85 準々決勝の始まり
セレシアは、この世の全ての男を憎んでいた。
母を弄んだ伯爵と皇帝も、祖母を捨てた祖父も、自身を見つめて下卑た笑みを浮かべる貴族男性たちも。
(お母様、あなたの無念は私が晴らしてみせますから……どうか安らかに眠ってくださいね)
セレシアはあの世にいるであろう母親に向けて、心の中で呟いた。
疎遠だった母親だけど、自分を養うために必死の思いで働いてたことは知っている。
彼女が給料の良い皇宮勤務だったおかげで、幼少期は何不自由なく暮らせていたということも。
全く恨んでいないと言えば嘘になるけれど、感謝している面もあった。
同じ魔女一族の末裔だし、彼女の仇は何が何でも取りたかった。
イザークとの話を終えたセレシアは、一人席へ戻っていた。
その途中、彼女はある光景を目にした。
「――ロレンツォ伯爵……やめてください……」
「いいじゃないか、君のような美しい人は初めて見たんだ……」
突然耳に入った実父の名に、セレシアは思わず立ち止まった。
視線を向けると、父ロレンツォ伯爵が一人の若い侍女に迫っているところだった。
(何をしているの……?)
ロレンツォ伯爵には妻がおり、既に成人済みだがセレシアを含めた子供がいる。
既婚者で子供もいるうえに、明らかに自分より二十以上下の女性に関係を迫るだなんて。
ハッキリ言って気持ち悪いし、不快だった。
いつもなら揉め事を見たところで、巻き込まれたくなくて通り過ぎて行くセレシアだったが、今日は違った。
ロレンツォ伯爵が、身分的に断ることのできない平民の侍女に迫っている。
――その姿が、自然と母ミラリアと重なった。
次の瞬間、彼女は気付けば魔術を発動していた。
手から放たれた黒い闇は、瞬く間にロレンツォ伯爵を襲った。
「ギャアアアアアア!!!」
叫び声を上げながら、彼はその場に倒れた。
黒い魔術――魔女の使う闇魔法だ。
死んではいないが、二度と愚かな真似はできない身体になった。
「……女性を弄ぼうとした罰よ」
セレシアは冷たく言い放つと、そのまま何事もなかったかのように立ち去った。
***
一方、剣術大会は予選が終わり、準々決勝が始まろうとしていた。
フィオナとその兄キースの悩みの種は、やはりドロシーに関することだった。
「フィオナ……ドロシーさんをいつ皇帝に会わせる気だ?」
「それはまだ考え中よ……遠くから見るだけじゃやっぱりダメかしら……」
「本人が納得するとは思えないけど……」
ちょうど、遠く離れた場所には皇帝の姿が見える。
サイドを皇妃二人で挟んで座っており、興味がなさそうに闘技場を眺めていた。
その金色の瞳は、ドロシーのものとそっくりだった。
「まぁ、何とかするわよ……きっと悪い方向へはいかないはずよ……」
「そうか……」
ドロシーをセレナイト家に連れて来たのは自分なのだから、自分で解決しなければならない。
そんな彼らの悩みなど気付きもせず、ドロシーははしゃぎながら声をかけた。
「フィオナ様!準決勝が始まりますよ!一回戦目はイザーク皇太子殿下ですよ!」
「イザーク殿下……」
予選にて、アロイスと同じく圧倒的な勝利を見せたイザーク皇太子。
彼はちょうど今、模擬刀を手に、予選を勝ち上がった侯爵令息と向かい合っていた。
侯爵令息は果敢にもイザークに向かって行くが、その攻撃はいとも簡単に受け止められる。
一撃一撃を軽くいなされ、侯爵令息の顔に焦りが見えた。
助走をつけて放った渾身の一撃も、イザークにとっては大したことがないの一言に尽きる。決勝に向けて余計な体力を使いたくないのだろう。彼はあまり本気を出していないように見えた。
最後、イザークは足を使って侯爵令息を転ばせると、その喉元に剣先を突き付けた。
「――勝者、イザーク・オランジュ皇太子殿下!」
たった今、決勝に出場する選手が一人確定した。
読んでくださってありがとうございます!
ブクマ、いいね、評価などしていただけたら励みになります!




