87 イザークの辞退
準々決勝を見ていたセレシアは、誰にも聞こえないようにポツリと呟いた。
「……このままだと、イザークが勝ちそうね」
元より優勝はアロイスかイザークのどちらかと言われていた。
アロイスは見ての通り利き腕が使えないから、優勝はおそらくイザークだろう。
そのことは誰から見ても明白だった。
「……まぁ、どっちが勝とうが私はかまわないけど」
アロイスとイザークが戦うと知り、彼女は何だか複雑な気持ちになった。
元恋人のアロイスと、異父弟のイザーク。どちらを応援すればいいのか、彼女はわからなかった。
本音を言えば、イザークとの計画に支障が出なければ彼女はどちらが勝利しようとかまわなかった。
ただ、アロイスがなぜ突然剣術大会に出場したのかが気になった。
「昔は興味なんてなかったくせに……どうして急に?」
何か喉から手が出るほど欲しいものでもあるのか。
フェンダル公爵家の当主が手に入れられないものなんて、この世に数えるほどしかない。
しかし、彼が何を願おうとセレシアには何の関係もない。
アロイスの欲しているものがセレシアに関連するものではないことだけは明白だ。
彼がもう自分を愛していないという事実を考えるとほんの少し寂しい気持ちになったが、むしろそのほうが都合がよかった。
「……何だか、とっても面白い試合になりそうだわ」
――まだまだ、私たちの計画は始まったばかりなのだから。
***
準々決勝が終わり、準決勝に入ろうとしていたその頃、イザークは控室で休憩を取っていた。
次の彼の相手はアロイス。本来ならばそう簡単には倒すことのできない相手だが、今彼は利き腕を負傷していた。
そのせいか、イザークは焦る様子も見せずに控室でくつろいでいた。
アロイスとの戦いは彼の勝ちで終わるだろうし、他に警戒するような強敵もいない。
つまり、彼の優勝は目に見えているようなものだ。
そんな彼の元に、突然慌ただしい様子で侍従が訪れた。
「殿下、至急ご報告が……」
「どうした?」
準決勝の前に何かトラブルでも発生したのか。
彼は嫌な予感がしながらも、侍従の話に耳を傾けた。
「――フロランティア公爵家のご令嬢が、熱中症で倒れられたそうです」
「……何だと?」
フロランティア公爵令嬢とは、彼の婚約者最有力候補のアデライトである。
今日の剣術大会に見物客として訪れていたはずだが、姿が見えなくて侍従に探させていたところだった。
しかし、返ってきたのは見つかったという報告ではなく、彼女が体調を崩したという悲報だった。
イザークは顔を青くしながらも立ち上がった。
「どこにいるんだ、すぐに彼女の元まで案内しろ」
「で、殿下!準決勝が……!」
控室にいた騎士が、慌てたように言葉を発した。
準決勝が始まるまで、あと十分もない。今からアデライトの元へ行けば、絶対に間に合わない。
当然、そのことはイザーク自身もよくわかっていた。
知ったうえで、彼女の元へ行くという行動を取っているのだ。
それが何を意味するのか。
まさか――とこの場にいる全員が驚きに目を見張った。
驚愕の表情を浮かべる騎士や従者たちに、イザークは彼らの予想通りの言葉を放った。
「――俺は辞退すると、上に伝えておけ」
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