込まないほうがいいわよね……実の父親がいなくても、私には優しい養父母がいるわけだし)



あの日、ドロシーは父親の姿を見て、自身の出生の秘密を知った。

もちろん驚いたけれど、どこかの高貴な方なのだろうという予想はしていたせいか、平常心でいられた。



今の暮らしが幸せだから、今さら実の父親と暮らしたいとも思わない。

隣国には大切な婚約者もいるし、彼を一人残していくことだけはできない。



「お世話になりました……どうかお元気で」



ドロシーはキースたちに深くお辞儀をしながら、公爵邸を出た。

公爵夫妻には馬車で家まで送ることを提案されたが、最後まで迷惑をかけたくないと、丁重に断りを入れた。



(私が皇帝陛下の娘だなんて、誰も知らないし……)



ドロシーはトランクケースを手に、ゆっくりとオランジュ帝国の皇都を歩いた。

一度も会ったことのない母が皇后だったこの街を、しっかりと目に焼き付けておきたかった。

母が何を思って自分を侍女に預けたのかは不明だが、その原点はきっと愛なのだろう。



ドロシーは青く晴れ渡る空を見上げた。



「お母様……今日、私のルーツを知ったんです……」



私のお父様が皇帝陛下だったってこと。

そして、私にはたくさんの弟、妹たちがいたということも。

まだ受け止めきれていないところがありますが、知ったことを後悔はしていません。



お母様が私をお父様を遠ざけたのも、きっと何か理由があるのでしょう。

そんな母の意図を汲んでか、ドロシーはこれ以上父親に関わろうという気持ちにはなれなかった。



「……帰ろう、我が家へ」



ドロシーは自らの育ったマレア王国へ帰るため、馬車に乗り込もうとした。

――そのとき、突如足音と共に、低い声が耳に入った。



「――いたぞ、捕まえろ」

「……?」



振り返ろうとした瞬間、彼女は何者かによって布で口元を覆われた。

こみ上げる薬品の匂いに、ドロシーは猛烈な眠気に襲われた。



「は、離して……!」



抵抗を試みるも、大の男の力にか弱い彼女が敵うはずない。

ドロシーはそのまま意識を失い、謎の男は彼女を抱きかかえた――



馬車に乗せられたドロシーは、ある場所へ連れてこられていた。



(…………私、何してたんだっけ?どうして眠っていたのかしら?)



――目が覚めると、全く知らない場所にいた。

広い室内はまるでお姫様が住んでいる場所であるかのように豪華な家具が並べられていた。天蓋付きの大きなベッドに、頭上にある白いシャンデリア。

幼い頃に絵本で読んだお姫様の部屋そのものだった。



(イテテ……)



妙な薬品を嗅がされたせいか、頭痛がする。

手足を縛られているため、誘拐されたのだろう。



――誘拐だなんて、一体誰に?

ドロシーは全く見当がつかなかった。

自分の正体を知っているのはフィオナとキースとセレナイト夫妻だけで、他にはいない。一介の平民である自分を拉致するメリットなど、どこにもない。



疑問に思っていた彼女の背後から、カツンというピンヒールのかかとが鳴る音がした。



「――お目覚めのようね」

「あ、あなたは……!」



振り返ると、そこにいたのは――



「……セ、セレシア第三皇妃殿下!」

「あら、平民のくせに私を知っていたのね――いや、その瞳を見るに……平民ではない。そうでしょう?」



キースが手に入れた魔女の秘薬は既に効力が切れ、彼女の金色の瞳は露わになっていた。

マズい、と思った頃には時すでに遅し。



冷たい目でこちらを見下ろすセレシア。

ドロシーは絶体絶命の状況に追いやられてしまった――




読んでくださってありがとうございます!


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