91 目覚め
その後、アロイスはすぐに近くにある病院に運ばれ、医師による治療を受けた。
帝国の名門フェンダル公爵家の当主であり、大会の優勝者でもあるアロイスを絶対に死なせるわけにはいかない。
医師たちは夜通し懸命な措置を行った。
その間もずっと、フィオナは外で彼の回復を待ち続けた。
食事も喉を通らず、何をやっても手に付かない。
そんなフィオナを家族たちは心配していたが、アロイスが目覚めない限りはどうすることもできなかった。
「ご、ご令嬢……フェンダル公爵閣下がお目覚めになられました」
「……!」
アロイスの目が覚めたと聞き、フィオナはすぐさま彼のいる病室へと向かった。
貴族令嬢らしからぬ姿で、彼女は彼の部屋の扉を開けた。
「――アロイス!」
「……フィオナ?」
部屋の中では、身体のいたるところに包帯を巻いたアロイスがベッドの上で休んでいた。
その姿は痛々しいが、命に別状はなさそうだった。
彼はフィオナを視界に入れると、顔を綻ばせた。
「フィオナ……もしかして、見舞いに来てくれたのか?」
「……」
フィオナはその質問に答えることなく、ゆっくりと彼に向かって歩いて行った。
俯いていてどんな表情をしているかはわからない。しかし、どんな気持ちだったとしてもアロイスにとっては喜ばしいことに変わりはない。
「フィオナ、嬉しいよ。俺、お前に二度と会えないと思っていたから……」
「――この馬鹿ッ!」
顔を上げたフィオナの目からは、涙が溢れていた。
「…………………フィオナ?」
いきなり暴言を浴びせられたこともだが、彼女が泣いていることに彼は困惑した。
泣かせるようなことをしてしまった自覚がないわけではない。いや、むしろありすぎるくらいだ。
過去、彼は彼女に対してあまりにも大きな罪を犯した。
この先どれだけ後悔しようと、絶対に償うことなどできないとさえ思っていたほどだ。
アロイスは泣いている彼女を慰めようとするが、彼が傷付けた張本人である以上、何の言葉も出てこなかった。
情けないが、彼にはどうすることもできなかった。せめて慰めることくらいはさせてほしいと、アロイスは涙を拭おうと手を伸ばした。
その瞬間、フィオナが彼の手を掴んだ。
「もう、あんなに危ないことして!私がどんな気持ちで試合を観ていたか、わかる!?」
「フィオナ……?」
彼女の叫びを聞いたアロイスは、口を開けてポカンとしていた。
自分の過去の過ちのせいで泣いているのかと思っていたが、違うのか。
「私、あなたが死ぬんじゃないかと思って……とっても不安でたまらなかったのよ……」
「……」
フィオナは俯き、身体を小刻みに震わせた。
アロイスはそんな彼女を、何も言わずにじっと見つめていた。
アロイスの中にある疑念が浮かんだ途端、彼は思わず笑いを溢した。
フッという彼の漏れた笑みを聞いたフィオナは、顔を上げた。
「ちょっと、どうして笑っているのよ!私は怒ってるのよ!?」
「……悪い悪い」
アロイスは堪えきれないというように、ククッと立て続けに笑った。
なぜ、この状況で笑えるのか。フィオナは恨めしそうに彼を見た。
アロイスは人差し指をフィオナの額にコツンと当てると、クスリと笑った。
「――お前が、俺を心配してくれたのが嬉しくって」
「アロイス……」
彼女はもはや呆れてものも言えなくなった。
あのアロイス・フェンダルがこんな小さなことで喜ぶだなんて。
「こんなにも大怪我したってのに、後悔してないわけ?」
「当たり前だろう?剣術大会には優勝できたし……お前も、俺を心配してくれたしな」
「馬鹿言わないでよね」
アロイスの右腕はというと、医師たちによる措置のおかげで、何とか失わずに済んだ。
しかし全治二ヵ月の大怪我だ。あと一歩で利き腕を失うところだったのだから、その間きちんと反省してもらわなければならない。
そのとき、アロイスの左手がフィオナの頬に伸びた。
「フィオナ、俺……」
「……?」
顔を上げると、柔らかい眼差しのアロイスと目が合った。
彼が自分にこんな目を向けるなんて、今までにあっただろうか。セレシアにのみ注がれていたはずの愛に満ちた瞳が、今は自分に固定されている。
彼女はその状況を信じられなかった。
「――お前が恋しくてたまらなかった」
「……!」
その熱っぽい瞳に、フィオナは目を逸らせなくなっていた。
「傍にいてくれることを当然だと思い込み、お前を愛していることに気付きもしなかった。どうしようもないくらい、愚かな男だよな……」
アロイスは罪悪感に満ちた顔で、フィオナと視線を合わせた。
「傷付けてすまなかった、フィオナ」
「……」
そして、彼が彼女に伝えたいことはもう一つ。
「――愛しているよ。前からずっと、君だけを」
真摯な愛の告白に、フィオナの目から再び涙が流れた。
アロイスはまた傷付けてしまっただろうかと焦ったが、彼女は予想外の言葉を返した。
「……アロイス、私もあなたのことを愛しているわ」
「フィオナ……?」
彼女はアロイスの手を両手でギュッと握った。
予想だにしていなかったその温もりに、彼は思わず頬を染めた。
「あなたのことを考えなかった日は一日たりともないわ。毎日毎日あなたで頭がいっぱいだった。自分の幸せのためにも忘れようとしていたけれど、どうしてもできない」
そこまで言うと、フィオナはハッキリと言葉を発した。
「――大好きなの。昔からずっと、あなただけが」
彼女の放った一言に、アロイスは衝撃で目を見開いた。
「……フィオナ、ということは」
フィオナは照れたように頬を染めながら、ゆっくりと頷いた。
まさに、二人の想いが通じ合った瞬間だった。
「俺は……夢を見ているのか?」
「夢にしてもらっちゃ困るんだけど」
アロイスは現実であることを確かめるように、彼女の身体に手を触れた。
頬を撫で、そのまま首筋へと移り、華奢な両肩をギュッと掴んだ。
「ああ……夢じゃないんだな……」
彼はそう呟きながらフィオナの後頭部を掴むと、そのままグイッと引き寄せた。
迫りくるアロイスの顔に、フィオナはギュッと目を閉じた。
そして、二人の唇が重なった。
フィオナはアロイスの首に腕を回し、彼を抱きしめた。
前世の確執などもはや気にもならなかった。
――たった今、二人が本当の意味で結ばれた。
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