84 セレシアの秘密
フィオナはすぐにアロイスの元まで行くと、倒れている彼を抱き起こした。
かなりの怪我をしているものの、幸い意識を失ってはいなかった。
「アロイス、しっかりして!」
「閣下、大丈夫ですか!?僕のせいでこんなことになってしまって……申し訳ありません」
フィオナはポケットからハンカチを取り出し、口から流れ出ていた彼の血を拭いた。
それからすぐに、彼女はスティーブに協力を依頼した。
「アロイスを医者に連れて行きましょう。控室に、皇医がいるはずよ」
「ええ、令嬢!」
スティーブと協力し、アロイスを医者の元まで連れて行く。二人はそれぞれ片方ずつ、彼の肩を支えた。
一人では彼を運ぶことなどできなかっただろう。
そのまましばらく歩くと、フィオナたちは闘技場の医務室までやって来た。
アロイスは皇宮医から適切な治療を受け、何とか最悪の事態は免れた。
散々痛めつけられた右腕は骨折しており、痛々しく包帯が巻かれている。
「フェンダル公爵閣下がここへ来られるとは……正直驚きました」
「そ、そうですよね……」
一回戦目を無傷で勝ち取ったアロイスが医務室へ来ることになるとは、誰も予想していなかっただろう。
「先生、アロイスの右腕は……」
「……骨折しています。しばらくは安静にしていたほうがいいでしょう」
「ということは、剣術大会は……」
医師は言いづらそうに黙り込んで俯いた。
今、彼はアロイスにドクターストップをかけていた。
アロイスももちろん、そのことに気が付いているだろう。
しかし、彼は大会の出場を諦めなかった。
治療を受けた彼は、医務室の椅子からゆっくりと立ち上がった。
「――フィオナ、俺は大会に出るよ」
「そ、そんな!アロイス……!?」
何とアロイスは、ドクターストップをかけた医師の前で堂々と宣言してみせた。
「アロイス!今回はいくら何でも危ないわ!上に上がるにつれて猛者ばかりが増えるし……いくらあなたでも、利き腕が使えないんじゃ……」
「――言ったよな?俺、どうしても欲しいものがあるって」
アロイスはフィオナの言葉を遮り、微笑んだ。
彼が何かを望んだうえで、剣術大会に出場していることは彼女もよく知っていた。
「だから優勝は諦めない、大会にも出るよ」
「アロイス……」
彼の並々ならぬ決意を感じ取り、フィオナも医師も止めることができなかった。
アロイスは医師に治療の礼を言い、その場を後にした。
「フェ、フェンダル公爵……すごい人なんだなぁ……」
一連の事態を傍で見ていたスティーブが驚きながら呟いた。
***
ちょうどその頃、会場の外で人目を盗んでこっそり密会している男女がいた。
男と女が密会するとなれば大体は恋愛絡みだが、二人の間に流れる雰囲気はそんな甘いものではなかった。
「――あの女のどこらへんが怪しいというんだ?」
男は壁を挟んで向かい側にいる女に向かって話しかけた。
青い髪に金色の瞳の彼は、皇太子イザークだった。
彼が密会をしている女性。
フロランティア公爵家のアデライト以外なら、セレシアしかいなかった。
セレシアは前を向いたまま、口を開いた。
「殿下にはわからないみたいですね。だけど、私にはわかるんです」
「……妙な違和感を感じ取りでもしたか?」
イザークはセレシアに言われて、フィオナが侍女として連れてきた女を一目見たが、怪しさを全く感じられなかった。
所作は見るからに平民だし、頭が緩そうでスパイとしても使えないだろう。
あの女の何が一体、そんなに気になるのか。
イザークはどれだけ考えてもわからなかった。
「特に何かあるわけではないんですけど……怪しいんです」
根拠のない回答に、イザークは彼女を嘲笑うように言葉を返した。
「――それってもしかして、魔女の勘ってやつか?」
「……」
セレシアは一瞬だけ動揺したように、黙り込んだ。
魔女という一言が、彼女の癪に障ったようだった。
「……殿下、やめてください。こういうところで」
「不快に感じたならすまない」
「私が魔女の娘として生まれたことは秘密ですから」
――そう、セレシアは魔女一族の末裔だった。
魔女とは、古来から存在する様々な魔術を操れる人間ではない種族だ。
昔、魔女狩りが行われたせいで今ではほとんど存在しないが、生き残った魔女たちは今もこの大帝国のどこかで身を潜めているという。
セレシアの母ミラリアは魔女の娘であり、祖母も魔女の生き残りだった。
彼女が魔術を使えるのは、単に魔女一族の末裔として生まれたからである。
イザークは男だから、魔女の血は受け継がれていない。
二人の母ミラリアが皇帝と伯爵の目に留まったのも、彼女が無意識に魅了魔法を使っていたからだった。
あの魔法さえなければ母は今も生きていたのだろうか、と思うことはあったものの、そんなことを考えたところで仕方がない。
「とにかく殿下、警戒するに越したことはありません」
「……お前が言うなら、そうしよう」
イザークは異父姉の警告を静かに受け入れ、次の試合に出るための準備へと向かった。




