89 決勝戦の始まり
およそ三十分間の休憩の後、決勝戦が幕を開けた。
決勝を行うのは、フェンダル公爵家の当主アロイスと、スティンガー公爵家の嫡男アレンだ。
イザークに不戦勝したアロイスと、準決勝の相手を叩きのめしたアレン。
アロイスが万全であれば、きっと彼が勝っていただろう。しかし、彼の右腕が使えない今、どうなるかわからない。
スティンガー公爵家のアレンは闘いにおいて残忍な方法を好むと聞くし、何が何でもアロイスに勝とうとするだろう。アレンはアロイスほどではないものの、剣術に長けていた。
「お兄様……アロイスの相手があのスティンガー公子だなんて」
「ああ……アイツはハッキリ言って危険なやつだよ」
異性の友人がほとんどいないフィオナとは違って、キースはアレンをよく知っていた。
仲が良いわけではないものの、アレンの性格や戦闘スタイルなどは把握している。
――だからこそ、彼はアロイスの身を案じていた。
いつものアロイスなら何の問題も無いが、利き腕が負傷していて使えないともなれば……。
そんな二人の心配をよそに、試合は始まった。
「――始め!」
審判の一言で、アロイスとアレンが模擬刀を手に向かい合った。
真剣な表情のアロイスと、相手を挑発するように口角を上げるアレン。
(何よ、あの態度……ふざけているの?)
フィオナは最初からヘラヘラしているアレンのことが気に入らなかった。
左手に剣を持ったアロイスは、相手の動向をじっと窺っていた。
――先に仕掛けたのは、アレンだった。
彼は模擬刀を振り上げると、アロイスに向かって下ろした。
当然、アロイスもその剣を受け止める。パワーもスピードも、今まで戦ってきた連中とは比べ物にならない。
しかし、アロイスは並々ならぬ覚悟を持ってこの場所に立っている。
仮に負けることがあるのだとすれば、それは自分が死んだとき。フィオナに無様な姿を見せたくなかった彼はそう心に決めていた。
しばらく、アロイスとアレンの剣がぶつかり合った。
お互いに一歩も譲らない、ほぼ互角の戦いだった。しかし、アレンが両腕で剣を振り上げれば、片手しか使えないアロイスはパワーでは勝つことができなかった。
「グッ……」
アレンは一瞬の隙も見せなかった。
そのおかげで、アロイスは攻撃を仕掛けることができない。アレンの集中的な攻撃が続き、アロイスの表情も変わっていった。
アロイスは一度後ろに飛び、息を整えた。
だが、アレンはそんなことを見過ごすほど甘くはなかった。
すぐにアロイスに追いつき、再び攻撃をし始めた。
剣同士がぶつかり合う鈍い音が、闘技場内に鳴り響いた。一体どちらか勝つか、目を離せない戦いだ。
――その瞬間、アレンの剣が一瞬の隙をついてアロイスの腹にめり込んだ。
「ウッ……!」
アロイスはうめき声を上げてその場に膝をついた。
「終わりだな」
アレンはそんな彼に向けて、剣を振り上げた。
間一髪、アロイスは彼の剣を受け止めた。勝ちを確信していたアレンは、思わず眉をひそめた。
「……しぶといヤツだな。アロイス・フェンダル」
「褒め言葉と受け取っておこう。アレン・スティンガー」
俺をここまで追い詰めたのはお前が初めてだ――とアロイスは笑った。
その発言を見下していると感じたのか、アレンの表情が凍り付いた。フィオナがマズいと思った頃には、既にアレンの攻撃がアロイスに降り注いでいた。
「グッ……!」
アロイスは初手から劣勢を強いられた。利き腕の使えないその身体では、大人一人の攻撃を受け止めるのに限界があったのだ。
――そしてとうとう、彼の手から模擬刀が弾かれた。
アロイスは床に倒れ込んだ。
アレンは勝ちを確信し、余裕たっぷりの笑みで彼の負傷した右腕を足で踏みつけた。
「ッ……」
アロイスが小さなうめき声を上げる。
もはや、アレンの勝ちは確定しているようなものだった。会場にいる全員が、彼の勝利で終わるだろうと予測していた。
しかし、そんな人々の予想を裏切ったのが他でもないアロイス自身だった。
彼は自身の右腕を踏みつけるアレンの足を掴んで引き止めた。
「俺はまだ……負けてない……」
「……何だと?」
アロイスのその一言は、試合の継続を意味していた。
オランジュ帝国の剣術大会は、どちらかが意識を失うか負けを宣言するまで勝負は継続される。
そのため、攻撃で気絶させるか、圧倒的な力の差で負けを宣言させるかのどちらかで勝つのが定例だ。
てっきりアロイスも負けを宣言するだろうとこの場にいる全員が思っていたが、彼は違った。
「お前……どんだけしぶといんだよ……!」
アレンは苛立った様子で目をカッと見開き、再びアロイスの右腕を踏みつけた。
しかも今度は勢いよく、グリグリと執拗に。
「グッ………!!!」
アロイスの顔が苦痛で歪む。
元々負傷している右腕に、さらにダメージを与えられているのだ。想像を絶するような痛みだろう。
「キャー!!!」
その光景に、会場にいる貴族たちから悲鳴が上がる。
アロイスの右腕が、明らかに変な方向に曲がっていたからだ。
当然、フィオナもそんな彼をこれ以上見ていられなかった。
(ダメ、やめて……!お願いよ……!)
フィオナは席から立ち上がると、周囲の悲鳴を遮るほどの大声で叫んだ。
「アロイス――――!!!」
「……」
その声に、アロイスがフィオナのほうを向いた。
そこで彼は、泣きそうな目で自分を見つめるフィオナに気が付いた。
「…………フィオナ」
フィオナの目からは、今にも涙が溢れてきそうだった。
彼女の気持ちに気付いたアロイスは、痛みなど気にしている場合ではなかった。
――何が何でも、この戦いに勝たなければならない。
そして、笑顔で彼女に勝利を伝えるんだ。
アレンは苛立ちながら、彼の身体を踏みつけ続けた。
「とっとと負けましたって言えよ!!!そんな腕じゃ、これ以上戦えるわけがな……」
「――そんなこと、誰が言うか」
「……!?」
アロイスはアレンの足を掴んだ。
片手とは思えないほど強い力に、アレンは驚きを隠せなかった。
彼の足が離れると、アロイスはゆっくりと立ち上がった。
そして、投げ飛ばされた模擬刀を手に取り、アレンに向ける。
「―――勝負はここからだ、アレン・スティンガー」
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